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2010年     9月号
Essay……
BOX版(ネットストーレッジ)……





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子育て最前線の育児論byはやし浩司   2010年 9月 29日
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メルマガ(6万3000誌)の中で、2008年度、メルマガ・オブ・ザ・イヤーに
選ばれました!

【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

(9月1日)の相談より
【O県のRTさんより、はやし浩司へ】

以前にも息子の件でご相談させていただきました。
以前の相談内容です。
息子は現在、中学2年生、14歳です。↓

中学に入ってから登校する時、偶然同じ学年の子と会っても挨拶もせず避けるように行っ
てします。
学校では積極的に自分から動くことはなく、授業中もうつむいていることが多い、という
ことです。
息子は周りを気にするあまり、自分が見えていない。主人と話すときも自信がなさそうな
小さな声でボソボソ話したり、黙り込んでしまいます。
人の話をちゃんと聞いて、自分の考えを人に伝えることが苦手なように 思えます。

あれから1年…
今回の相談なんですが…
担任の先生やクラスも変わって少しですが、自分を出せるようになってきたと思います。

今から実家に帰るという時に、息子の部屋からを女子の水着・体操服がでてきたんです。
私は訳が分からず、真っ先に主人に言いました。主人も信じられない顔していました。
主人は息子を2階の部屋に呼び2人きりで話をして、その後は、みんなで実家に帰りまし
たが気分はずっと落ちこんでいる状態です。
私の実家にもよる予定でしたが、急きょ、主人と息子だけ先に家に帰ることになり私と娘
だけ実家に寄りました。

家に帰ってからの主人と息子の様子を聞きました。
まず、その持ち物は好きな女の子のものだということ。
忘れ物を取りに教室へ行ったときに、見つけて誰もいなかったから盗ってしまったこと。
後で先生の方から持ち物が無くなったが知らないかとクラス全員に聞いたが黙っていたこ
と。
主人はかなりのショックで息子に対してどう接したらいいのか悩んで、仕事も手に付かな
いといった状態です。

その日は息子の部屋をすべて見て押し入れの中からはアダルト系のマンガも出てきて、そ
れは友達から借りたのがきっかけで自分で買うようになったようです。
とにかく、マンガやゲームなどすべて部屋から出して部屋をすっきりキレいにして、過去
のことは忘れて、これからは生まれ変わった気持ちで頑張っていこうと約束しました。

それから半月たちましたが、部屋にはマンガが転がり、夏休みの宿題も結局進まず主人が
徹夜で手伝い、ギリギリ終わらせたのですが、息子本人は焦りもなく、主人に対しても何
も言わず学校に行きました。
自分の思いを出すのが苦手で、宿題も読書感想文など自分の考えをまとめる宿題は一切手
に付かない状態で主人が考える始末。

夏休みの部活中にも携帯を持って行ったことで呼び出され、ガラスを割って(ドアに鍵が
かかってたので窓から入ろうとして手で押したら割れた)、呼び出され、もうどうしていい
のか……勉強も苦手意識が強く、積極的にできません。
来年は受験も控え心配です。

このままでは自分の意見や気持ちも言えない。
それが原因で大人になって悪い方向にいかないか。
心配で仕方ありません。

今の息子の気持ちを前向きにポジティブに子供らしく向けるにはどうすればいいのでしょ
うか。
主人や息子のために私は何ができるのでしょうか。

どうか内容はわからないようにお願いいたします。

わがままを言って申し訳ありません。

よろしくお願いいたします。

【はやし浩司よりRTさんへ】

 「役割混乱」という言葉を知っていますか。
RTさん、あなたの子ども(U君としておきます)は、今、自分らしさをつかもうと必死
でもがいています。
が、それができない。
何をしても、親(=あなた)に頭から否定されてしまう。
あなたのメールを読んだとき、いちばんドキッとしたのは、つぎの部分です。

『……とにかく、マンガやゲームなどすべて部屋から出して、部屋をすっきりキレいにし
て、過去のことは忘れて、これからは生まれ変わった気持ちで頑張っていこうと約束しま
した』と。

 あなたはU君の住む世界を、粉々に破壊しています。
気がついていますか?
悪玉親意識(=親風)が強すぎるというか、ふつうの常識では考えられない行為です。
だれが、「すべて部屋から出した」のですか?
だれが、「部屋をすっきりした」のですか?
「過去のことをわすれて……」とは、どういうことですか?
「生まれ変わった気持ち」とは、どういうことですか?

 あなたは一方的に、自分の(わがまま)をU君に押しつけているだけ。
私にはU君の悲鳴が聞こえてきます。
悲鳴です。
が、それも言えない。
口に出すこともできない。
言えないほどまでに、あなたはU君を押さえつけてしまっている。
異常な過干渉と過関心。

加えて異常なまでの過保護。
『……夏休みの宿題も結局進まず主人が徹夜で手伝い、ギリギリ終わらせた』という部分
が、それです。
中学2年生の子どもが、親に手伝ってもらって、宿題を終わらせた?
U君のほうが助けを求めてきたのですか?
もしそうなら、それでよし。
しかし実際には、あなたがU君の宿題の進ちょく状況を調べ、終わらせたのではないです
か。
もしそうなら、生まれ変わるべきは、U君のほうではなく、あなたのほうです。
くだらない親意識は捨てなさい。
学歴信仰は捨てなさい。
U君をひとりの人間として認め、U君の立場に立って、U君の苦しみや悲しみを理解しな
さい。

いちばん悲しい思いをしているのは、U君です。
アダルト漫画すら、自由に読めない。
あなたには男子の生理が理解できないようですね。
「男」は、「女」ではありませんよ。
私も中学2年生くらいのときから、その種の本を読みあさっていました。
が、あなたは「女」の立場だけで、「男」を理解しようとしている。
あなたはそれに気づいていますか?
こんな状態になりながらも、『勉強も苦手意識が強く、積極的にできません。来年は受験も
控え心配です』とは?

 こうした問題には、必ず2番底、3番底があります。
今が最悪ではなく、さらに最悪な状態になって、「まだ以前のほうがよかった」とわかるの
です。
U君はすでに2番底から3番底へ向かっています。
へたをすれば、4番底へ!
覇気のない、ナヨナヨとした、つまり社会人として自立できない人間になってしまいます
よ。

 あなたのメールを読んでいると、私の母を思い出します。
私の母が、あなたそっくりだったからです。
だから私の兄は、生涯、母の奴隷のような人生を送ってしまいました。
母は「J(=私の兄)は、生まれつきああだ」を口癖にしていましたが、生まれたときか
ら、子どもの性格がわかる親などいません。

 この問題は、『ポジティブに子供らしく向けるにはどうすればいいのでしょうか』という
ような生易しい問題ではありません。
今より状況を悪くしないことだけを考えなさい!
なおす方法など、あるわけないでしょ。
U君を今のようなU君にしたのは、あなた自身だからです。

 盗みは悪いことですが、女性の水着や体操服に興味をもつのは、自然なことです。
中学2年生ですよ!
女性に興味をもち始めたことを、喜びなさい。
それが原動力となって、もろもろの「性的エネルギー」、つまり「生きる活力」へとつなが
っていくのです。
フロイトやユングの学説に、一度は目を通してみてください。
(「はやし浩司 性的エネルギー」で検索をかけてみてください。)
それともあなたは、U君を牧師か何かにでもするつもりですか。
私がU君なら、一日も、あなたのそばにいたくないですよ。
(だから私は郷里から飛び出すことばかり、考えていましたが……。)
力で抑え込んだところで、無意味です。
一方的な「約束」で、どうこうなるような問題ではないからです。
またどこかで水着や体操服を盗んでくるだけです。

 それにはっきり言いましょう。
あなたはU君を愛してはいない。
愛しているフリをしているだけ。
U君を自分の支配下において、あなたのロボットにしたいだけ。
自分の不安や心配を解消するための道具として、U君を利用しているだけ。
こういうのを、「代償的過保護」といいます。
「はやし浩司 代償的過保護」で検索してくだされば、いくつか原稿を読んでいただける
はずです。
つまりはストーカーと同じ、身勝手な愛。

 率直に言って、ここまで家庭教育が失敗していると、手のつけようがないです。
恐らくあなたがU君を妊娠したときから、そして生まれたときから、すでに親子のリズム
が狂いっぱなし、狂っていた。
その結果が今です。
もしすべきことがあるとすれば、(1)すべてをあきらめて、(2)U君をあなたの呪縛か
ら解き放ってやること。
今は自我の形成、さらには自我の同一性の確立に、たいへん重要な時期です。
U君が何をしたいのか、それを理解し、その方向にU君が進めるような環境づくりをして
あげることです。
が、それとて、1年単位の時間が必要です。
私の印象では、それもむずかしいのでは心配しています。
「生まれ変わるべき」は、あなた自身だからです。
あなたには、それができますか?
できないなら、いつまでも親風を吹かしていないで、あきらめなさい。
それがU君に伝わったとき、U君ははじめて、一歩、足を前へ踏み出すことができるので
す。

 ともかくも、あなたの「否定的な育児姿勢」。
「何をしてもだめ」と。
これがすべての元凶です。
その上で、「勉強だけはせよ」と。
U君の苦しみや悲しみには、いっさい耳を傾けない。
あなたは本当に、「親」と言えるのですか!

(1)子どもの部屋には入ってはいけません。
入って、勝手にあれこれ調べてはいけません。
(2)男子の「性」の問題は、父親に任せなさい。
女性のあなたが出る幕ではありません。
(3)受験勉強は、なるようにしかなりません。
U君に任せて、自然の流れの中に、U君を置いてあげなさい。
(4)学校での様子をあれこれ聞き出すような、スパイ行為はやめなさい。
U君のほうから相談でもあれば話が別ですが、いちいちそれを知り、U君を叱った
ところで意味はありません。
かえってU君を、自我の崩壊へと導くだけです。
中学2年生といえば、おとなですよ。
あなた自身も、そうだったでしょ。
何よりも重要なことは、U君を1人の人間として認め、U君の横に立ってやること
です。
親としてではなく、「友」として、です。

 「まだ間に合います」などという気休めを言うのも、疲れました。
ともかくも今は、「これ以上、状態を悪くしないこと」だけを考えて対処してください。
「ポジティブ」などと、おこがましいことは考えないこと。
そのときがきたら、子どもは、自ら必ずポジティブになります。
「そのとき」というのは、「自分の進むべき道を見つけたとき」という意味です。

 そのときは、あなたは子どもを信じ、子どもをうしろから支えてやります。
私も三井物産という会社をやめ、幼稚園の講師になるといったとき、母は電話口の向こう
で泣き崩れていまいました。
「浩ちゃん(=私)、あんたは道を誤ったア!」と。
そういう母親にだけは、なってはいけませんよ!

 きびしい意見を書きましたが、多くの親は、子どもに何か問題が起きると、子どもをな
おそうとします。
しかし子どもは、「家族の代表」に過ぎません。
今は、そういう考え方をします。
そういう視点で、U君の問題をもう一度、考えなおしてみてください。

 いいですか、親が子どもを育てるのではないですよ。
こうした問題をかかえ、それを乗り越えることによって、親が成長するのです。
つまり子どもが親を育てているのです。
今、U君は、あなたを懸命に育てようとしています。
だからあなたはもっと謙虚になって、U君に負けを認めなさい。
「お母さんが悪かったわ」と。
「ごめんね」と、すなおにあなたが言えたとき、U君はあなたに心を開くでしょう。
それができたら、またメールをください。
それができなければ、私ではなく、だれかほかの人に相談してください。
では、また。

はやし浩司
浜松市


Hiroshi Hayashi++++++++Sep. 2010+++++++++はやし浩司

●雑感(9月3日)

●床屋

 おととい、床屋に行ってきた。
いつもひげ剃りは断っている。
感染症がうつされたら、たまらない。
一応、カミソリはそのつど消毒、殺菌することになっているらしい(県の衛生部)。
しかし最近の床屋は、どこもいいかげん。
前の人に使ったカミソリを、そのまま使っている。

 が、おとといは断るのを忘れてしまった。
散髪が終わると、そのままひげ剃りに……。
ア〜ア!
が、油断は禁物。
車に乗るとすぐ、エタノールで顔を消毒。
そのときはわからなかったが、けっこう、あちこちで目には見えない切り傷を
作られていた。
その部分で、エタノールが、シカシカと肌にしみる。
床屋はそのつど、粉状の止血剤をまぶしたり、熱いタオルで顔を押さえたりする。
しかしそれで安心してはいけない。

 HIV(エイズ)にせよ、肝炎にせよ、こうして人から人へと感染していく。
言い換えると、床屋でのひげ剃りは、今はもう必要ない。
とくに子どもには、必要ない。
もしそれでも……というのなら、床屋も医院なみの消毒設備を備えるべき。
つまりそれくらいの衛生意識を床屋もしっかりと、もつべき。

(1)子どもが床屋へ行くときは、店主に、「ひげ剃りはしないでほしい」と、
はっきりと言うこと。

(2)順番を待っているようなとき、カミソリをどのように消毒しているか、よく
観察すること。
あぶない店(?)では、ひげ剃りをしっかりと断ること。 


Hiroshi Hayashi++++++++Sep. 2010+++++++++はやし浩司

●BW教室(数の勉強)「幼児教育とは」

++++++++++++++++++++

幼児を教えるときのコツは、子どものもつ
リズムに合わせて、テンポの速いレッスンを
展開すること。
ダラダラとしたとたん、子どもの集中力が
失われる。
で、今週は、「数の学習」。
この数の学習で大切なことは、つねに刺激を
与えつづけ、子どもの頭を熱くすること。
冷やさない。
いろいろな角度から、子どもの頭を刺激する。
子どもの学習能力は、おとなのそれより
何倍も速い。
すぐ先を読むようになる。
思考をパターン化する。
そのためつねに意外性を用意し、思考が
パターン化するのを防ぐ。
同時に「数は楽しい」という印象づくりを
しっかりとする。
そのために、教える側の私が楽しむ。
楽しめば、子どもも楽しむ。
その「楽しさ」が重要。
こうした指導を幼児期にしておけば、あとは
子どもは子ども自身のもつ力で、自分で
伸びていく。
それが幼児教育。

+++++++++++++++++++



【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

【第三の選択】

●猛暑

暑い!
本当に暑い!
今日は昼寝をしただけで、気分が悪くなってしまった。
軽い熱中症にかかったらしい。
軽い頭痛と吐き気。

 私は子どものころは、暑さには強かった。
というより、夏の暑さが好きだった。
夏が近づいてくると、それだけでワクワクした。
そんな私だったが、今年の夏は、身にこたえる。
8月の気温にしても、平年より2〜3度高かったという。
その暑さが今日もつづいている。

が、その前にみなさん、「平年」という言葉にだまされてはいけない。
平年というのは、過去30年間の平均気温をいう。
10年ごとに過去30年間の平均をとり、それを「平年」という。
だからたとえば、50年ごとに平均気温が10度ずつあがっても、
「平年より2〜3度高い」で終わってしまうこともある。
仮にこの先、同じような夏が30年もつづけば、それが「平年並み」となる。

だから地球温暖化(火星化)にしても、50年前と比べてどうなのか。
100年前と比べてどうなのか。
そういう比較をしてみて、はじめてわかること。
たとえば私の子ども時代。
ちょうど50年前。
昨年は「冷夏」だったという。
しかしそれでも、私が子どものころの夏よりは、暑かった。
気温が30度を超えるのは、毎年梅雨が明けてから。
7月15〜20日前後。
それに当時の夏は短かった。
8月15日の盆を過ぎるころには、冷気を含んだ秋風が吹き始めた。
川の水は冷たく、足を入れることもできなかった。
私たちは土手の上から、どこかものほしげに川面(かわも)をながめた。
それが夏の終わりだった。

●たった10年で!

 どうなるのか?
この先、地球は、どうなるのか?
それを考えると、ときどき足元をすくわれるような不安感に襲われる。
私たちのことはよい。
もうじゅうぶんに人生を楽しんだ。
それに……。
地球が火星化するころには、私たちはこの世にいない。

 が、子どもたちは、そうでない。
現在、5歳、6歳の子どもたちが、今の私の年齢になるころには、地球温暖化の
問題は、さらに深刻化しているはず。
忘れてならないのは、たった10年前には、科学者たちはこう言っていた。
「2100年ごろには、地球の気温は、3〜4度上昇するだろう」と。
が、すでに瞬間的ではあるにせよ、2〜3度も上昇している。
たった10年で!

 子どもたちを見ながら、申し訳ない気持ちになるのは、私だけだろうか。
今の今も、無力感を覚えながら、日々を何となくごまかして生きている。
そこにいる大罪から、わざと目をそむけながら、生きている。
「これではいけない」と思いつつ、結局は何もできない。
できることもない。
そのかわりデスクの横にある、カタログに目を通しながら、「つぎはどんな
パソコンを買おうか」などと考える。

 この無責任。
無感覚。
危機意識のなさ。
あるいは人間というのは、それを繰り返しながら、ますます鈍感になっていく
ものなのか。
つまり日々の日常性の中に身を隠し、脱力感とあきらめを繰り返しながら、
鈍感になっていく。

●第三の選択

 若いころ、『第三の選択』※という本を読んだ。
実際には、テレビを見て『第三の選択』という言葉を知り、そのあとあわてて、
その本を書店で求めて読んだ。

 恐ろしい本だった。
人類を救済するための方法が書かれていた。
核兵器で大気に穴をあけるとか(第一の選択)、地下に生活基盤を移すとか(第二の選択)、
そんなようなことが書いてあった。
が、結局は一部の人類だけを救済し、あとは自滅するのを待つというような内容の
本だった。
それが第三番目の選択とか。
あとになって、ただのSF小説と知ったが、それを読んだときには、あまりのリアルさに、
身が震えた。
が、それが今、可能性を超えて現実の選択になりつつある。
60億以上の人々を救うことは、不可能。
人間が生来的にもつ欲望をコントロールするのは、不可能。
それをキリスト教で「原罪」というのかどうかは知らないが、もし人間が生まれながらに
してもつ「罪」があるとするなら、欲望こそが、「原罪」ということになる。

 だったら、一部の人間だけを救い、残りの私たちはいさぎよく「死」を選択する。
人類が全滅するよりはよい。
一部の人たちが、私たち人間が生きたという証(あかし)を、未来へ残してくれる。
もしその希望すら失ってしまったら、それこそ人間は何のために生きているのかという
ことになる。

●阿鼻地獄

 が、私が本当に恐れるのは、地球の火星化ではない。
その火星化に至るプロセスの中で、人間が地獄を経験すること。
それはまさに人間を人間の燃える火で焼く、阿鼻地獄。
どんなに想像力が豊かな人でも、その阿鼻地獄までは想像できないだろう。
人間が心の内部から破壊される。
そのとき人間は悪魔と化し、人肉をむさぼるようになる。
先に書いた「原罪」には、それほどまでに恐ろしい力がある。

 ……私たちにはそれに耐える力があるか?
それを乗り越えるだけの道徳や倫理、哲学を構築することができるか?
またそれまでに間に合うか?
「絶望」という言葉に敗れてはいけない。
最期の最期まで、人間は人間らしく生きる。
それは果たして可能なのか?

●火星

 20万年前。
一説によると、火星にも豊かな海があったという。
どうやら陸もあったらしい。
川が流れた痕跡もあちこちに残っている。

 が、それがこれまた一説によると、現在の地球温暖化と同じようなことが起き、
火星は今に見るような火星になったという。
地球より小さな惑星だったこともあり、温暖化は一気に進んでしまったらしい。
原因は何であれ、地球も今、同じような運命をたどりつつある。
恐ろしいのは、その変化が、だれの目にもわかるほど、速いということ。
ジワジワ……とか、徐々に……というのではない。
世界のあちこちで、ドカン、ドカンと起きている。
まだ散発的だからよい。
こうした変化がやがて連続性を帯びたときがこわい。
ひとつのドカンが終わる前に、つぎのドカンが起きる。
それがこわい。
不測の事態が不測の事態を呼び起こし、そのとき地球は、一気に破滅へと向かう。

 よく誤解されるが、地球温暖化は、2100年に終わるわけではない。
もしここで化石燃料の使用をいっせいにやめたとしても、「温室効果」はそのまま
残る。
つまり地球の温暖化は、そのあともつづく。
2100年は何とか通り抜けることはできても、2200年にはわからない。
2200年は何とか通り抜けることはできても、2300年にはわからない。
一説によれば、そのころ地球の気温は、400度近くまで上昇するだろうと言われて
いる。
400度だぞ!

●おバカ博士

 今夜も暗い話を書いてしまった。
「今夜こそ、明るい話題を」と思ったが、やはり書いてしまった。
できれば日々の日常性の中に身を隠し、「我、関せず」と、のんびりと生きたい。
またそういうテーマにしぼって、ものを書きたい。
それにこんなことを書いても、かえって読者の皆さんを不安にするだけ。
解決方法もない。

 そう、どこかのおバカ博士のように、パワーストーンでも売って、気休めを
したほうがよいのかもしれない。
「このブレスレットを腕に巻いていれば、悪魔は退散する」とか、何とか言って。
値段は、4万5000円。
もとは中国から仕入れた、安物の宝石。
5色の宝石。

 バカバカしい……。
バカバカしいが、人間は一方で、それ以上にバカなことを毎日している。
私もしている。
あなたもしている。
その結果が、今に見る、「地球温暖化」ということになる。
だれがあのおバカ博士を、どうして笑うことができるだろうか? 

 ……ということで、兎にも角にも、「精進」あるのみ。
日々に研鑽あるのみ。

 そうそう数日前、ある従兄弟とこんな会話をした。
私の母の三回忌をどうするかと聞いてきたので、「考えていない」と答えると、
「親の三回忌をしないで、どうする!」と。
今年の夏の暑さを考えたら、三回忌どころではない。
ないが、私はこう答えた。

「近く、寺へ行って、供養してもらってきます」と。

 そう答えた自分が、限りなくバカに思えた。
情けないほど、バカに思えた。
そう、もし第4の選択肢があるとするなら、みんなバカになって、バカのまま
死ぬこと。
ひょっとしたら、そのほうがよいかもしれない……とまあ、とんでもないことを
書き始めたので、この話はここまで。

とりあえず明日は土曜日だから、「原罪」について考えてみたい。
人間が生来的にもつ「欲望」について、考えてみたい。

 では、おやすみなさい!
ワイフは、すでに床に入って寝息をたてている。

(2010年9月3日、午後11時45分。
まこの時刻になっても、首下を流れる汗がまだ止まらない!)

●不眠

 時刻は今、午前2時30分。
2時間半も、寝床でもがいていたことになる。
原因は、寝る前に飲んだ、ウーロン茶(?)。
近くのコンビニで買ってきた。
濃厚なウーロン茶だった。
それを約1リットルも飲んだ。
それで頭が冴えてしまった。

 最近は少なくなったが、ときどきこういうことがある。
眠るタイミングをはずすと、そのまま寝損ねてしまう。
今がそうだ。
「早く眠らなければ……」と思えば思うほど、頭が冴えてしまう。

 で、思い切って起きてしまった。
床から出て、居間へ。
電気をつけて、このパソコンに電源を入れた。
どうせ明日は土曜日。
……というか、すでに土曜日。
こういうときは、なるように身を任せるのがよい。
眠くなったら寝る。

●週刊誌

 そのコンビニで、ワイフが買い物をしている間、いくつかの週刊誌を
立ち読みした。
その中のひとつの週刊文春。
「世界恐慌が近い」という記事が載っていた。
現在の世界経済は、あの世界恐慌の前の状況にたいへん似ているとか。
それに民主党の党首選挙。
「小沢一郎は、強制訴追を避けるため、党首選挙に打って出た」と。
総理大臣になれば、強制訴追されないですむ。

 ……いろいろな説が交錯している。
たしかに世界の経済はおかしい。
民主党もおかしい。
どちらもつかみどころがないほど、混乱している。
ドロドロというか、グチャグチャ。
まさに一寸先は闇。
明日、何が起きてもおかしくない。

●眠くなってきた

 少し眠くなってきた。
先ほど精神安定剤を半錠と、睡眠導入薬をひとかけら口に入れた。
風はぐんと涼しくなった。
よかった。

 一説によると、人間は、2、3日くらいなら、眠らなくてもだいじょうぶだそうだ。
それよりも気をつけなければならないのは、ストレス。
「眠らなければならない」と自分を追い込むと、それがかえってストレッサーに
なってしまう。
心身によくない。
だからここは自然体で臨むのがよい。

 ウム……。
かなり眠くなってきた。
まぶたが重くなってきた。

 明日は、(といっても、今日だが……)、近くのパソコンショップへ行ってくる。
2テラバイトのハードディスクが、9000円弱で売りに出されるとか。
買うかどうか、まだ決めていない。
が、ほしい!
2テラバイトというのは、つまり2000ギガバイト!
「すごい!」の一言。
それにしてもハードディスクも安くなったものだ。
たった10年前には、10ギガのハードディスクに驚いた。
それが今では、2000ギガ!
そのチラシを見ていれば、たぶん、眠ってしまうはず。

 では、みなさん、今度こそ、本当に、おやすみなさい!

 そうそう先ほど床の中で、母の三周忌は簡素にすますと決めた。
「地蔵十王経」(=日本でできた偽経※)の言いなりにはなりたくない。
あんなのは迷信以上の迷信。
(私は自分でちゃんと調べたぞ!)
形式的な儀式をすれば、それでよいというものでもない。
それで死者を悼むことができるというのは、どう考えても納得できない。
「墓参りだけは……」とは思うが、この暑さではどうにもならない。
もう少し涼しくなったら、考えよう。

 ……ということで、私には私なりの生き様がある。
これからはその生き様を、もっと明確な形で貫きたい。
残りの人生も少なくなってきた。
親類がどう言おうと、私の知ったことではない。
自分の生き様を確立できないような人は、世間に迎合して生きればよい。
好きなように私を批判すればよい。
 
(注※「第3の選択」Infoseek HPより)

『……米ソの間の秘密協定が疑われる中、ガーシュタイン博士はとうとう第3の選択の内
容を明らかにする。それは環境の悪化によって住めなくなる地球を捨て、人類の選ばれた
一部だけでも火星で生き延びさせるという驚くべき内容であった。(ちなみに第1は核兵器
で大気の層に穴をあけ熱を逃がす。第2は地下に生活基盤を移す。もちろん選ばれし人々
のみ)』(以上、「Infoseek HP」より。)

(注※「地蔵十王経」)

【堂々たる迷信】(初七日、四十九日の法要)

●地蔵十王経

「地蔵十王経」の由来については、ウィキペディア百科事典が、詳しく書いている。
難解な文章がつづくが、そのまま紹介させてもらう。

+++++++++++以下、ウィキペディア百科事典より++++++++++

仏教が中国に渡り、当地の道教と習合していく過程で偽経の『閻羅王授記四衆逆修生七往
生浄土経』(略称として『預修十王生七経』)が作られ、晩唐の時期に十王信仰は成立した。
また道教経典の中にも、『元始天尊説?都滅罪経』、『地府十王抜度儀』、『太上救苦天尊説消
愆滅罪経』という同名で同順の十王を説く経典が存在する。
『預修十王生七経』が、一般的な漢訳仏典と際立って異なっている点は、その巻首に
「成都府大聖慈寺沙門蔵川述」と記している点である。漢訳仏典という用語の通り、
たとえ偽経であったとしても、建て前として「○○代翻経三蔵△△訳」のように記すのが、漢
訳仏典の常識である。

しかし、こと「十王経」に限っては、この当たり前の点を無視しているのである。この点
が、「十王経」類の特徴である。と言うのは、後述の日本で撰せられたと考えられる『地蔵
十王経』の巻首にも、同様の記述がある。それ故、中国で撰述されたものと、長く信じら
れてきたという経緯がある。ただ、これは、『地蔵十王経』の撰者が、自作の経典の権威づ
けをしようとして、先達の『預修十王生七経』の撰述者に仮託したものと考えられている。
また、訳経の体裁を借りなかった点に関しては、本来の本経が、経典の体裁をとっておら
ず、はじめ、礼讃文や儀軌の類として制作された経緯に拠るものと考えられている。

+++++++++++以上、ウィキペディア百科事典より++++++++++

要するに、「地蔵十王経」というのは、中国でできた偽経の上に、さらに日本でできた偽経
ということ。
が、この「地蔵十王経」が、日本の葬式仏教の基本になっているから、無視できない。
たとえば私たちが葬儀のあとにする、初七日以下、四十九日の儀式など、この
「地蔵十王経」が原点になっている。

+++++++++++以下、ウィキペディア百科事典より++++++++++

死者の審理は通常七回行われる。没して後、七日ごとにそれぞれ秦広王(初七日)・初江王
(十四日)・宋帝王(二十一日)・五官王(二十八日)・閻魔王(三十五日)・変成王(四十二
日)・泰山王(四十九日)の順番で一回ずつ審理を担当する。

ただし、各審理で問題が無いと判断された場合は次の審理に回る事は無く、抜けて転生し
ていく事になるため、七回すべてやるわけではない。一般には、五七日の閻魔王が最終審
判となり、ここで死者の行方が決定される。これを引導(引接)と呼び、「引導を渡す」と
いう慣用句の語源となった。

七回の審理で決まらない場合も考慮されており、追加の審理が三回、平等王(百ヶ日忌)・
都市王(一周忌)・五道転輪王(三回忌)となる。ただし、七回で決まらない場合でも六道
のいずれかに行く事になっており、追加の審理は実質救済処置である。もしも
地獄道・餓鬼道・畜生道の三悪道に落ちていたとしても助け、修羅道・人道・天道に居た
ならば徳が積まれる仕組みとなっている。

なお、仏事の法要は大抵七日ごとに七回あるのは、審理のたびに十王に対し死者への減罪
の嘆願を行うためであり、追加の審理の三回についての追善法要は救い損ないを無くすた
めの受け皿として機能していたようだ。

現在では簡略化され通夜・告別式・初七日の後は四十九日まで法要はしない事が通例化し
ている。

+++++++++++以上、ウィキペディア百科事典より++++++++++

つまり人は死ぬと、7回の裁判を受けるという。
死後、七日ごとにそれぞれ、

(1)秦広王(初七日)
(2)初江王 (十四日)
(3)宋帝王(二十一日)
(4)五官王(二十八日)
(5)閻魔王(三十五日)
(6)変成王(四十二日)
(7)泰山王(四十九日)の順番で一回ずつ審理がされるという。

ただし、各審理で問題が無いと判断された場ばあいは、つぎの審理に回ることはなく、
抜けて転生していくことになるため、七回すべてやるわけではないという。

一般には、五十七日の閻魔王が最終審判となり、ここで死者の行方が決定される。これを
引導(引接)と呼び、「引導を渡す」という慣用句の語源となったという(参考、引用、
ウィキペディア百科事典より)。

わかりやすく言えば、最終的には、五十七目に、閻魔王が、その死者を極楽へ送るか、地
獄へ送るかを決めるという。

私たちも子どものころ、「ウソをつくと、閻魔様に、舌を抜かれるぞ」とよく、脅された。
しかしこんなのは、まさに迷信。
霊感商法でも、ここまでは言わない。
もちろん釈迦自身も、そんなことは一度も述べていない。
いないばかりか、そのルーツは、中国の道教。
道教が混在して、こうした迷信が生まれた。
極楽も地獄も、ない。
あるわけがない。
死んだ人が7回も裁きを受けるという話に至っては、迷信というより、コミック漫画的で
すらある。

法の裁きが不備であった昔ならいざ知らず、現在の今、迷信が迷信とも理解されず、葬儀
というその人最後の、もっとも重要な儀式の中で、堂々とまかり通っている。
このおかしさに、まず私たち日本人自身が気づべきである。

「法の裁きが不備であった昔」というのは、当時の人たちなら、「悪いことをしたら地獄へ
落ちる」と脅されただけで、悪事をやめたかもしれない。
そういう時代をいう。
「死」というのは、どこまでも厳粛なものである。
そういう「死」が、ウソとインチキの上で、儀式化され、僧侶たちの金儲けの道具になっ
ているとしたら、これは問題である。
このおかしさ。
そして悲しさ。

仏教を信ずるなら信ずるで、もう一度、私たちは仏教の原点に立ち戻ってみるべきではな
いだろうか。

(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て 
はやし浩司 Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist 地蔵十王経 
初七日 四十九日 法要 偽経 第3の選択 第三の選択 地球温暖化 地球火星化)


Hiroshi Hayashi+++++++Sep. 2010++++++はやし浩司

【付記】地上オゾン(光化学オキシダント濃度)

●もうひとつの地球温暖化問題

++++++++++++++++++++

2年前と、7年前に書いた原稿を、
再掲載します。

++++++++++++++++++++

●地上オゾンの恐怖(Photochemical Oxidant)
Photochemical Oxidant is to affect the growth of plants and vegetables on earth. 
According to the recent research done by Agricultural Environment Technical Center of 
Japan, in China the production of cereals would be dropped abt . 40%~60% by the year 
of 2020.

+++++++++++++++

TK先生から、地上オゾンの話を
聞いてから、もう7、8年になる。

中国から流れてきた排気ガスが、
光化学オキシダントとなって、植物の
光合成に影響を与えるというのだ。

TK先生は、当時、すでに沖縄などでは、
20%近く収穫量が落ちているという
ような話をしてくれた。
(聞き覚えなので、この数字は不正確。)

しかしそれがますます現実味を帯びてきた。

読売新聞は、つぎのように伝える。

++++++++++以下、読売新聞++++++++++

 中国大陸からの大気によって、光化学オキシダントの濃度が上昇する
「越境汚染」問題で、日本海沿岸部のある地点のコメの収量を調べたところ、
内陸部との比較で、約1割少なくなっているとする研究結果を、
農業環境技術研究所(茨城県つくば市)が、20日、山口県で
開かれた日本農業気象学会で発表した。

 光化学オキシダントは近年、日本海の離島などで、高濃度で観測され、
昨年は新潟、大分県で注意報が発令された。
農作物の収量減少は実験から推測されてはいたが、部分的とはいえ、
実際に濃度と収量の関連が裏付けられたのは初めて。

 研究は、長谷川利拡主任研究員によるもの。品種と肥料水準は、
同一の日本海沿岸部の1地点と約30キロ内陸に入った1地点を選び、
1980年からの収量データを比較した。両地点の近くで測定された
光化学オキシダントの5〜9月の平均濃度は、2001〜05年の
平均では沿岸地点が0・045ppmで、内陸地点の0・031ppm
より高かった。

 濃度は沿岸、内陸ともに上昇していたが、沿岸では96〜05年にかけて、
毎年、内陸部の2倍にあたる0・001ppm高くなっていた。

 両地点の玄米の1平方メートル当たりの収量は、
沿岸は80〜96年は平均588グラムだったのが、
97〜05年は560グラムに減った。逆に内陸では、
577グラムから609グラムに増えた。
80年代は沿岸の方が内陸よりも多かった収量が、
90年代半ばから逆転し始め、2000年以降は内陸が沿岸を常に上回った。

 沿岸では、内陸と異なり、夜になっても光化学オキシダント濃度が下がらなかった。
夜間に海からオゾンが流れ込み、昼間の高濃度を保ったとみられる。

 小林和彦東大教授(農学)によると、収量が減るのは、
光化学オキシダントの主成分であるオゾンが植物の葉の中に入り、
光合成作用を妨げるため。農作物への影響について、
中国では研究者らが「2020年には濃度が0・055ppmを超え、
大豆、トウモロコシ、小麦の収量が40〜60%減少する」と推定している。

+++++++++以上、読売新聞(3月20日)+++++++++++++

とくに気になるのは、最後の部分。そこには、こうある。

「中国では研究者らが、2020年には濃度が0・055ppmを超え、
大豆、トウモロコシ、小麦の収量が40〜60%減少すると推定している」と。

わかりやすく言えば、光化学オキシダント濃度(地上オゾン)がふえるため、
中国では、2020年には、大豆、トウモロコシ、小麦の収穫量が、半減する
というのだ。

しかしこれは何も、中国だけの話ではない。

読売新聞によると、すでに新潟県、大分県では、「注意報」まで発令
される状態になっているという。

今では酸性雨による木々の立ち枯れなど、珍しくも何ともない。
この日本でも、ごくふつうの景色になってしまった。

そこへ今度は、光化学オキシダント!

さらにそれに加えて隣の韓国では、中国からの黄砂による健康被害まで
報告されるようになっている。
黄砂は、大気汚染とは、直接には関係ない。
しかし(大気汚染)→(温暖化)→(砂漠化)→(黄砂の大量発生)と
つなげてみると、元凶は、やはり大気汚染ということがわかる。

不測の事態が、また別の不測の事態を生み出す。
このドミノ倒しによって、地球環境は、爆発的に悪化する。
ほんの7、8年前には、科学者の間では、ほんのうわさ話にしか過ぎなかった。
「地上オゾン」という名前すら、世間ではほとんど知られていなかった。

私が5年前に書いた原稿を載せる。日付は、03年の4月になっている。

+++++++++++++++++

●異常気象

 このところ、SARS(新型肺炎)だとか、北朝鮮問題とか、何かと世相が、騒がしい。
で、そういう騒がしさにまぎれて、おととい(4月17日)、静岡県のS町で、31・5度
という、観測史上はじまって以来という、気温を記録した。たしか昨年(02年)は、5
月末に、30度を超えたと思う。そのときも、「観測史上はじめて」という言葉を聞いたよ
うな気がする。(あいまいな記憶で、申し訳ありません。)それが今年は、去年より、約4
0日も、早まったことになる!

 私が子どものころは、30度を超えるのは、毎年梅雨あけの、7月に入ってからだった。
それがふつうだった(岐阜県)。30度を超えると、「真夏日」ということになり、川で泳
ぐのが許された。しかしそれとて、梅雨があけてからのこと。だいたい7月10〜15日
過ぎのことだった。しかし今では、4月の中旬に、30度を超える!? ゾーッ!

 気象庁には、「平年並み」という言葉がある。しかしこの言葉ほど、いいかげんな言葉は
ない。気象庁がいう平年並みというのは、過去30年間の平均気温をいう。だからもし3
0年ごとに5度ずつ気温が上昇したとしても、平年並は、平年並になってしまう? 「今
年の気温は平年並みです」と。

 しかし地球温暖化は、確実に進行している。しかも予想より、はるかに早いペースで進
行している。数字の上では、この半世紀で、1度前後しか上昇していないというが、実感
は、とてもそんなものではない。気象庁は、ひょっとしたら、世界の指導者と申しあわせ
て、ウソを言っているのではないのか? ……つまりそう思ってもおかしくないほど、実
感気温とかけ離れている。

 たとえば気象庁の記録によれば、2000〜02年度においてさえ、この浜松市での最
高気温は、31度前後(8月)ということになっている。しかしこんなのは、まっかなウ
ソ。昨年は、わりと涼しかったほうだが、それでも浜松市内では、連日、40度近くは、
あった。「今日の最高気温は、32度でした」などと報道されるたびに、私は温度計を見な
がら、「どこの気温のことを言っているのか?」と思った。

 しかしそれにしても、深刻な話である。地球温暖化が進めば、やがて地球は火星のよう
になると言う人もいる。今のまま温暖化が進めば、その可能性は、きわめて高い。そこま
でいかなくても、あと10年もすれば、2〜3月期に、30度を超えるようになるかもし
れない。そうなれば日本の気象状態は、完全に狂う。

……と、まあ、地球温暖化の問題を考えていると、SARSや北朝鮮の問題が、小さく見
えてくるから不思議である。それにSARSや北朝鮮の問題は、まだ人間の力で何とかな
る。が、地球温暖化はそうではない。人類滅亡どころか、すべての生物が死滅する。

だから、地球温暖化を考えていると、「どう解決するか」ということよりも、「どう静かに
滅亡するか」という問題になってしまう。いや、滅亡するなら滅亡するで、かまわない。
問題は、それまでのプロセス。人間は、決して静かには滅亡しないだろう。恐らく(とい
うより、確実に)、まさに地獄を経験するに違いない。秩序やモラルは崩壊し、殺人や暴力
が、日常的に横行するようになる。略奪や殺人が、日常的に横行するようになるかもしれ
ない。知能が高い分だけ、「末期」は、悲惨(ひさん)なものになる。

 そこで人類には希望がないのかというと、方法がないわけではない。一つは宇宙へ飛び
出すという方法。もう一つは、人類がたくわえた知識や知恵を、コンピュータの形で後世
に残すという方法。地球の周辺に、何かのガスをまいて、それで太陽光線をさえぎるとい
う方法。あるいは太平洋のど真ん中で、数千発の核兵器を爆発させて、地球の大気に「穴」
をあけるという方法などがある。

どこかSF的だが、しかしすでにそういう方向で考えている科学者もいるという。いざと
なれば、方法はいくらでもある?

 しかしまあ、人間も、好き勝手なことをしたものだ。もっとも、私たちおとなは、自業
自得としての結果だから、あきらめることができるが、かわいそうなのは、子どもたちで
ある。これから先、どういう未来を経験することやら? 申し訳ないことをしたと思うの
と同時に、考えれば考えるほど、気が重くなる。たいへん悲観的なことを言うが、この問
題だけは、もうくるべきところまできたような感じがする。単純な問題ではないだけに、
どこから手をつけてよいのかさえわからない。たとえばこんなこともある。

 ところで「地上オゾン(対流圏オゾン)」という言葉を聞いたことがあるだろうか。種々
の排気ガスや煙が化学的に反応して、それが地上オゾンになるという。温室効果ガスの一
つだが、その地上オゾンが、5%ふえると、農作物が約20%減少するという※。そこで
あの北朝鮮だが、近年、農業生産が慢性的に不振状態にあるという。その原因のひとつが、
地上オゾンではないかと言われている。

もちろん韓国も影響を受けているらしい。もちろんその発生源は、中国、ロシア。日本も、
沖縄あたりに影響が出始めているという。農作物だけではない。森林も影響を受ける。そ
してその結果として、ますます地球の温暖化は進む……。あああ。
(030419……この原稿は、去る、4月19日に書いたものです。)

※……この数値は、ある科学者から直接、会話の中で聞いたもので、確たる根拠があるわ
けではありません。ただ沖縄地方における地上オゾン濃度の上昇率と、農作物の減少率が
根拠になっていると、その科学者は言っていました。(了解をもらっていないので、名前を
出すことができません。)

(注)ここでいうTK先生というのは、光合成、触媒の世界ではよく知られた、田丸謙二
先生をいいます。

+++++++++++++++++

最後に、昨日、こんなニュースが新聞に載っていた。
何でもあの火星から、塩のかたまりが、見つかったという。
しかもその塩のかたまりが、何百か所から見つかったという。

つまりかつては、火星にも海があったということ。

このことが何を意味するか?
一説によれば、火星にも人間のような知的生物がいたという。
その知的生物たちが、現在の地球人と同じように、発展とともの(?)、
火星温暖化を招いてしまったという。

もちろんこれはSF的な話でしかない。

……とまあ、いろいろ考えられるが、そこでどうだろう。
このあたりで、名前を変えてみたら……?

「地球温暖化」ではなく、「地球火星化」と。
そうすれば、もう少し、ことの深刻さを、より多くの人にわかって
もらえるようになるかもしれない。

(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 
Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist 地球温暖化 地球火星化 
光化学オキシダント 地上オゾン はやし浩司)


Hiroshi Hayashi++++++++Sep. 2010+++++++++はやし浩司


【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

【雑感】(9月1日)「虚しさ」をテーマに(改)

+++++++++++++++++

文章が雑だったので、推敲しなおして
みました。

+++++++++++++++++

●老いる

 老いることは、たしかにさみしい。
失ったもの、去っていった人たち、なくした時間などなど。
そういった思い出が、波打ち際にヒタヒタと打ち寄せる波のようにやってきては、
また去っていく。

 さみしいと言えば、さみしい。
さみしくないと書けば、嘘になる。
しかしそのさみしさに、時として、酔いしれる。
静かに時の流れの中に身を置き、ふと涙ぐむ。
それが老いるということではないか。

 ときどきあのときの、あの人は今ごろ、どうしているだろうと思う。
元気でいるだろうか。
それとも、もう亡くなっているだろうか。
確かめる方法がないわけではない。
しかしそれを確かめたところで、どうなる?
そのあと何をする?

●虚しさ

 定年後の再就職という言葉もある。
しかし定年後の再就職というのは、若いときの就職とは、本質的にちがう。
もしだれかが私にこう言ったとしよう。
「一生懸命がんばってください。10年後は、課長になってもらいます」と。

 しかしそんな申し出に応ずる人はいない。
課長職に魅力を感ずる人はいない。
またその目的のためにがんばる人もいない。
私たちはすでに、その虚しさというのを、いやというほど知っている。

 ただ私のばあい、その虚しさを、オーストラリアで学生をしていたころ知った。
当時の日本は、まさに高度成長期。
だれもが迷わず大企業を選択し、出世を夢見て、企業戦士としてがんばった。
当時の日本で、つまり日本の若者たちの中で、その虚しさを知っている人は、
いったいどれくらいいただろうか。

●教育学博士?

 ところで昨日、アグネス・チャンというタレントについて書いた。
肩書は「教育学博士」ということになっているが、教育学の博士?
(教育学だぞ!)
何度かテレビで講演をしているのを聞いたことがあるが、私は何も得るものはなかった。
専門用語もまったくと言ってよいほど、口から出てこなかった。

たとえば日本では、「○○大学教育学部教授」という肩書を使う人はいる。
しかし「教育学博士」という肩書を使う人はいない。
が、その博士?
私よりはるかに高い立場にいる人ということになる。
私よりはるかに高い見識と学識のある人ということになる。

 ああいうタレントが、(いくら肩書きがそうであっても、私は学者とは認めない)、
教育者として活躍しているのを見ると、いつもある種の虚しさを覚える。
恐らくその虚しさは、アフリカやアジアのへき地でボランティア活動をしている人たちが
感ずる、それと同じではないか。
ああいう一部のはねあがった人たちが、底辺でまじめにがんばっている人たちの心を、
平気で踏みにじる。

 難民救済活動?
アフリカの難民救済活動?
ふつうの常識のある人なら、そんなおこがましいことはとてもできない。

●偽善

 生きることには、いつも連続性がある。
その人がその人になるには、その土台に過去とのつながりがある。
それを連続性という。

 たとえば教育学博士であるにしても、日本ユニセフの親善大使であるにしても、
そこに至る過去があるはず。
積み重ねがあるはず。
さらに言えば、その周辺に、心理学でいうところの役割形成があるはず。
つまりその人らしい、(それらしさ)があるはず。

たとえば大学の教壇に立って、教育者を教育したとか、あるいは街中のホーム
レスの人たちの食事を世話したとか、など。
さらに言えば、学校の先生たちを指導しているとか、(子どもたちを教えている
とか)、あるいは孤児を預かって世話をしているとか、など。
そういうことでもよい。
それがここでいう(それらしさ)ということになる。
そういうものをいっさい省略して、いきなり「王手!(=博士)」は、ない。

 が、中には、(アグネス・チャンがそうというわけではないが)、善意ある人たちから
金をまきあげ、貧しい人たちを利用して、自分の利益や名声につなげていく人もいる。
私の恩師の松下哲子(のりこ)先生(幼稚園元園長)は、いつもこう言っていた。
「林さん(=私)、悪人の餌(えさ)にだけは、なってはいけませんよ」と。
悪人の餌になることは、自分で悪事をすることより、悪いことという。
その餌に、私たちはなっていないか?

一度、アグネス・チャンという人を観察しながら、私たちはそれを冷静に見つめなおして
みる必要がある。

 また雑誌や写真雑誌の報道によると、同じ日本ユニセフの重鎮であるKT氏は、
写真撮影のときだけ、やせ細った難民の子を抱きあげ、そのあとすぐ体中を消毒して
いたという。
もしこれが事実とするなら、これほどまでに悪臭に満ちた偽善はない!

●30兆円

 つい1か月ほど、「砂漠に水をまくようなもの」と書いた。
案の定、政府の対策は、何ら効果をもたらさなかった。
もたらさなかったばかりか、かえって円高を誘導してしまった。
某新聞は今朝になって、「焼け石に水だった」と書いている。

 私のようなド素人にもわかるようなことが、どうして日銀の総裁や政府の指導者
たちに、わからないのだろう。
30兆円もバラまけば、その後遺症はかならずあとになって出てくる。
そのときが、心配。
へたをすれば、ハイパーインフレ!
日本経済の崩壊は、可能性の問題ではない。
時間の問題。
それが秒読み段階に入った。

 日本と中国は2010年になって、16%以上も株価をさげている。
注視すべきは、その中国。
バブル経済が音をたてて崩れ始めている。
その威力は、ドバイショックの1000倍以上と言われている(某経済誌)。

 また今年になって、6〜7年も書きつづけてきた『日韓経済戦争』の記事を
私は停止した。
「今さら、何を!」と言った状態になってしまった。
この虚しさ。
脱力感。

 イルボネ(日本人)よ、もう少し外の世界を見ろ!
緊張感をもて!
このままでは、日本は本当に沈没してしまうぞ!

●JAL問題

 JAL問題は、日本の官僚社会の縮図。
そう思って、日本の官僚社会を見ればよい。

 今の日本にとって重要なことは、JAL並みに、日本の官僚社会を破綻させること。
公務員の数を、半減、もしくは3分の1にすること。
人件費を減らし、無駄を省くこと。

 日本という国そのものが、JALと同じ問題をかかえている。
「一度日本経済を破綻させるしかない」と考えるのではなく、「破綻する前に、やるべき
ことはやる」。
それが官僚社会の破綻。
……というか、行政改革の大断行。
ふつうの「改革」では、だめ。
「破綻」に近い、「改革」。
それにはちゃんとした理由がある。

 今のまま日本経済が破綻したら、イのいちばんに復活するのも、また官僚社会という
こと。
敗戦直後の日本を見れば、それがわかる。
あの文部省にしても、敗戦と同時にクビになった役人は1人もいない。
もっとも早く、きちんとした給料を受け取ったのは、ほかならぬ役人たちである。
次回もそうなる。

●民主党の小沢一郎

 民主党が、解党か沈没かという瀬戸際に立たされている。
仮に小沢一郎が党首になり、総理大臣になったら……。
現在、小沢一郎の支持率は、15%前後。
たったの15%前後。

「私が党首になれば、支持率は回復する」というようなことを言っている。
そうかな?
そうなるかな?
小沢一郎は、現実検証能力を完全に失っている。
つまり外から見た自分の姿が、わからなくなっている。
これは日本人の私たちにとっても、たいへん悲しむべきことと考えてよい。
そういう人物が総理大臣に就任したら、それこそ日本はメチャメチャになってしまう。

 なお小沢一郎は、どこかの講演で、尊敬すべき人物として織田信長をあげている。
中日新聞8月26日(2010)は、つぎのように報道している。

『……講演の中で尊敬する人物として、ふだんはあまり挙げたことのない好戦的な
織田信長に言及したのも、不気味といえば不気味』と。

 アノネ、織田信長は、民衆のために立ちあがった人でも、また日本の民主主義を
求めて立ちあがった人でもないノ!
ただの餓鬼。
権力の亡者。
『世界の暴君』という本があるが、その中でも1、2を争う暴君。
そういう頭の狂った人を尊敬して、どうするノ?

 ……ということで、「虚しさ」についての原稿はおしまい。
今朝のテーマは、「虚しさ」。
本当にこの世の中、考えれば考えるほど、虚しさばかりが襲ってくる。
まじめに生きるのが、バカバカしくなる。

 が、がんばるしかない。
今朝もメールでの相談が、3通も届いている。
まずそれから返事を書こう。

 今日から9月1日。
2010年9月1日。
気温は早くも26度。
今日も30度を超えそう。
おはようございます。

(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 
BW はやし浩司 日本ユニセフ アグネスチャン アグネス・チャン 霊感商法 教育学
博士 小沢一郎 民主党 はやし浩司 JAL問題)


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.こんにちは!  (″ ▽ ゛)○  
.        =∞=  // 
□■□□□□□□□□□□□□□■□ ================= 
子育て最前線の育児論byはやし浩司   10年 9月 27日
□■□□□□□□□□□□□□□■□ =================
★★★HTML版★★★
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休みます。

【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

●勇気(2010−8−29)

+++++++++++++++++

昨日、友人が経営しているミカン畑を
訪れてみた。
ドライブの途中だった。
友人は私と同じ、昭和22年(1947年)
生まれ。
市の部長職を退職したあと、1年ほど、
どこかの団体で働いていた。
そのあと、長年の夢をかなえるため、農場主に
変身した。

1年ぶりの訪問だった。
が、ミカンの木は、かなり減っていた。
そのかわり、そこにログハウスが建っていた。
友人は、自分であちこちに山小屋を建てて、
人生を楽しんでいる。
今度で、4棟目ではないか?
1度、雑誌で紹介されたことこともある。
それを見て、ググーッと感動した。

水は、農業用水。
飲み水は、ペットボトル。
電気は近くの電柱から。
風呂は、家の外。
家の中をのぞくと、工具が整然と並べられていた。
今は屋根の工事の最中らしい。
ビニールのシートが、夏の暑い風にあおられて、
パタパタとはためいていた。

「何だ、やればできるんだ!」と思った。
生きる勇気が、腹の底からわいてきた。

友人は60歳を過ぎても、まだ意気軒昂(いき・けんこう)。
家に帰ってからさっそく、電話する。

「林さん(=私)、オレたちは、まだ若いんだよ、ナッ!」と。
大いに励まされた。

私「ぼくはね、どう生きるかよりも、どう死ぬかばかりを
考えているよ」
友「ははは、だから、ジジ臭い」
私「いや、死ぬのがこわいというのじゃないんだよ。
死に向かっていくプロセスがこわい」
友「それはそのとき、考えればいい」と。

そう、我ら、ヤング・オールド・マン、
何にも遠慮する必要はない。
だれにも遠慮する必要はない。
我らは、まだ若い。
その気になれば、1年でログハウスを建てることも
できる。

それにしても昨日ほど、一軒の家をまじまじと
見たことはなかった。
どこかの山城より、ずっと立派に見えた。
力強く見えた。

ただミカンの木が減ったのは、こういうことらしい。

友人はできるだけ農薬を使わないで、有機農法
にこだわった。
が、それが裏目に出た。
「カミキリムシにやられた」、とか。

「ミカンは難しいよ」と、その友人は笑っていた。

(補記)

うっかりしいて、カメラをもっていかなかった。
そのため新しいログハウスを、写真に収める
ことができなかった。

来週のはじめにもう一度行くことになっているので、
そのとき写真を撮る。
マガジンのほうで紹介する。
お楽しみに!

+++++++++++++++++++

●流れ

 退職をすると、みな、一様に健康運動を始めたり、日々の生きがいを求めたり
するようになる。
スポーツジムに通うようになったり、夫婦で散歩に出たりするようになったりする。
あるいは町内の世話役をしたりするようになったりする、など。
判を押したように、みな、同じことをするようになるから、おもしろい(失礼!)。
しかし(流れ)の中にないものは、長つづきしない。

 たいてい2、3年もすると、花がしぼむように、少しずつ衰退していく。
軽い事故や怪我がきっかけで、そのままやめてしまう人も多い。
昔から『泡銭(あぶくぜに)、身につかず』という。
同じように、取って付け足したようなことをしても、長つづきしない。
そこには(流れ)というのがある。
それを称して、「老後の統合性」という。
その統合性は、若いときから準備するもの。
あるいはその「芽」は、若いときから作っておくもの。
早ければ早いほど、よい。
40歳(=人生の正午)でも遅いくらい……。

●老後の統合性

 「老後の統合性」については、何度も書いてきた。
もう少し正確には、「退職後の統合性」でもよい。
退職後、(やるべきこと)をもち、その(やるべきこと)に向かって、日々を忘れる
ことができる人は、幸福な人だ。
が、それには条件がある。

 無私無欲。

 打算、功利が入ったとたん、統合性は霧散する。
が、いくら無私無欲といっても、暇つぶしや時間つぶしでは、意味がない。
かえって虚しくなるだけ。
言うまでもなく、真・善・美の追求。
そこに行き着く。
私たちがなぜここに今、生きているかといえば、真・善・美の追求にほかならない。
つまりそのために生きている。
しかもその追求は、日々の研鑽と努力のみによって、可能。
一日でも休んだら、その緊張感はその日を境にして崩れていく。

 それはちょうど健康法に似ている。
究極の健康法というのはない。
私たちがなぜ今日、健康かと言えば、昨日までの努力がそこにあるから。
そうでなくても、退職年齢になると、脳みその底に穴が開いたような状態になる。
知恵や知識、経験や技術が、そこからどんどんと、それこそ容赦なく下へこぼれ
落ちていく。

 健康については、さらにはっきりしている。
1週間もだらしない生活をしたら、とたんに足腰が動かなくなる。

●40歳になった人へ

 40歳になったら、運動をはじめなさい。
「運動」というより、「運動する習慣」を身につけなさい。
40歳になったら、無私無欲でできる(何か)を見つけなさい。
真理の探究、善の追求、美の創造……。
「これが私」と言えるものを、見つけなさい。
またその「芽」がすでにあれば、よし。
そうでなければ、今すぐ、始めなさい。

 コツは、(したいこと)をどんどん高めて、それを「目標」と言えるほどまでに、
昇華させること。
冒頭に書いた友人は、現役時代も、土日はひとりで山にこもって、ログハウスを建てて
いた。
そういう下地があったからこそ、今、生き生きと自分の人生を歩むことができる。
「退職しました。ログハウスでも建ててみるか」では、何度も書くが、長つづきしない。

 中に「子育てが生きがい」と言う人もいる。
女性(母親)に多い。
しかし子育てなど、生きがいにしてはいけない。
安っぽい家族主義に振り回されてはいけない。
私たちは親として(やるべきこと)はやる。
しかし「その限度」(バートランド・ラッセル)を忘れてはいけない。

 あなたが子どもに、自分の人生を力強く生きてほしいと願うなら、同時に、あなた
自身も、自分の人生を力強く生きる。
それが結局は、子どもを育てるということになる。

●私もがんばる! 

 今日は8月30日。
月曜日。
朝、目を覚ますと、冷気を含んださわやかな風が、カーテンを揺らしていた。
ふだんならそのまま起きて、ランニングマシンに直行。
しかしそれを見ている間に、また眠ってしまった。

 つぎに目を覚ましたのは、犬のハナが吠えたとき。
ハナは、私たちが起きるのが遅いと、一声だけだが、寝室の横に来て、「ワン!」と
吠える。
食事の催促か?
それとも私たちのことを心配してか?
どうであるにせよ、今朝は、それで起きた。
時計を見たら、午前8時。

 ランニングマシンと乗馬マシンで体を動かして、そのまま体重計に。
数日前62キロになって喜んでいたが、今朝は、何と63・5キロ!
昨日、ギョーザを食べたのが、よくなかった。

 今日の運動(予定)。
昼に、もう一度、20分のランニング。
夜になって、サイクリング。
来週は友人が、オーストラリアから来る。
楽しみ!

 今日も+今週も、がんばります!
8月30日。
月曜日。

(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 
BW はやし浩司 老後の統合性 退職後の統合性 生きがい 無私無欲)

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

【参考:2009年、5月の原稿より】

●自我の統合性と世代性(我々は、どう生きるべきか?)
(Do we have what we should do? If you have something that you should do, your life 
after you retire from your job, would be fruitful. If not, you will despair in a miserable
age.)

+++++++++++++++++

乳児期の信頼関係の構築を、人生の
入り口とするなら、老年期の自我の
統合性は、その出口ということになる。

人は、この入り口から、人生に入り、
そしてやがて、人生の出口にたどりつく。

出口イコール、「死」ではない。
出口から出て、今度は、自分の(命)を、
つぎの世代に還元しようとする。

こうした一連の心理作用を、エリクソンという
学者は、「世代性」と呼んだ。

+++++++++++++++++

我々は何をなすべきか。
「何をしたいか」ではない。
「何をなすべきか」。

その(なすべきこと)の先に見えてくるのが、エリクソンが説いた、「世代性」である。
我々は、誕生と同時に、「生」を受ける。
が、その「生」には、限界がある。
その限界状況の中で、自分の晩年はどうあるべきかを考える。

その(どうあるべきか)という部分で、我々は、自分たちのもっている経験、知識、哲学、
倫理、道徳を、つぎの世代に伝えようとする。
つぎの世代が、よりよい人生を享受できるように努める。

それが世代性ということになる。

その条件として、私は、つぎの5つを考える。

(1)普遍性(=世界的に通用する。歴史に左右されない。)
(2)没利己性(=利己主義であってはいけない。)
(3)無私、無欲性(=私の子孫、私の財産という考え方をしない。)
(4)高邁(こうまい)性(=真・善・美の追求。)
(5)還元性(=教育を通して、後世に伝える。)

この世代性の構築に失敗すると、その人の晩年は、あわれでみじめなものになる。エリク
ソンは、「絶望」という言葉すら使っている(エリクソン「心理社会的発達理論」)。

何がこわいかといって、老年期の絶望ほど、こわいものはない。
言葉はきついが、それこそまさに、「地獄」。
「無間地獄」。

つまり自我の統合性に失敗すれば、その先で待っているものは、地獄ということになる。
来る日も、来る日も、ただ死を待つだけの人生ということになる。
健康であるとか、ないとかいうことは、問題ではない。

大切なことは、(やるべきこと)と、(現実にしていること)を一致させること。

が、その統合性は、何度も書くが、一朝一夕に確立できるものではない。
それこそ10年単位の熟成期間、あるいは準備期間が必要である。

「定年で退職しました。明日から、ゴビの砂漠で、ヤナギの木を植えてきます」というわ
けにはいかない。
またそうした行動には、意味はない。

さらに言えば、功利、打算が入ったとたん、ここでいう統合性は、そのまま霧散する。
私は、条件のひとつとして、「無私、無欲性」をあげたが、無私、無欲をクリアしないかぎ
り、統合性の確立は不可能と言ってよい。

我々は、何のために生きているのか。
どう生きるべきなのか。
その結論を出すのが、成人後期から晩年期ということになる。

(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 
Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist 人生の統合性 世代性 統
合性の確立)

(追記)

(やるべきこと)の基礎をつくる時期は、「人生の正午」(エリクソン)と言われる40歳
前後である。もちろんこの年齢にこだわる必要はない。早ければ早いほど、よい。

その時期から、先にあげた5つの条件を常に念頭に置きながら、行動を開始する。

この問題だけは、そのときになって、あわてて始めても、意味はない。
たとえばボランティア活動があるが、そういう活動をしたこともない人が、いきなりボラ
ンティア活動をしたところで、意味はない。身につかない。

……ではどうするか?、ということになるが、しかしこれは「ではどうするか?」という
問題ではない。
もしそれがわからなければ、あなたの周囲にいる老人たちを静かに観察してみればよい。

孫の世話に庭いじりをしている老人は、まだよいほうかもしれない。
中には、小銭にこだわり、守銭奴になっている人もいる。
来世に望みを託したり、宗教に走る老人もいる。
利己主義で自分勝手な老人となると、それこそゴマンといる。

しかしそういう方法では、この絶望感から逃れることはできない。
忘れることはできるかもしれないが、それで絶望感が消えるわけではない。

もしゆいいつ、この絶望感から逃れる方法があるとするなら、人間であることをやめるこ
と。
認知症か何かになって、何も考えない人間になること。
もし、それでもよいというのなら、それでもかまわない。
しかし、だれがそんな人間を、あるべき私たちの老人像と考えるだろうか。

(付記)

統合性を確立するためのひとつの方法として、常に、自分に、「だからどうなの?」と自問
してみるという方法がある。

「おいしいものを食べた」……だから、それがどうしたの?、と。
「高級外車を買った」……だから、それがどうしたの?、と。

ところがときどき、「だからどうなの?」と自問してみたとき、ぐぐっと、跳ね返ってくる
ものを感ずるときがある。
真・善・美のどれかに接したときほど、そうかもしれない。

それがあなたが探し求めている、「使命」ということになる。

なおこの使命というのは、みな、ちがう。
人それぞれ。
その人が置かれた境遇、境涯によって、みな、ちがう。

大切なことは、自分なりの使命を見出し、それに向かって進むということ。
50歳を過ぎると、その熱意は急速に冷えてくる。
持病も出てくるし、頭の活動も鈍くなる。

60歳をすぎれば、さらにそうである。

我々に残された時間は、あまりにも少ない。
私の実感としては、40歳から始めても、遅すぎるのではないかと思う。
早ければ早いほど、よい。


Hiroshi Hayashi++++++++May. 09+++++++++はやし浩司


【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

●アグネス・チャンvs. 霊感商法(by大槻義彦氏)

+++++++++++++++++

ホメオパシーについての情報を集めていたら、
今度は、アグネス・Cに関する
霊感商法疑惑問題が出てきた。

『しまねこ』さんのBLOGから、まず
その突破口を開いてみたい。

++++++++以下『しまねこ』さんのBLOG

●今度は霊感商法の疑い:アグネス・C

『「今度はアグネス・Cを叩きますよ!」
大槻教授に公言されちゃったアグネス・Cなんだけど、
パワーストンで霊感商法をやってるらしい
自らは豪邸に生活しながら、他人の金で
貧しい人々の救済をつづけるアグネス・C。

贅沢をするなと言うつもりはないが、偽善はいけない。
他人の金で手柄を自分の物にしている。

そんなわかりやすい偽善者のアグネス・Cの関係者が
詐欺まがいの商法をやってる疑いがもたれている。

この動画では、
アグネスCのアグネス大学の動画を
youtubeに投稿していたアグネス大学の関係者が、
怪しいパワーストーンを売っていた事実が告発されている。
現在問題のyoutubeの動画は削除済みである。
(抜粋)

●Yさんの日記より

うっはー。こりゃこりゃ。
折しも、ホメオパシーが俎上にあげられてる今、
いろんな所に飛び火しそうですね。

ホメオパシーに関しては、
劇的に効いたと言う人から直に話を聞いているので、
(たしかぜんそくだったか)
完全否定は出来ませんわ。

そういや今朝、「花まる」のVTRだかで
美輪明宏さんがチラッと江原さんの話をしてたけど、
今はどうなってんのかね?
まだ仲良しなんだろうか。

(以上、『しまねこ』さんのBLOGより)

++++++++以上『しまねこ』HPより++++++


●大槻義彦氏のコメント

++++++++++++以下、大槻義彦のHPより転載++++++++++++

既に皆様もご存知のとおり、アグネス Cは自分の写真を載せ、宣伝に努める販売会社Cズ
(CHAN'S)で『健康食品』や『開運グッズ』を販売している。
その一つがなんと、『風水 パワーストーン』というものだ。『あなたの下降運勢を上昇にか
える』『開運パワー』というわけ。

このパワーストーンとやら、色とりどりで『水色は仕事運』が開け、『青は出世運』『ピン
クは恋愛運』(笑)、『黄色は健康運』が開けるのだという。
『このストーンを手首に巻いておれば、この手首から運を呼び込む』のだそうだ。
つまり、アグネス Cの販売するこのような開運グッズは毎度毎度、性懲りもなく繰り返さ
れる霊感商法そのものではないか。

『黄色のパワーストーンを身につけておれば健康運が向いてくる』というのは、『この壺を
買えば体の具合がよくなる』『この掛け軸を家に飾れば病気もよくなる』と売りつけるオカ
ルト宗教団体と変わりがない。はっきりとした霊感商法である。

アグネスもカナダの大学を出たと公言している(正式の大学名は私には分からないし、正
式の卒業であったのかも分からない)のだから、『腕首に黄色の石を巻けば体がよくなり、
病気も改善する』という科学的、医学的理由を説明する責任がある。なぜ黄色かも。
もっといかがわしいのは、『五色霊芝』の販売がある。

このサプリメント(漢方薬?)は高価で1万8千円もする。『中国では古来より健康を維持
する』妙薬として用いられたもの、とのふれこみ。『βグルカン』『有機ゲルマニウム』を含
み、様々な病気に適応されるというのだ。

『現代の社会における環境汚染、加工食品の害、さまざまなストレスに適応される』とも
説明されている。
『中国古代からの妙薬』だと?それがどうして『現代の環境汚染、加工食品の害』にあて
はまるのか?そもそも霊芝というが、これはその辺に生える『マンネンタケ』のことでは
ないか。マンネンタケは食用に適さない。毒キノコではないが、食用は不向きなだけでな
く誤用は危険なのだ。

食用には適さなくても漢方薬としての効果はあるのではないか。
ところが、漢方薬について調べると、『正式の漢方では霊芝を含む処方はない』と明記され
ているではないか。抗がん作用についても、その他の病気治療効果についても『ヒトへの
臨床報告は公には認められていない』となっている。まして、出血傾向の副作用、低血圧
の副作用、末梢神経障害、尿路障害、腎障害などの副作用も指摘されている(一部、国立
健康・栄養研究所)。

このようなことで、国民生活センターは『霊芝、とくに有機ゲルマニウムは貧血やガンに
効くという薬効を否定、薬事法に抵触する可能性』を指摘している。
『アグネス大学入学案内』によると、『日本ユニセフ協会大使として貧しい人々の救済を続
けるアグネス Cのような立派な人間になりたい方は入学を』と勧誘している。
私から言わせれば、『貧しい人々の救済と見せかけて、霊感商法をやり、薬事法抵触も疑わ
れるものを販売するような人間になりたい方は入学を』と、なってしまうかも。

++++++++++++以上、大槻義彦のHPより転載++++++++++++

●アグネス・C

 私も「教育学博士」という肩書きが気になって、アグネス・Cについては
調べさせてもらったことがある。
大槻義彦氏は疑っているようだが、(私も疑ったが)、アグネス・Cは、経歴どおりの
大学を卒業している。
(アメリカでは、学位取得者には通し番号がつけられ、即座に検索できるようになって
いる。)

が、どんな論文を書いて、「博士号」を取ったかについては、わからない。
たしか「日米〜〜子育て比較」(記憶によるもの)に関する論文だったと思う。
ただし欧米では、論文審査だけで博士号を取得することが可能。
その大学に在学しているかどうかは、関係ない。

 が、どこかおかしい。
アメリカの教育事情とはちがい、アグネス・Cは、少女時代に日本へ移住してきている。
その少女が、最終的にはJ大学の英文科(東京)を卒業するなどということは、当時の
日本の常識ではありえない。
中学や高校はどうしたのか?
それとも高卒でなくても、大学へ入れたのか?
その間、アグネス・Cは、歌手生活が忙しく、勉強どころではなかったはず。
そういう女性が、今、「教育学博士」?
それで調べさせてもらった。

●偽善

 『しまねこ』さん(静岡県在住)は、こう端的に指摘している。


『……自らは豪邸に生活しながら、他人の金で
貧しい人々の救済をつづけるアグネス・C。

贅沢をするなと言うつもりはないが、偽善はいけない。
他人の金で手柄を自分の物にしている』と。

 善行にせよ、善行に基づくボランティア活動にせよ、そこに至る過程には、それなりの
「積み重ね」がある。
あるいは「周囲環境」というのがある。

 たとえば若いときから、ホームレスの人の世話をしてきたとか、孤児の世話をしてきた
とか、など。
そういうものが(積み重なって)、ユニセフとか何とか運動へとつながっていく。
難民救済運動へとつながっていく。

 しかしそういう(積み重ね)もなく、また(周辺環境)もなく、いきなり「王手!」は
ない。
そんなことは、ほんの少し冷静になってみれば、わかること。
『しまねこ』さんは、「偽善」という言葉を使っているが、欧米人ならみな、まちがいなく、
こうした行為を「偽善」と位置づけるだろう。
貧しい人たちを、食い物にしている。
つまり悪人以下の悪人。
それが偽善を行う偽善者ということになる。

●大槻義久氏のHPへの投稿と、そのコメント

++++++++++++以下、大槻義彦のHPより転載++++++++++++

読者の方から、下記のメールをいただきました。


▼読者の方からのメール
------------------------------
大槻先生

はじめまして○○と申します。
先生のブログにて、アグネスCに関する言及を拝見し、非常に感銘受け筆を執りました。

C氏は二重三重の極めて強固な権力の防壁によって守られた、「アンタッチャブルな悪の要
塞」の様な人物です。
彼女の周りには、中国共産党、S学会、日本ユニセフ、そしてそれら団体と蜜月関係にあ
る大手マスコミ各社が防壁を作り、彼女に対するネガティブな論を全てシャットアウトし
ている様に見えます。

そのような人物に対して敵対的な論を、公人(先生はそう呼ぶにふさわしい知名度と影響
力を持たれています)が表明するのは、ある意味非常に勇気のいることです。
敢えてそれを実行された先生は、文字通り信念の人であり、私にとって正義の人なのです。
さて、アグネスC。

彼女のウサン臭さは、正に、「叩けば叩くほど埃が立つ」状態であり、言動と行動の不一致、
矛盾点の羅列には事欠きません。
例えば、彼女の代名詞である慈善活動。
彼女がそれほどまでに私腹よりも公を重視する人物であれば、なぜ講演料130万を取り
(つまり金を出せる団体以外ではしゃべらないと公言しているに等しい)、かつ下記のよう
な豪邸を建てねばならないのか?

彼女の主張に従えば、「その装飾物1つで、何万人もの子供たちが救われる」のではないで
しょうか?
そもそも日本ユニセフ自体が、ユニセフとは別の一般団体であり、募金から25%はね、
その資金でマスコミからの天下り役員の給料や、自社ビルを建てているのは有名な話です。

また彼女は政治活動にも熱心ですが、それを中国国内で展開しているとは聞いたことがあ
りません。
必ずこの日本でのみ規制強化関連の法案成立に熱心です。
規制強化に対する考え方そのものは、個々人の自由なので否定しませんが、彼女の場合、
常に、「時と場合を選ぶ」のが、非常に胡散臭く見える。

その上、大槻先生おっしゃられる、オカルト流布による洗脳、それから派生するカネと権
力の流れにまで勢力を増しているとなると、もはやカルト教団の教祖そのものです。
奴の弱者商法に騙される善良な被害者を増やさぬよう、白黒ハッキリつける人が必要にな
ります。

その一翼を先生が担ってくださるのなら、私は感謝しても感謝しきれません。
日本全国の声なき声も、必ず先生を応援していると確信しております。
陰ながら応援しております。
お体にお気をつけてお過ごしください。

------------------------------
▼大槻からの回答
------------------------------

アグネス Cの霊感商法批判をした途端、新聞社・通信社の取材で急に騒がしくなりました。
しかし、アグネス側は即座に対応、霊感商品は売り場から撤去したそうです。私としては、
ささやかな成果だったと思っていますが、また何をやりだすか、注意深く看視していく必
要があると思っています。

彼女の背景に『中国共産党、S学会、大手マスコミ』がある、とのご指摘ですが、この意
味は明瞭ではありません。彼女はキリスト教信者である、と自分を紹介している(私への
私信)のですが、そうだとすると中国共産党やS学会と密接な関係にあるとは思えません。

私は、科学者・教育者として、世にはびこる迷信・オカルト・不正義などを批判・排除し
ていき、子供の教育や社会の進歩を目指す活動をしてきました。しかし、それ以外の個人
的な思想・信条・哲学を槍玉にあげたことはありません。

アグネス Cがどのような社会活動・宗教活動をしようと、それは個人の人格にも関したこ
とですから、批判は控えます。

++++++++++++以上、大槻義彦のHPより転載++++++++++++

●日本ユニセフとは何か?

 私は知らなかった。
ユニセフと、日本ユニセフとは、別組織?
しかも日本ユニセフというのは、「一般組織」?
道理で……というか、あの団体は、そのつど著名人をうまく利用している?
その胡散(うさん)臭さは、私も感じていた。

 だれかの紹介で、ダイレクトメールが届いた。
それをきっかけに何度か寄付金を送ったことがある。
が、それ以後、毎年、私の住所、名前をあらかじめ印刷したネームカードとともに、
寄付金の募集用紙が送られてきた。
「熱心な団体だな?」とは思ったが、それにはウラ(?)があった。

 ウィキペディア百科事典には、つぎのようにある。

『……36の国と地域にある「ユニセフ国内委員会(Committee for UNICEF)」のうちの
1つであり、国際連合児童基金 (ユニセフ) の日本事務所ではない。
(ユニセフ本部(国際連合児童基金)との関係参照)』。

さらに明確に、『日本における「ユニセフ国内委員会」として[5]、世界におけるユニセフの
活動を支援するために、日本において寄付募集、広報・啓蒙活動、政策提言協力を行うこ
とを使命としている。
日本ユニセフ協会と国連ユニセフ(UNICEF)は基本的に別組織である』。

『「ユニセフ」という名称を含むが、国際連合児童基金 (ユニセフ) の日本事務
所ではない。日本ユニセフ協会はユニセフ本部と協力協定を結んでいる団体であり、
日本において民間人・民間団体・企業向けにユニセフを代表する唯一の組織である。
日本における民間協力の窓口として運営されている非政府組織であって、国連機関
ではない。ユニセフ本部は東京都内に「ユニセフ東京事務所」を設置しているが、
この事務所もユニセフ日本支部ではない』(以上、ウィキペディア百科事典より)
と。

 だんだんとわかってきたぞ!

 つまり平たく言えば、「日本ユニセフ」は、巧みに国際機関である「ユニセフ」という
名前をまぶしながら、日本人から金を集めている(?)。
そういう疑惑も浮上してきた(?)。

 日本における国際連合児童基金の出先機関は、東京都渋谷区神宮前の国連大学ビルの
中にCとある。
「国際連合児童基金東京事務所」(ユニセフ東京事務所)というのが、それ。

 『「財団法人日本ユニセフ協会と密接に協力しながら」(日本ユニセフ協会サイトによる)
各種の交渉などに当たっていることになっている。ほぼ同一の意味の言及は、ユニセフ公
式サイトにもあり、日本ユニセフ協会は、ユニセフ東京事務所の業務の一部にも関わりを
持っている」と説明している』(同)と。

 つまり「私たちはユニセフとは無関係ではない。ユニセフと『密接に協力しながら』活
動している」と。
だったらはじめから、無私無欲で、ユニセフ(本部)に協力すれば、それですむはず。

●アグネス・Cへの疑問

 「教育学博士」とは何か?
どんな論文を書いたにせよ、また書かなかったにせよ、「博士」には博士らしい言葉づかい
がある。
たとえば育児論を語っていても、言葉の端々に、それなりの専門用語が出てきたり、知見
の深さがにじみ出たりする。
が、私が知るところ、アグネス・Cには、それがない。
ときどきテレビで教育講演(育児講演)をしているのを見る。
全体的に思慮が浅いというか、どこかタレント風……?
それ以上の判断は、読者のみなさんに任せる。
一度自分の耳で聞いて、自分で判断すればよい。

 ともかくも、「教育学博士」と「霊感商法」は、結びつかない。
大槻義彦氏が指摘しているとおりである。
それが今回、問題になっている。

日本ユニセフは、どういう経緯で、アグネス・Cを親善大使に任命したのか。
その前に、彼女はどのような活動をしていて、「大使」にふさわしいと判断されたのか。
そのあたりを、一度しっかりと説明する義務があるのではないか。

(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 
BW はやし浩司 アグネス・チャン 大槻義久 霊感商法 日本ユニセフ ユニセフ)


Hiroshi Hayashi+++++++Aug. 2010++++++はやし浩司

●怒り(補足)

10年ほど前に書いた原稿を
再掲載します。

+++++++++++++++++

(怒り)について考えているとき、
以前、尾崎豊の「卒業」について書いた
原稿を思い出しました。

それをそのまま転載します。
(中日新聞掲載済み)

+++++++++++++++++

【若者たちが社会に反抗するとき】

●尾崎豊の「卒業」論

学校以外に学校はなく、学校を離れて道はない。そんな息苦しさを、尾崎豊は、『卒業』の
中でこう歌った。「♪……チャイムが鳴り、教室のいつもの席に座り、何に従い、従うべき
か考えていた」と。「人間は自由だ」と叫んでも、それは「♪しくまれた自由」にすぎない。
現実にはコースがあり、そのコースに逆らえば逆らったで、負け犬のレッテルを張られて
しまう。尾崎はそれを、「♪幻とリアルな気持ち」と表現した。

宇宙飛行士のM氏は、勝ち誇ったようにこう言った。「子どもたちよ、夢をもて」と。しか
し夢をもてばもったで、苦しむのは、子どもたち自身ではないのか。つまずくことすら許
されない。ほんの一部の、M氏のような人間選別をうまくくぐり抜けた人だけが、そこそ
この夢をかなえることができる。大半の子どもはその過程で、あがき、もがき、挫折する。
尾崎はこう続ける。「♪放課後街ふらつき、俺たちは風の中。孤独、瞳に浮かべ、寂しく歩
いた」と。

●若者たちの声なき反抗

 日本人は弱者の立場でものを考えるのが苦手。目が上ばかり向いている。たとえば茶パ
ツ、腰パン姿の学生を、「落ちこぼれ」と決めてかかる。しかし彼らとて精一杯、自己主張
しているだけだ。それがだめだというなら、彼らにはほかに、どんな方法があるというの
か。そういう弱者に向かって、服装を正せと言っても、無理。尾崎もこう歌う。「♪行儀よ
くまじめなんてできやしなかった」と。彼にしてみれば、それは「♪信じられぬおとなとの
争い」でもあった。

実際この世の中、偽善が満ちあふれている。年俸が二億円もあるようなニュースキャスタ
ーが、「不況で生活がたいへんです」と顔をしかめて見せる。いつもは豪華な衣装を身につ
けているテレビタレントが、別のところで、涙ながらに難民への寄金を訴える。こういう
のを見せつけられると、この私だってまじめに生きるのがバカらしくなる。そこで尾崎は
そのホコ先を、学校に向ける。「♪夜の校舎、窓ガラス壊して回った……」と。もちろん窓
ガラスを壊すという行為は、許されるべき行為ではない。が、それ以外に方法が思いつか
なかったのだろう。いや、その前にこういう若者の行為を、誰が「石もて、打てる」のか。

●CDとシングル盤だけで二〇〇万枚以上!

 この「卒業」は、空前のヒット曲になった。CDとシングル盤だけで、二〇〇万枚を超
えた(CBSソニー広報部、現在のソニーME)。「カセットになったのや、アルバムの中
に収録されたものも含めると、さらに多くなります」とのこと。この数字こそが、現代の
教育に対する、若者たちの、まさに声なき抗議とみるべきではないのか。

(付記)
●日本は超管理型社会

 最近の中学生たちは、尾崎豊をもうすでに知らない。そこで私はこの歌を説明したあと、
中学生たちに「夢」を語ってもらった。私が「君たちの夢は何か」と聞くと、まず1人の
中学生(中2女子)がこう言った。「ない」と。「おとなになってからしたいことはないの
か」と聞くと、「それもない」と。「どうして?」と聞くと、「どうせ実現しないから」と。

もう1人の中学生(中2男子)は、「それよりもお金がほしい」と言った。そこで私が、「で
は、今ここに1億円があったとする。それが君のお金になったらどうする?」と聞くと、
こう言った。「毎日、机の上に置いてながめている」と。ほかに5人の中学生がいたが、皆、
ほぼ同じ意見だった。今の子どもたちは、自分の将来について、明るい展望をもてなくな
っているとみてよい。このことは内閣府の「青少年の生活と意識に関する基本調査」(20
01年)でもわかる。

 15〜17歳の若者でみたとき、「日本の将来の見とおしが、よくなっている」と答えた
のが、41・8%、「悪くなっている」と答えたのが、46・6%だそうだ。

●超の上に「超」がつく管理社会

 日本の社会は、アメリカと比べても、超の上に「超」がつく超管理社会。アメリカのリ
トルロック(アーカンソー州の州都)という町の近くでタクシーに乗ったときのこと(2
001年4月)。タクシーにはメーターはついていなかった。料金は乗る前に、運転手と話
しあって決める。しかも運転してくれたのは、いつも運転手をしている女性の夫だった。「今
日は妻は、ほかの予約で来られないから……」と。

 社会は管理されればされるほど、それを管理する側にとっては便利な世界かもしれない
が、一方ですき間をつぶす。そのすき間がなくなった分だけ、息苦しい社会になる。息苦
しいだけならまだしも、社会から生きる活力そのものを奪う。尾崎豊の「卒業」は、そう
いう超管理社会に対する、若者の抗議の歌と考えてよい。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

●補足

 この中で私は、2人のタレントを批判した。
あの人とあの人である。

「・・・年俸が二億円もあるようなニュースキャスターが、『不況で生活がたいへんです』と
顔をしかめて見せる。いつもは豪華な衣装を身につけているテレビタレントが、別のとこ
ろで、涙ながらに難民への寄金を訴える」と。

 当時、こう書けば、みな、(あの人)が、だれであるかわかった。
で、この原稿を書いてから、10年。
彼らがいかに偽善者であったかは、この10年だけをみてもわかる。

たとえば難民救済活動をしていた、あの人。
その周辺部分、つまり連続性が、まるで浮かび上がってこない(?)。
その後、別の(あの人)に、活動をバトンタッチしてからは、いっさい、音沙汰なし!

 それほどまでに高徳なボランティア活動をしながら、したのは、(そのときだけ)。
最近でも、また別の(あの人)が同じようなことをしている。

 そこに至る過程の中で、たとえばホームレスの人たちのために、炊き出しをしたとか、
貧しい子どもたちを家で預かったとか、そういう経緯があればよい。
それをいきなり、アフリカの難民救済運動?
一度、ラオスで、そういった活動をしている人に会ったことがある。
当時、50歳くらいの女性だった。
もの静かな女性で、腕を白い包帯で巻いていた。
活動しているときに、けがをし、そのとき日本へ一時帰国していた。
もちろん無名の女性である。
そしてその女性がそういう活動をするようになった背景には、10年単位の歴史がある。

 が、これらの(あの人)には、周辺部分もなければ、連続性もない。
積み重ねもない。
一事が万事というか、万事が一事。
つまり偽善。
もっと言えば、難民の人に対する冒涜!
集められた基金なるものは、どこにどう消えたことやら?
(私も出したぞ!)
少なくとも、私たちは一度は疑ってみるべきではないのか。

 つまりこれが私が言う(怒り)である。
この(怒り)を忘れたら、それこそ、この世界は、闇!
・・・と思いつつ、こうして文章を叩いている。


Hiroshi Hayashi++++++++Sep. 2010+++++++++はやし浩司


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子育て最前線の育児論byはやし浩司   10年 9月 24日
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【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

【代替医療】ホメオパシーについて考える前に

●まず先入観を捨てる

 あなたは「ホメオパシー」なる治療法をどう思うか。
まず先入観を捨ててみる。
その上で、この問題を考えて見る。

●ホメオパシー

+++++++++++++++++

少し遠巻き……とういうか、外堀を
先に埋めるような書き方をするが、
許してほしい。

今、「ホメオパシー」と呼ばれる、
いわゆる代替医療行為(?)が、
問題になっている。
どこかの助産婦が、新生児の頭蓋内出血
予防に必要とされる、ビタミンKを
投与させず、1人の女児を死亡させる
という事件も起きている。

実は私は、(私の不勉強によるものだが)、
今日の今日まで、その言葉を知らなかった。
「ホメオパシーって何?」と、ワイフに
問いただしたほど。

だから先に、思いついたことを書いてみる。
ホメオパシーについて書く前に、信仰とは
何か。
そのあたりからかんがえてみたい。

+++++++++++++++++

●ルルドの奇跡

フランスにルルドという聖地がある。
奇跡を起こす聖地として、知られている。
毎年熱心なキリスト教の信者たちが、たくさん訪れている。
実際、何かの病気が治ってしまった人がいるという。
そのうちの66人は、「奇跡」と認定されているという。

ある人のHPでは、旅行記としてつぎのように紹介している。

『ルルドは1858年、洞窟に聖母マリアが出現、マリアが告げたところから水が湧き、
その水に浸かったり飲んだりすると難病が治り、瀕死の子供が助 かったことからカトリッ
クの聖地となった。年間500万人が訪れる世界最大の聖地は300ヘクタールの広大な
聖域に聖堂や教会、病院、宿泊施設を備えている。今回の旅はルルドに3連泊、パリに2
泊のゆったりとした旅程。疲労が少ないように配慮された。

「ルルドは大変優れたシステムの癒しの場です。重病人は駅に迎えを頼むこともできます。
車椅子の方や難病の方はもちろん、ベットから起きられない方もボランティアが何人もか
かって持ち上げ泉の水にザボンと浸けてくれるんです。我々も全員沐浴させていただきま
した。シスターは、ある参加者ががんだとわかると抱きしめて祝福してくれました。それ
も感動的でした。

お世話してくれるシスターやボランティアの方、街全体が病人の気持ちをわかってくれて
いる感じがします。ここでは病人が主役なんです。日本ではがん患者は近隣や仕事関係、
家族にまで『元気にみせなきゃ』と気を使う。でもここでは病人で大丈夫だし、カトリッ
クでなくてもひとりで天に祈れます。そんな癒しの場が日本にもあればと思います。ルル
ドの癒しのサポートシステムはぜひ、医療関係者に知ってもらいたい』(逸見晴恵氏HPよ
り、一部抜粋)と。

●信仰とは

 若いころ、ある寺にいたら、朝早く1人の信者がやってきた。
いわく、「今朝は、お礼参りにやってきました」と。
話を聞くと、孫娘の肺炎が治ったという。
一時は危篤状態に陥ったという。
その信者は、仏壇に現金の入った封筒を置き、何度も祈りなおしていた。
私はその姿を見て、こう思った。
「肺炎を治したのは、寺ではなく病院だ」と。

 が、こんな理屈は信者には通らない。
こんな話もある。

 ある女性の夫が交通事故で死んでしまった。
そのあとその女性に、3000万円の保険金が支払われた。
それについてその女性は、「3000万円も手に入ったのは、この信仰をしていた
おかげ」と。
そこでその女性は、うち1000万円を寺に寄付してしまった。
その寺では、1000万円以上の寄付をする信者を、「4桁会員」と呼んで、
特別な立場に置いていた。

 まだ、わからない?

 では、もうひとつの話をしよう。
ある宗教団体では、念力で病気を治すと教えている。
で、その団体の信者の息子が、ある重い病気にかかった。
病院へ連れて行けば治った病気だったという。
しかし親は病院へは連れて行かなかった。
念力で病気を治すとがんばって、一晩中、息子の枕元で祈った。
が、その甲斐もなく、息子は死んでしまった。

 ふつうなら、つまりふつうの常識のある親なら、その信仰から遠ざかる。
が、その親はますますその信仰に、のめりこんでいった。
「私たちの信仰が足りなかったから」と。

 もっとも自分たちの過ちを認めたら、自分たちが息子を殺してしまった
ことになる。
親としては、それを認めることはできない。

●心の救済

 医学では、人の心を救うことはできない。
病気を治すことはできるが、人の心を救うことはできない。
そのことは、あなた自身がいちばんよく知っているはず。

 だから年間500万人の人が訪れ、たった66人の人にしか奇跡が起きなかった
としても、人々は、ルルドに心の救済を求める。
あるいは夫が交通事故で死んでも、3000万円の保険金が入ったとしても、
その女性は、「信仰のおかげ」と、それを喜ぶ。

 さらに言えば、自分たちの信仰のせいで、息子が死んでしまったとしても、
その親は後悔しない。
「後悔」という部屋のドアをしっかりと、閉じてしまう。
「心」というのは、いつも常識の向こうの世界で動く。
だから常識で理解できないからといって、こうした事例を頭から否定してはいけない。
「科学」にしても、そうだ。

●丸山ワクチン

 「丸山ワクチン」というワクチンがある。
当初、あのワクチンは、「ただの水」と酷評された。
「だからいくら注射しても、がんには効かない」と。
多くの科学者や医師が、その使用に反対した。

 が、そのあとも丸山ワクチンでがんが治ったという人が続出した。
脳腫瘍が消えてしまった人もいる。
そこでいろいろ調べてみると、丸山ワクチンが、人間が本来的にもつ
免疫機構を刺激することがわかってきた。
そのスイッチとなる部分は、脳下垂体にあるという(伝聞)。
その結果、免疫機構が働き出す(伝聞)。
わかりやすく言えば、丸山ワクチンが免疫機構を目覚めさせるということになる。
だから、ほんの少量でよいということらしい(伝聞)。
一説によれば、数千万分の1ミリグラムとか、あるいはもう1桁多い、一億分の
1ミリグラムでもよいとか(伝聞)。
(このあたりの話は、あくまでも参考として読んでほしい。
内容は不正確。)

 つまり丸山ワクチンががん細胞を攻撃するのではなく、免疫機構を目覚めさせ、
その結果としてがんが治るということらしい(伝聞)。
人体の機構はそれほどまでに複雑で、かつ未解明な部分が多い。
だから「科学的に・・・」という理由だけで、それを否定したり、あるいは肯定した
りしてはいけない。
とくに「科学性がないから、エセ」という考えることには、私は疑問をもつように
なった。

「科学性」というときは、現在の時点までの科学的レベルを基準にする。
が、既知の分野より、未知の分野のほうがはるかに多い。
「科学性がない」というのは、あくまでも「既知の分野」で証明された科学性に
すぎない。
よい例が、鍼灸治療でいうところの「針治療」がある。
漢方薬治療でもよい。

 私が子どものころには、和漢、つまり日本の東洋医学は「完全に」と言っても
過言でないほど、社会の隅に追いやられていた。
「迷信」というよりは、迷信としても相手にされていなかった。

●ホメオパシー

 そこで今、話題になっている「ホメオパシー」。
信仰なのか、信仰でないのか。
科学性はあるのか、ないのか。
考え方の基本は、こうである。

 「植物や動物、鉱物などを希釈した水を染みこませた砂糖玉を飲む療法」(中日新聞)
と。
科学性ということになると、根拠はない。
日本医学会の高久会長は、「科学的にはまったく無意味だ。根拠のないことの広がりには
危機感をもたざるをえない」(同)と述べている。
「エセ科学」と断言する学者も多い。
が、私はそうとも言い切れないのではないかと考える。

私はひとつの判断基準として、「経過時間」をあげる。
つまりもしエセなら、その歴史的経緯の中で、とっくの昔に消えてなくなって
いるはず、と。
それが100年単位でつづいているというのなら、それを見る私たちは、もう
少し謙虚になってもよいのではないか。
ホメオパシーについても、約200年の歴史があるという。
(だからといって、ホメオパシーを肯定しているのではない。誤解のないように!)

 よい例が、先にあげた鍼灸である。
「針治療」である。
繰り返すが、あの針治療にしても、ほんの40年前には、エセ科学と位置づけられていた。
公然とそれを口にする人はいなかったが、そう考えられていた。
またそれを施す人たちのほとんどは、身体に障害をもつ人たちであった。
が、それがとんでもないまちがいだったということは、現在の状況を見ればわかる。

●毒蛇研究所

 丸山ワクチンについて書いているとき、こんなことを思い出した。
それに私には、もうひとつ、こんな経験がある。

 ブラジルのサンパウロ市公害に、「毒蛇研究所」という、恐ろしい研究所がある。
その研究所を訪れたときのこと。
案内をしてくれた所長がこんな話をしてくれた。
1975年ごろのことで、そういうものの考え方をする研究者は、日本には
いなかった。
つまり「毒を薄めると、薬になる」と。
(反対に、薬を濃くすると、毒になる。)

 そこでその研究所では、毒蛇から毒を採取し、それを何千倍とか、何万倍とかに
薄めて、薬として使用している、と。

 今度の「ホメオパシー」の発想は、どこかあの毒蛇研究所の所長が言った発想と
似ている。
あるいはどこかでつながっている?

●研究会?

 さて、本論。
長い前置きになってしまったが、「外堀」の話は、ここまで。

 で、問題なのは、「ホメオパシー」が、信仰化しているという点。
先にも書いたように、どこかの助産婦が、新生児を死亡させてしまったという
事件も起きている。
それで日本医学会でも問題になり始めた。

とくに、この日本では、医者をないがしろにするような行為や言葉にきびしい。
「治る」などという言葉は、医師でしか使えない。
「〜〜病に効果がある」と、病名を出すのも禁止。
「〜〜病が治った」というのも、禁止。

 だからこそ、こうした「治療法」を許せないのかもしれない。
自分たちの医療体系というよりは、寡占体系が崩れてしまう。
そこで「研究会」ということになった。

 今朝の中日新聞はつぎのように伝える。

+++++++++++以下、中日新聞++++++++++++

長妻昭厚生労働相は、8月25日、日本学術会議の金沢一郎会長が「ホメオパシー」と
呼ばれる代替医療の効果を否定する談話を発表したことを受け、「本当に効果があるのか
ないのか、厚労省で研究していく」と述べた。

(中略)

都内で開いた記者会見で、日本医学会の高久会長は、「日本学術会議からホメオパシーの
危険性を検討してほしいという依頼があり、科学的根拠がないと一致した」と述べた。
日本医師会の原中会長も、「科学的にはまったく無意味だ。根拠のないことの広がりには、
危機感をもたざるをえない」と強調した。

(中略)

金沢会長は24日に、「(これに頼ることで)、確実で有効な治療を受ける機会を逸する
可能性がある」との談話を発表。推進団体は反発している。

+++++++++++以上、中日新聞++++++++++++

●ハンゲコウボク湯信者

 ところで私にも、信仰(?)がある。
「ハンゲコウボク湯信者」という信仰である。
そういう私だから、当初、ホメオパシーという言葉を聞いたとき、一瞬だが、
こと「ホメオパシー」については、エセ科学とは言い切れないのではないか。
そう考えた。

そのものが効くというよりは、それが脳のある部分のスイッチをONの状態に
する。
とたんそれまで眠っていた、その病気に対する免疫機構が働き出す。
そういうことはありえる(?)。

 私が現在、毎晩眠る前に服用している「ハンゲコウボク湯」にしても、
そういう効果があるらしい。
ほんの微量(耳かきに一杯程度の量)で、がんの予防になるという。
東大の元薬学部長であった水野先生が、その効果を何かの研究の途中で偶然発見した
という。
また丸山ワクチンの開発をした、丸山氏とも親交があり、丸山氏の研究をを励ました
という記録も残っている(「丸山ワクチン」HP)。

以後、水野先生の周囲には、ハンゲコウボク湯信者が急速にふえていった。
恩師の田丸謙二先生(東大、元総長特別補佐、日本化学界元会長)もその1人で、
「林君ものんだら」と勧められて、以来12年近くのんでいる。

 が、ここから先が、信仰のおもしろいところ。
私とワイフは、その信者だが、そうして毎晩のむことによって、安心感を覚える。
「私たちはがんにならない」という安心感である。
信仰性があれば、さらに絶対的な安心感に変わる。 
あるいはそうした安心感が、免疫力を高めているのかもしれない。

 だからがん検診にしても、毎年たいへんおおまかなものしか受けていない。
しかしこれも「確実で有効な治療を受ける機会を逸する可能性がある」(金沢会長)
ということになるのだろうか。

●医療と心

 話が混乱してきた。
もう一度、整理してみる。

(1)フランスのルルドには、病気を治してもらいたいと、年間500万人もの人々が
訪れている。

(2)信仰には常識をはずれた盲目性がある。

(3)「科学性がないから……」という理由だけで、その治療法を否定するのは
危険なことである。

(4)ホメオパシーとは、いったい何なのか。

 その前に考えるべき第一の問題は、「医学で、心の救済はできるか」ということ。
このことは、自分の問題として考えてみると、わかりやすい。
話が戻るが、許してほしい。

 たとえばルルドには、毎年500万人の人たちが訪れているという。
みながみな、キリスト教を信じているわけではない。
が、そのうち奇跡によって病気が治ったと言われる人は、66人と言われている。
『このルルドで病気が治ったと自己申告をした人は、1862年以来6700人にのぼる
が、そのうち、ルルド聖地当局によって正式に奇跡と認定されたのは、たったの66人だ
けだ』(「ルルドの泉」HPより)と。

 確率から言えば、1万人に1人?
病気を治すということであれば、私の家の近くにある医療センターのほうが、はるかに
多くの人を治している。
が、毎年500万人の人たちが、救いを求めてルルドに向かう。
この日本でも、特別なツアーを組んでいる旅行社がいくつかある。
「特別」というのは、「病人の人のための」という意味である。

 「科学性」ということを言うなら、なぜ日本の医師会は、(厚労省でもよいが)、
ルルド巡りにメスを入れないのかということになる。
さらに科学性ということを言うなら、かつての「針治療」「丸山ワクチン」のときは、
どうだったのかということになる。
ただその一方で、科学を装った「ニセ科学」というのも、ある。
バランスをとるため、それについても書いておきたい。

●水からの伝言(ニセ科学)

 もちろんとんでもないエセ科学というのはある。
「水からの伝言」を例にあげるまでもない。
あれほどまでにバカげたエセ科学はない。

++++++++++++++++++++

09年7月に書いた原稿を再掲載します。

++++++++++++++++++++

●ニセ科学(pseudo science)
In Japan very strangely most of the young people believe that each man's personal 
character is decided by the blood type. It is only one of pseudo science, which widely 
spread throughout Japan.

++++++++++++++++

家具屋の店員に、重い家具を搬入してもらった。
そのとき、私が「こんな家具、地震で倒れたら、たいへんだなア」と、ふと漏らすと、そ
の店員は、こう言った。
「重いから、倒れません」と。
私は、その言葉を聞いて、あっけに取られた。
血液型による性格判定についても、しかり。
つまり科学性、ゼロ!

++++++++++++++++

「Imidas、時事トレンド」の中に、こんな記事が載っていた。同志社大学教授の左
巻健男氏の書いたものだが、「人はなぜ、ニセ科学を信ずるのか?」というのが、それ。

 左巻氏は、ニセ科学として、いくつかの例をあげている。そのひとつが、マイナスイオ
ン。

(1) マイナスイオンとは、化学で学ぶ「陰イオン」ではなく、これに近いのが、大気科
学の「負イオン」である。「滝にマイナスイオンが発生している」と言うばあいには、負イ
オンだが、これが健康によいという根拠はない。

プラスイオンは「吸うと心身の状態が悪くなる」のに対して、マイナスイオンは空気を浄
化し、吸うと気持ちのイライラが解消し、ドロドロ血はサラサラに、アトピーや高血圧症
にも効き、健康にもいい」というのである。

これは「納豆ダイエット」でねつ造が発覚したテレビ番組「発掘、あるある大辞典」(フジ
テレビ系)が火付け役で、1999年から2002年にかけて、特集番組で驚くべき効能
がうたわれた。

そこから有名企業までが、マイナスイオン類似の効果をうたう商品を製品化し、エアコン、
冷蔵庫、パソコン、マッサージ機、ドライヤーや衣類、タオルなど、広範囲の商品が市場
に出されるに至った(以上、P162)、と。

 ニセ科学は、血液型による性格判定だけではなかったというわけである。電気店へ行く
と、たしかにその種のうたい文句を並べた商品は多い。私はマイナスイオンにとくにこだ
わっていたわけではないが、今度、新しく購入した冷蔵庫にも、それがあった。

 しかし左巻氏に言わせると、それもニセ科学だったとは! しかも火付け役が、あの「発
掘、あるある大辞典」だったとは! 

 左巻氏は、こうつづける。「マイナスイオン測定器でこれらを測定すると、1ccあたり、
数10万個との数値を示すが、空気の分子数とくらべると、微々たる数値にすぎないこと
に注意を要する」(同書)と。

 だからといって、つまりImidasにそう書いてあったからといって、左巻氏の意見
を全面的に信ずるのもどうか、ということにもなる。しかしここは、やはり科学者である
左巻氏の意見を尊重したい。相手が、「発掘、あるある大辞典」では、話にならない。
 左巻氏も書いているが、本当の問題は、こうしたニセ科学にあるのではなく、「人はなぜ、
ニセ科学を信ずるのか?」という部分。

 もうひとつ、こんな例をあげている。

(2) 容器に入った水に向けて、「ありがとう」と「ばかやろう」の「言葉」(文字)を書
いた紙を張り、その水を凍らせる。

すると「ありがとう」の水は、対称形の美しい六角形の結晶に成長し、「ばかやろう」の水
は、崩れた汚い形の結晶になるか、ならない。

ゆえに「水が言葉を理解する」と主張する『水からの伝言』(江本勝著)という本が話題に
なった。

水という物質が、言葉によって影響を受けるということはない(同書)、と。
 こんなアホなことは、だれにでもわかる。何も、左巻氏の説明を借りるまでもない。し
かし、だ。こんなアホな説を根拠に、教育界でも、「きれいな言葉を使いましょう」運動が
広まったという。

 理由は、「人間の体の6〜7割は水だから」と。が、批判が高まると、「それに加担した
教育団体は、ホームページからその授業案を削除したが、いまもどこかで、こうした(道
徳)の授業が行われている」(同書)と。

 しかし、『水からの伝言』とは何か? 江本勝という人物は、どんな人物なのか? 少し
前、麻薬を所持していて逮捕された教育評論家がいた。彼は以前、「子どもにはナイフを持
たせろ」「親が子どもを信頼している証になる」と説いていた。

 その教育評論家は、都会で子どもたちによるナイフ殺傷事件がつづくと、いつの間にか、
自説をひっこめてしまった。私は、左巻氏の意見を読みながら、その教育評論家のことを
思い浮かべていた。

 で、さっそくヤフーの検索エンジンを使って調べてみると、それは、そこにあった。
いわく、「私たちは、水の結晶写真技術に基づいて、愛・感謝の気持ちが水を美しく変化さ
せるということを、実証してきました。水をきれいにすることにより、私たちの心身もき
れいになり、健康を取り戻し、本来持っている才能を開花することができるのです。水が
変われば世界が変わります。いっしょに波動と水の可能性を探究しましょう」(「水からの
伝言」HPより)と。

 どうやら、本気らしい。

 しかし……? 「?」マークを、1ccあたりに存在する水の分子の数ほど、つけたい。
その数は、約3x10の22乗!(ヤフー・知恵袋参照)

 数字で表してみると、こうなる。

300,0000,0000,0000,0000,0000個!

 しかし、左巻氏ではないが、どうして人は、こんな珍説を信ずるのだろう。あの占星術
にしても、そうだ。科学性は、さらに低い! ゼロどころか、ゼロにもならない!
 これも教育の欠陥といえば、それまでだが、その先には宗教があり、カルトもある。け
っして、軽く考えてはいけない。

(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 
Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist ニセ科学 非科学 納豆ダ
イエット マイナスイオン マイナス・イオン 水からの伝言 エセ科学 はやし浩司 
水からの伝言 水伝 水の結晶)

●ホメオパシーJ

 ホメオパシーJのHPでは、つぎのように説明している。

『……今から200年前にドイツの医師ハーネマンがその生涯をかけて確立させた療法で、
その起源は古代ギリシャのヒポクラテスまでさかのぼることができます。

ホメオパシーは同種療法あるいは類似療法と訳されている通り、「症状を起こすものは、そ
の症状を取り去るものになる」という「同種の法則」が根本原則になっています。

ハーネマンはこの「同種の法則」に、症状を起こすものを非常に薄めて使うことにより、体
に悪影響を与えることなく、症状だけを取っていくものとなるという「超微量の法則」を打
ち建て、安全で体にやさしく常習性を持たないホメオパシー療法を完成させました。

ホメオパシーでは症状を抑圧するのではなく、症状を出し切れるように後押しします。そ
うして初めて心身ともに健康になると考えます。 私達の心や細胞が抱える不自然なパター
ンを解放し、体の芯から健康を取り戻す自然療法、それがホメオパシーです』と。

 よくわからない……というより、「植物や動物、鉱物などを希釈した水を染みこませた砂
糖玉を飲む療法」(中日新聞)というのとは、少しちがうのではないか?
もう少し詳しく調べてみると、同団体のY氏が、朝日新聞社の記者のインタビューに
答えてつぎのように述べているのがわかった。

『……ここまで薄めると毒の物質は、事実上もう入っていないが、「薄める時によく振るこ
とで、毒のパターンが水に記憶される」と協会会長のYさんは解説する。

「自然治癒力が病気と闘っている時に現れるのが病気の症状。西洋医学は症状を緩和する
が治癒はさせない」。ホメオパシーで治せる病気は精神病から皮膚病まで多種多様で、がん
治療も可能かと聞くと、Yさんは「そうです」と力強く答えた』(朝日新聞)と。

 ……と思いつつ、「ホメオパシーJ」のHPを読んでいくと、「?」がいくつか頭の
中を横切った。

 どこかカルト化している?
そんな印象ももった。
「がん治療も可能と力強く答えた」というのは、ま・ず・い!

●レメディー

 「植物や鉱物などを高度に希釈した液体を小さな砂糖の玉」を、「レメディー」と
呼ぶらしい(同HP)。
その玉を「舌下に入れ、溶けるのを待ちます」と。
もう少し詳しく説明すると、つぎのようらしい。

『……レメディーは、舌下に入れて溶けるのを待ちます。基本的にレメディーを摂る20分
前後は、口の中に何も入れないよう指示されますが、レメディーを摂る20分前後に飲食を
すると効果がなくなるということはありません。時間的に余裕のない時は、飲食前後の20
分以内でも構いませんので、レメディーをお摂りください。

但し、コーヒーや香りの強いもの(ミントが含まれている歯磨き粉等)は、レメディーに影響
を与えることがありますので、レメディーを摂る前後20分ほどは、避けるようにしてくだ
さい。また、レメディーを摂り続ける期間中は、できるだけコーヒーを飲まないようにし
た方が賢明です。レメディーの作用を消してしまう場合もあると言われています。
メンソール、ユーカリ、樟脳などの香りが強い場所は、レメディーの保管に向いていませ
ん。

レメディーを摂る本人以外はレメディーに触れないようにしてください。レメディーに触
れると、多少触れた指からもエネルギーが入ってしまいます。しかし、緊急時や赤ちゃん・
動物等に与える場合には、かまわず自分の手に取ってすばやく口に入れてあげてください。
時間にゆとりがある場合には、スプーンなどを使ってレメディーを相手の口の中に入れて
あげるか、レメディーを水に入れて溶かし、その水を飲ませるなどの方法を取ってくださ
い』(同、HP)と。

 この中でとくに気になる部分は、『レメディーを摂る本人以外はレメディーに触れないよ
うにしてください。レメディーに触れると、多少触れた指からもエネルギーが入ってしま
います』というところ。

 レメディーに触れると、多少触れた指からも、「エネルギー」が入ってしまう、と。

 エネルギー?

 さらに「薄める時によく振ることで、毒のパターンが水に記憶される」という意見も
たいへん気になる。
毒のパターンが水に記憶される?
これなどは、まさにあの「水からの伝言」そのもの。

 またレメディーというのは、キャンディーのこと?
だったらそういうキャンディーなら、いくらでも市販されている。
いろいろなフルーツの味で作った、「森永キャンディー」というのもある。
私は子どものころ、大好物だった。
(だから虫歯だらけになってしまったが……。)
しかし「エネルギー」までは、考えなかった!

●私の印象

 私は実は、この原稿を書き始める前は、ホメオパシーに好意的というか、擁護的な
印象を抱いていた。
「200年前からあった」という、年数にも敬意を払った。
ひょっとしたら、人間が本来的にもつ免疫機構に、何らかの作用を及ぼすのではないかと
も考えた。
それに「科学性」という言葉には、両刃がある。
「科学性があるから……」といっても、すべてを信じてはいけない。
「科学性がないから……」といっても、すべてを否定してはいけない。

 しかし結論を先に言えば、やはりどうも胡散(うさん)臭い。
ホメオパシーJのHPを読めば読むほど、疑惑が強くなった。

……という程度にしか、今は書けないが、ともかくも胡散臭い。
科学性のあるなしを論ずる以前の問題のようでもある。
さらに言えば、信仰のレベルを超えて、カルト化している?
ホメオパシーについては、そんな印象ももった。

 今回は、外堀だけを埋め、この先は、もう少し様子をみてから書いてみたい。
何とも歯切れの悪い原稿で、ごめん!

 ホメオパシーは、本当に効果があるのかないのか。
その正体は何なのか。

(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司
 BW はやし浩司 ホメオパシー 自然治癒力 水からの伝言 ルルド 水伝 ニセ科
学 エセ科学 代替医療)


Hiroshi Hayashi+++++++Aug. 2010++++++はやし浩司※

【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

●8月24日

++++++++++++++++

かわり映えのしない朝。
昨夜睡眠導入剤をのんだこともある。
時計を見ると、午前8時を過ぎていた。
たっぷりと9時間。
よく寝た。
何か寝起きに夢を見たようだが、
忘れた。

で、昨夜、義兄の家に寄った。
いろいろ話した。
その中で親子の話が出た。
「フランスでは、親子でも家の売買をする」と
話した。
つまり金の貸し借りには、親子でもシビア。
夫婦でもシビア。
オーストラリアの友人などは、夫婦で日本へ
来ても、お金を払うのはいつも夫。
夫が自分の財布からお金を払う。
夫が得た収入は夫のもの。
そういう意識がきわめて強い。

が、この日本では、私もそうだが、収入は
一度すべて妻に渡す。
だからレストランでもどこでも、勘定は
妻が払う。

そう言えば、シビアと言えば、中国人。
大陸から来た中国人。
夫の財産、妻の財産と、きびしく区別する。
その様子はまさに「他人」。
だからたとえば親子でも、そのあたりをきびしく
区別する。

親が子どもに学費を出したとする。
それはそのまま親の貸し金になり、
子どもの借金になる。

日本の常識は世界の常識ではない。
日本の常識をもとにして考えてはいけない。
たとえば話はぐんと生臭くなるが、
若いころ、こんなことがあった。
40年近くも前の話である。

友人(男、オーストラリア人)が、ガールフレンド
(女、日本人)を妊娠させてしまった。
(「妊娠させた」という言い方そのものが、
実に日本的だが・・・。)
そのときのこと。
私が「君は男だから、責任を取るべきだ」と言うと、
すかさずその友人は、こう反論した。
「妊娠したのは、女性の責任」と。

オーストラリア人の論理からすると、
「避妊をしなかった女性が悪い」となる。
意識というのはそういうもの。
私たちがもつ常識の上に成り立っている。
常識がちがえば、当然、意識もちがう。

そんな話をすると、義兄はカラカラと
笑いながら、「ここは日本だ!」と言った。
つまり日本人は日本人の考え方をすればよい、と。
そうかもしれない。
そうでないかもしれない。
というのも、今、急速に日本人がもつ常識が
変わりつつある。
それにつれて意識も変わりつつある。
夫婦でも、自分が得た収入は、それぞれのもの
と考える人が、ふえてきた。
共働きの人ほど、そういう意識が強い。
何も離婚に備えてのことではない。
たがいに収入の管理をすることによって、
出入りを厳格にするということらしい。

では親子のばあいはどうか。
昔の人は、「親のものは親のもの」
「子どものものも親のもの」という意識を
もっていた。
昔といっても、現在80歳以上の人たちの
ことを念頭に置けばよい。
だから「子どもが得た財産は、親のもの」と
考える。
私の父がそうだったし、母もそうだった。
私が母に預けていた預貯金を、母が勝手に
使ってしまったことがある。
それに私が抗議をすると、母はこう言った。
「息子のものを親が使って、何が悪い!」と。

何も母を責めているのではない。
当時は、それがこの日本の常識だった。
(若い人たちには、信じられない話かも
しれないが・・・。)

が、今はそんな考え方をする人はいない。
親の財産は親のもの。
子どもの財産は子どものもの。
つまり今は、その「過渡期」ということになる。
やがて日本人も欧米人のように、親子、夫婦の
間でも、財産を分けて考えるようになる。
世界の流れは、そういう方向に動いている。

+++++++++++++++++

●海が先か陸が先か(聖書の話)

 この地球には、海と陸がある。
恐らく・・・というより、地球が誕生したころの太古の昔には、
この地球には海しかなかったはず。
比重の重いもの(=陸)が下に沈み、比重の軽いもの(=海)が上に浮いた。
聖書の「世界の創造(The Creation of the World)」の中にもつぎのように
ある。

And God said,"Let the water under the sky be gathered to one place, and let dry ground 
appear." And it was so. God called the dry land "land", and gathered waters he called 
"seas". And God saw that it was good.

 そして神は言った。「空の下の水をひとつの場所に集め、そして大地よ現れろ」と。
それでそうなった。神は乾いた土地を、「大地」と呼び、そして集めた水を「海」と
呼んだ。そして神はそれでよいとわかった。

 聖書の非科学性はよく話題になる。
しかし実際にはそうでなく、この一節を読んでもわかるように、海の中から大地を
作ったという話を読むと、ドキッとする。
もし地球が物理の公式どおりに誕生したなら、地球全体の地殻の厚さは同じはず。
またその上を覆う海の深さも、同じはず。
が、実際には、地殻の厚さは、大陸部で厚く、海洋部では薄い。
「水を集めた」というのは、要するに地殻の厚さを変えたということになる。

 話はそれたが、この地球では海が先に現れ、そのあと陸が現れた。

●20万年

 海が先でそのあと陸が現れた・・・。
この話を読んで、「どうでもいいことではないか」と思う人もいるかもしれない。
しかし地球のような惑星で、地球のように海と陸地をもっている惑星は、
今のところこの地球をおいてほかにない。

 実際には、ある日巨大隕石が地球に衝突し、その衝撃で地球がえぐられ、
そこに水が集まり、海になったと考えられている。
えぐられた地殻は、現在の「月」になったと考えられている。

 では、火星はどうだったのかということになる。
一説によると20万年の昔には、火星にも大陸と海があったという。
それが現在地球で起こりつつあるような温暖化が進み、火星は意味に見る
火星になったという。
ということは、火星にもかつては、知的生物がいたということになる。

「たった20万年前」という部分に注目してほしい。
太陽系の歴史(約60〜70億年)と比べたら、まばたき程度のほんの一瞬。
太陽系の歴史の30万分の1に過ぎない(60億÷20万年で計算)。

 しかも、だ。
この「20万年」という数字に着目してほしい。
人類、つまり人間の祖先は、その20万年前に誕生している!

●聖書

 話がバラバラになってしまった。
これらの話と、地球温暖化の問題と結びつけるつもりはない。
しかしどうしても、結びついてしまう。
というのも、つい先日も書いたように、あの聖書という書物は、
現在の生き方を書いた書物ではなく、「終末時」における生き方を
書いた書物ではないかと、私は考えるようになった。

 この先地球は、火星化に向けてたいへんな時を迎える。
が、火星化が恐ろしいというのではない。
人間自らの行いの結果であるとするなら、受け入れるしかない。
しかしそこに至る過程の中で、私たちは地獄を経験する。
その地獄がこわい。
そこでは人間は、人間でなくなってしまう。
で、そのとき私たちはどのように生きたらよいのか。
それを示しているのが、聖書ではないか、と。

 もちろん科学書ではないから、それなりの不備はあちこちにある。
理解するのに、時間がかかる。
しかし読めば読むほど、矛盾がない。
ここに書いた、「海が先か、陸が先か」という問題にしても、聖書は「海が先だった」と
書いている。
フ〜〜ンと感心したので、ここにそれを記録として残しておく。

(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司
 BW はやし浩司 聖書 聖書の不思議 海と陸 大洋と大陸)


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Hiroshi Hayashi+++++++Aug. 2010++++++はやし浩司

【父と子(親子断絶の問題)】

●葛藤する父子

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20年ぶりか、何年かぶりに、父と子が再会する。
連絡を受けて子が病院へかけつけると、父は
臨終状態。
枕元には、思い出の品々が並んでいる……。
その中に古ぼけた一冊の本。
その本を開くと、子が子どものころに描いた絵。
それを見て子は涙を流す。
父は目で子を許す。

映画によく出てくるシーンである。
映画『送り人』の中にも、そんなようなシーンがあった。
最近見たDVDの『カイル』の中にも、そんなようなシーンがあった。

父と子、とくに父と息子は、そういう形で断絶しやすい。
私の知り合いにも、30年以上、たがいに会っていない
という父子(父親、84歳、息子50歳前後)がいる。

何かがあったのだろう……というより、その(何か)が、
引き金となってそこでそれまでの(わだかまり)が
一気に爆発する。
そしてそれが「永遠の別れ」になる。

が、たがいに悶々とした気分で、日々を過ごす。
一日とて気が晴れることはない。
それが臨終の場で、同じように爆発的に解消される。

……というのは、映画の中の話。
映画『マジソン郡の橋』の最後も、そのようなシーンで
終わっていた。
が、現実は、もう少し生々しい。

++++++++++++++++++++++

●ある補導で

 ずいぶんと前のことだが、テレビでこんなシーンを見た。
東京のK町といえば、世界に名だたる歓楽街。
その歓楽街で、深夜遅くたむろする少女たち。
ものほしそうな目つきで、通行人をながめている。
 
 そこへレポーターが、突撃取材を試みる。
「年齢は?」「住んでいることは?」「お母さんは?」と。

 それに答えて、まだあどけなさを残している少女たちが、
「中学だヨ」「ウッセーナー」「親なんて関係ネーダロ」と。

 が、レポーターは、何とか1人の少女を説得して、
名前と住所を聞き出す。
ついでに電話番号も聞きだす。

 そこでレポーターはその電話番号に、電話をする。
が、ここで意外な展開となる。
レポーターが家に電話をすると、母親が電話口に出る。
その母親が、こう言う。

「そんな子は、どうなってもいいです。知りません。
私には関係ありません」と。
(詳しい内容は、後述。)

 ここで私がもっていた「親だから……」「子だから……」
という常識が、ひっくり返る。

 そこでレポーターを携帯電話を少女に回す。
少女は、母親と直接話す。
が、話し合い始めたとたん、喧嘩。
最後に母親は、その少女(娘)にこう言う。

「うちへなんか、戻ってくるんじゃ、ないわよ」と。
つまり「あんたとはもう関係ない」と。

●親子であるが故に

 こうした事例を、極端なケースとみるか?
それとも例外的な事例とみるか?
あるいはごくありふれた事例とみるか?
程度の差もあって、統計的な数字で表すことはむずかしい。
しかし親子といっても、基本的には1対1の人間関係。
壊れるときには、壊れる。
が、それだけではない。
親子であるが故に、確執も深く、溝も大きい。

 が、ここで誤解してはいけないことがある。
こうした断絶は、ある日突然、一回の事件で起こるものではない。
そこに至るには、それまでの長い過去がある。
葛藤がある。
根が深い。
それが積もりに積もり、ある臨界点に達したとき、爆発する。
爆発して、断絶する。
だから先の番組の中で、レポーターが電話で説得したくらいで、
氷解するような問題ではない。
それで「万事、めでたし」と終わるというような問題ではない。

●面会

 映画を例にとるなら、ああした映画は、多くは若い制作者によって、
作られたものではないかということ。
つまり「子」の立場で作られたもの。
「親」の立場ではない。
そう考えてよい。

 つまり「子」というのは、「親」というより、「親」という言葉に、
かぎりない幻想とあこがれをもちやすい。
つまりそこに自分の理想像を入れ混ぜてしまう。
そして勝手に、「親は、こうあるべき」という「像」を作ってしまう。

 その結果、20年ぶりに病院で再会したとき、「親は子を許し……、
子は親を許し……」となる。
感動的なシーンだが、先にも書いたように、現実はもう少し生々しい。

 私が親なら、こう思うかもしれない。
「20年も、私を放っておいて、何を今さら……」と。
実際、そういう映画もあった。

 やはり20年ぶりくらいで子(息子)が病院へかけつけてみると、
親(父親)の方が面会を拒絶する。
「会いたくない」と。
子は病室のドアの外で、父の死を見送る。
つまり親といっても、1人の人間。
神様でも仏様でもない。
会いたくないものは、会いたくない。
親だから子どもの過ちを、すべて許すというわけではない。
またそれをしないからといって、親の愛の深さを疑ってはいけない。

●ふつうの人間

 否定的なことを書いた。
理想としては、また映画としては、親子が許し合いながら、
ハッピーエンドで終わるのがよい。
またそのほうが、感動的。

 しかしこの私も60歳を過ぎるころから、考え方が少しずつ変わってきた。
先に書いた私の知り合いの話を知ったときのこと。
父親の年齢は84歳。
息子は50歳くらいと聞いているが、詳しいことは知らない。
ひとり息子。
息子は大学を卒業すると家を飛び出し、以後、一度も家には帰っていない。
母親とはどうかということになるが、よくわからない。
父親の話によれば、母親とも連絡を取っていないようである。
言い忘れたが、母親も今年84歳になり、今は有料の老人ホームにいる。

 その父親は、当然のことながら(?)、息子の話になると
顔をそむける。
ただときどき、「あいつも早く嫁さんを見つけるといい」と言う。
またそれが口癖になっている。
が、その程度。

●幻想と現実

 で、そういう話を知ったとき、私は、こう思った。
「いつかは父子で、許し合うときがくるだろう」と。
しかし今は、ちがう。
「父のほうが、許さないだろうな」と。
最期の最期であればなおさら、もしそこで許してしまえば、
父親は自己否定をすることになってしまう。
「愛」とか「愛の深さ」とか、そんなロマンチックな話ではない。
つまりそれが現実ということ。
もし私がその知り合いなら、私は許さないまま、死ぬ。
面会に来ても、会わない。
それで地獄へ堕ちようとも、息子が作りあげた幻想とあこがれを
容認するよりはよい。

 つまり親だって、ふつうの人間。
だからこそ、許せることと許せないことがある。
息子が、(娘でもよいが)、その一線を越えたとき、「たとえ子でも
許せない」と、なる。
それはまさに自分の人生観をかけた闘いということになる。
もう一言、念を押すなら、こういうことになる。

 先に「親子の確執」という言葉を使った。
が、その確執というのは、何も、子どものほうだけの問題ではないということ。
親の方にも、ある。
親の方の確執が爆発することもある。

●ある姉・弟

 これは親子の話ではない。
姉・弟の話である。

 弟氏は生涯、定職にはつかなかった。
そのため弟氏は歯科医師の妻をしていた姉氏のところへ来ては、生活費を
受け取っていた。
弟氏には、3人の息子と娘がいたが、その学費もすべて姉が負担した。

 それに加えて弟氏は女性にだらしなく、浮気はし放題。
偽物だったがロレックスの腕時計を身につけて、夜の繁華街を遊び歩いた。
で、50歳を過ぎるころから、姉氏は、弟氏と距離を置くようになった。
それまでは言うなりにお金を出していたが、姉氏は躊躇するようになった。
とたん弟氏は、泣き落とし戦術に出るようになった。
しかも回数が減った分だけ、額がふえた。
それまでは20〜50万円という少額だったが、200〜500万円の
高額になった。
ときに1000万円を超えることもあった。

 そのつど弟氏は借用書を用意し、勝手に姉氏のところに置いていった。
まったく意味のない借用書だった。
姉氏もそれをよく知っていた。

 で、その姉氏が、85歳で倒れた。
再発した乳がんが、体中に転移していた。
そのときのこと。
弟氏は、何度か見舞いにきたというが、姉氏は、最期の最期まで、
弟氏には会わなかったという。
そばにいる人たちに、「X男(=弟)だけは、部屋に入れるな」と、
いつも言っていた。
「葬儀にも出てほしくない」とも。

 が、ノー天気な弟氏にはそれがわからない。
葬儀の席にやってきて、みなの前で大泣きをしてみせたという。
私はその話を聞いたとき、こう思った。
「私がYさん(=姉氏)なら、化けて出てやる!」と。

●確執

 「確執」というのは、そういうものかもしれない。
つまりたがいに平等というのではない。
多くのばあい、一方的なもの。
子が親にいだく確執。
しかし親はそれに気づかない。
反対に親が子にいだく確執。
しかし子はそれに気づかない。
気づかないまま、どちらか一方が、ある日突然爆発する。

 何も親子、兄弟にかぎらない。
夫婦の間でも、それはよく起こる。
20〜30年前から「定年離婚」という言葉が、よく聞かれるようになった。
夫が定年で退職したとたん、妻のほうから離婚を申し出る。
このばあいも、夫にとっては寝耳に水……というケースがほとんどという。
妻の方はその何年も前から、離婚の準備に入る。
が、夫のほうは、それに気づかない。
気づかないまま、「私たちはいい夫婦」という幻想にしがみつく。
だから夫は、あわてる。
狼狽する。
「どうして離婚?」と。

 こうしたケースのばあい、たとえば夫(元夫)が臨終を迎えたとしても、
妻(元妻)は、その場にはかけつけないだろう。
いわんやたがいに許し合うなどということは、ありえない。
(アメリカ映画などでは、そういうシーンもよくあるが、日本では
考えられない。)

 「夫婦と親子はちがう」と言う人もいる。
たしかに母子関係、つまり母と子の関係には、特別なものがある。
しかし父子関係は、母子関係とくらべると、ずっと希薄。
「精液、ひとしずくの関係」と言ってもよい。
私がここで問題にしているのは、父子関係。
母子関係ではない。

●なぜか?

 臨終の場で息子との面会を拒絶する父親。
娘との面会でもよい。
しかしそれは息子を許せないからではない。
こういうケースのばあい、父親は自分を許せない。
つまり自分という、「親バカ」を許せない。
たとえば『許して、忘れる』という言葉がある。
しかしそれは自分以外の人に向かって使う言葉。
自分自身については、『許して、忘れる』は、使えない。
だから親はもがく。
苦しむ。
それは心を引き裂くような苦しみといってもよい。
その過程で、親は息子を消し、娘を消す。
とことん、消す。
たとえ息子にせよ、娘にせよ、どこかでのたれ死にしたところで、
何も感じない。
そこまで自分を消さないと、その苦しみから逃れることはできない。

 で、その息子にせよ、娘にせよ、それが臨終の場にやってきて、「お父さん!」と
声をかける。
そのとき父親は、「おお、お前か!」と言うことができるだろうか。

 ここから先は私の想像になる。
なるが、私なら、言えない。
息子にせよ、娘にせよ、「何を今さら……」となる。

 東京のK町でたむろしていた少女と母親の関係を、思い浮かべてみればよい。
その少女の母親は、娘の不幸を、とことん願っていた。
「そんな親がいるのか?」と思う人もいるかもしれない。
しかし現実には、いる。
こんな話を、以前、ワイフから聞いたことがある。

 実の娘に対して、「あんたが不幸になるのを、墓場の中から
見届けてやる!」と。
それを口癖にしている、実の母親がいるという。
親子関係でも、こじれると、親子であるがゆえに、そこまでこじれる。

+++++++++++++++++

原稿をさがしていたら、先のK町で
たむろしていた少女について書いた
原稿が見つかりました。

日付は、2006年の4月になって
いました。
そのまま再掲載します。

+++++++++++++++++

●幻惑からの脱出

++++++++++++++++

親子であるがゆえに生まれる、
強烈な関係。そしてそれが生まれる
束縛感。

これを心理学の世界では、「幻惑」という。
しかし実際には、そうでない親子も多い。

そうでないというのは、親子関係と
いっても、心理学の教科書どおりには
いかないケースも、あるということ。

++++++++++++++++
 
テレビ局のレポーターが、一人の少女に話しかけた。

レポーター「学校は、行っているの?」
少女「行ってない」
レ「いつから?」
少「もう、3か月になるかなア」

レ「中学生でしょう?」
少「一応ね」
レ「お父さんや、お母さんは、心配してないの?」
少「心配してないヨ〜」

 東京の、あるたまり場。まわりでは、それらしき仲間が、じっと二人の会話を聞いてい
る。その少女は、埼玉県のA市から来ているという。家出をして、すでに3か月。居場所
も転々と、かえているらしい。

レ「おうちに電話してみようかしら?」
少「ハハハ、無駄よ」
レ「無駄って?」
少「だって、さア〜」と。

 「家族」には、家族というひとつの、まとまりがある。そのまとまりは、ある種の束縛
をともなう。それを「家族自我群」という。しかしその束縛というか、それから生まれる
束縛感には、相当なものがある。

 たとえば親子という関係で考えてみよう。

 いくら親子関係がこじれたとしても、親子は親子……と、だれしも考える。そのだれし
も考えるところが、「家族自我群」というところになる。

 しかしさらにその関係がこじれてくると、親子は、その幻惑に苦しむようになる。こん
な例がある。

 ある父親には、生活力がなかった。バクチが好きだった。そこでその父親は、生活費が
必要になると、息子の勤める会社まで行って、小遣いをせびった。息子は、東京都内でも、
大企業のエリートサラリーマンだった。父親はそこで、息子が仕事を終えて出てくるのを
待っていた。

 息子は、そういう父親に苦しんだが、しかし父親は父親。そのつど、いくらかの生活費
を渡していた。

 多分、「お父さん、もう、かんべんしてくれよ」、「いや、今度だけだよ。すまん、すまん」
というような会話をしていたのだろうと思う。もちろん、その反対の例もある。

 ある息子(30歳)は、道楽息子で、放蕩(ほうとう)息子。仕事らしい仕事もせず、
遊びまわっていた。いつも女性問題で、両親を困らせていた。

 そういう息子でも、息子は息子。両親は、息子にせびられるまま、小遣いを渡し、新車
まで買い与えていた。

 これらの例からもわかるように、親子であるがゆえに、それが理由で、そのどちらかが
苦しむことがある。「縁を切る」という言葉もあるが、その縁というのは、簡単には切れな
い。もちろん親子関係も、それなりにうまくいっている間は、問題は、ない。むしろ親子
であるため、絆(きずな)も太くなる。が、そうでないときは、そうでない。ときには、
人格否定、自己否定にまで進んでしまう。

 ある地方では、一度、「親捨て」のレッテルを張られると、親戚づきあいはもちろんのこ
と、近所づきあいもしてもらえないという。実際には、郷里にすら帰れなくなるという。

 反対にある男性(現在、50歳くらい)は、いろいろ事情があって、実の母親の葬儀に
出ることができなかった。以後、その男性は、それを理由にして、ことあるごとに、「自分
は人間として、失格者だ」と、苦しんでいる。

 家族自我群から発生する幻惑というのは、それほどまでに強力なものである。

 が、親子の関係も、絶対的なものではない。切れるときには、切れる。行きつくところ
まで行くと、切れる。またそこまで行かないと、親であるにせよ、子どもであるにせよ、
この幻惑から、のがれることはできない。

 冒頭の少女は、何とか、レポーターに説得されて、母親に電話をすることになった。こ
れからは、私が実際、テレビで聞いた会話である。そうでない親子には信じられないよう
な会話かもしれないが、実際には、こういう親子もいる。

少女「やあ、私よ…」
母親「何よ、今ごろ、電話なんか、してきて…」
少「だからさあ、テレビ局の人に言われて…」
母「それがどうしたのよ。あんたなんか、帰ってこなくていいからね」

 その少女の話によれば、父親は、ごくふつうのサラリーマン。家庭も、どこにでもある
ような、ごくふつうのサラリーマン家庭だという。

 そこで少女にかわって、レポーターが電話に出た。

レポーター「いろいろあったとは思うのですが、お嬢さんのこと、心配じゃありませんか?」
母親「自分で勝手に、家を出ていったんですから…」
レ「そうは言ってもですねえ、家出して3か月になるというし…。まだ中学生でしょう?」
母「それがどうかしましたか? あなたには、関係のないことでしょう。どうか、私たち
のことは、ほうっておいてください」と。

 こうした幻惑から逃れる方法は、ただひとつ。相手が親であるにせよ、子どもであるに
せよ、「どうでもなれ」と、最後の最後まで、行きつくことである。もちろんそれまでに、
無数のというか、常人には理解できない葛藤というものがある。その葛藤の結果として、
行きつくところまで、行く。またそうしないと、親子の縁は切れない。

 「もう、親なんて、クソ食らえ。のたれ死んでも知るものか」「娘なんて、クソ食らえ。
どこかで殺人事件に巻きこまれても知るものか」と、そこまで行く。行かないと、この幻
惑から逃れることはできない。

 が、問題は、そこまで行かないで、その幻惑の中で、悶々と苦しんでいる人が多いとい
うこと。たいへん多い。ある女性は、見るに見かねて、自分の母親のめんどうをみている。
母親は、今年、80歳を超えた。

 その女性が、こう言った。

 「近所の人に、あなたは親孝行な方ですねと言われるくらい、つらいことはない。私は、
何も、親孝行をしたくて、しているのではない。ただ見るにみかねて、そうしているだけ。
本当は、あんな母親は、早く死んでしまえばいいと、いつも思っている。だから親孝行だ
なんてほめられると、かえって、みんなに、請求されているみたいで、不愉快」と。

 あなたは、この女性の気持ちが理解できるだろうか。もしできるなら、親子の問題に、
かなり深い理解力のある人と考えてよい。

 もしあなたが今、相手が親であるにせよ、子どもであるにせよ、ここでいう幻惑に苦し
んでいるなら、方法はただひとつ。徹底的に行きつくところまで行く。そしてそのあとは
割り切って、つきあう。それしかない。

 この家族自我群による幻惑には、そういう問題が含まれる。

 で、ここまで話したら、ワイフがこう言った。

 「夫婦の間にも、同じような幻惑があるのではないかしら?」と。つまり夫婦でも、同
じような幻惑に苦しむことがあるのではないか、と。

 いくら夫婦げんかをしても、どこかで相手のことを心配する。もし心配しなければ、そ
そのとき、夫婦関係は終わる。そのまま離婚ということになる、と。

ワイフ「夫婦のばあいは、最終的には、別れることができるからね。でも、親子ではそれ
ができないでしょう。少なくとも、簡単にはできないわ。だから、よけいに、苦しむのね」
と。
私「ぼくも、そう思う。つまりそれくらい、家族自我群による幻惑は、強力なものだよ」
と。

 幻惑……今も、多くの人が、家族という(しがらみ)(重圧感)の中で苦しんでいる。し
かしそれは、どこか東洋的。どこか日本的。

 あなたという親が幻惑に苦しむのは、しかたないとしても、あなたの子どもは、この幻
惑から解放してやらねばならない。具体的には、子どもが、親離れを始める時期には、親
自身が、子どもに親離れができるように、仕向けてあげる。

 こうすることによって、将来、子どもが、その幻惑に苦しむのを防ぐ。まちがっても、
ベタベタの親子関係で、子どもをしばってはいけない。親孝行を子どもに求めたり、それ
を強要してはいけない。いつか子ども自身が自分で考えて、親孝行をするというのであれ
ば、それは子どもの問題。子どもの勝手。

 世界的にみても、日本人ほど、親子の癒着度が高い民族はそうはいない。それがよい面
に作用することもあるが、そうでないことも多い。それが本来あるべき、(人間)の姿かと
いうと、そうではないのではないか。議論もあるだろうと思うが、ここで、一度、家族自
我群というものがどういうものか、考えてみることは、決して無駄なことではないように
思う。

 先の少女について、ワイフはこう言った。「実の娘でも、そこまで言い切る母親がいるの
ね。何があったのかしら?」と。

【付記】

 心理学の世界でも、「幻惑」という言葉を使う。家族という、強力な束縛感から生まれる、
重圧感をいう。

 この重圧感は、ここにも書いたが、それで苦しんでいる人にとっては、相当なものであ
る。

 ある女性(35歳)は、その夜、たまたま事情があって、家に帰っていた。その間に、
父親が、息を引き取ってしまった。「その夜だけ、5歳になる娘のことが心配で、家に帰っ
たのですが……」と。

 そのことを、義理の父親が、はげしく責めた。「父親の死に目にも立ち会えなかったお前
は、人間として、失格者だ」「娘なら、寝ずの看病をするのが、当然だ」と。

 以来、その女性は、ずっと、そのことで悩んでいる。苦しんでいる。そう言われたこと
で、心に大きなキズを負った。

しかし、だ。その義理の父親氏は、そういう言い方をしながら、「自分のときは、そうい
うことをするな」と言いたかったのだ。家族自我群をうまく利用して、子どもをしばり
つける人が、よく用いる話法である。自分の保身のために、である。だから私は、その
女性にこう言った。

 「そんな老人の言うことなど、気にしないこと。私があなたの父親なら、こう言います
よ。『また、あの世で会おうね。ゆっくり、おいで』と」と。

 この自我群は、親・絶対教の基本意識にもなっている。つまり、カルト。それだけに、
扱い方がむずかしい。ひとつまちがえると、こちらのほうが、はじき飛ばされてしまう。
だから、適当に、妥協するところはして、そういう人たちとつきあうしかない。そういう
人たちに抵抗しても、意味はないし、この問題は、もともと、あなたや私の手に負えるよ
うな問題ではない。

 ただつぎの世代の人たちは、この家族自我群でしばってはいけない。少なくとも、子ど
もが、いつか、自我群で苦しむような下地を、つくってはいけない。

 いつか、あなたの子どもが巣立つとき、あなたは、こう言う。

 「たった一度しかない人生だから、思う存分、この広い世界を、はばたいてみなさい。
親孝行? くだらないことは考えなくていいから、前だけを見て、まっすぐ、進みなさい。
家の心配? バカなことは考えなくていいから、お前たちは、お前たちの人生を生きてい
きなさい」と。

 こうして子どもの背中をたたいてあげてこそ、親は、親としての義務を果たしたことに
なる。

 親としては、どこかさみしいかもしれないが、そのさみしさにじっと耐えるのが、親の
愛というものではないだろうか。

【付記2】

 家族自我群から生まれる幻惑を、うまく使って、親としての保身をはかる人は多い。こ
のタイプの親は、独特の言い方をする。

 わざと息子や娘の聞こえるようなところで、ほかの親孝行の息子や娘を、ほめるのも、
それ。「Aさんとこの息子は、偉いものだ。親に、今度、離れを新築してやったそうな」と
か。

 さらにそれがすすむと、親の恩を着せる。「産んでやった」「育ててやった」「大学まで、
出してやった」と。「だから、ちゃんと、恩をかえせ」と。あるいは生活や子育てで苦労し
ている姿を、「親のうしろ姿」というが、わざと、それを子どもに見せつける親もいる。

 が、それだけではない。最近、聞いた話に、こんなのがあった。

 一人の娘(50歳くらい)に、その母親(75歳くらい)が、こう言ったという。「○夫
(その母親の長男)に、バチが当たらなければいいがね」と。

 その長男は、最近、盆や暮れに、帰ってこなくなった。それをその母親は、「バチが当た
らなければいい」と。つまりそういういい方をして、息子を、責めた。

息子にバチが当たりそうだったら、だまってそれを回避してやるのが親ではないのか…
…というようなことを言っても、ヤボなこと。もっとストレートに、息子に向って、「(私
という)親の悪口を言うヤツは、地獄へ落ちるぞ」と、脅した母親もいる。

 中には、さらに、実の娘に、こう言った母親ですら、いた。この話は、ホントだぞ!

 「(私という)親をそまつにしやがって。私が死んだら、墓場で、あんたが、不幸になる
のを楽しみに見ていてやる!」と。

 もちろん大半の親子は、心豊かな親子関係を築いている。ここに書いたような親子は、
例外とまではいかないが、少数派にすぎない。が、そういう親子がいると知るだけでも、
他山の石となる。あなた自身が、よりよい親子関係を築くことができる。

 それにしても、世の中には、いろいろな親がいる。ホント!

【付記3】

 毎日、たくさんの方から、メールや相談をもらう。そしてその中には、子育てというよ
り、家族の問題についてのも、多い。

 そういう人たちのメールを読んでいると、「家族って、何だ?」と考えてしまうこともあ
る。「家族」という関係が、かえってその人を苦しめることだって、ある。

 東京都のM区に住んでいるH氏(50歳くらい)は、こう書いてきた。

 「父親の葬式が終わったときは、心底、ほっとしました。もう葬式は、こりごりです。
息子がいますが、息子には、そんな思いをさせたくありません」と。

 H氏は、葬式を問題にしていた。しかし本音は、「父親が死んでくれて、ほっとした」と
いうことか。何があったのかは、わからない。しかしそういうケースもある。

 私たちは、子であると同時に、親である。その親という立場に、決して甘えてはいけな
い。親は親として、自分の生きザマを確立していかねばならない。つまり親であるという
ことは、それくらい、きびしいことである。それを忘れてはいけない。

(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 
BW はやし浩司 家庭内問題 親子の葛藤 確執 親子の確執 断絶 断絶問題 父と
子 父子問題 はやし浩司 自我群 幻惑)


Hiroshi Hayashi+++++++Aug. 2010++++++はやし浩司

●子どもや孫とのつきあい

+++++++++++++++++

孫と同居したがる日本人。

が、それは決して、世界の常識ではない。

+++++++++++++++++

 老後になったら、子どもや孫と、どのようにつきあえばよいのか?

 内閣府が、平成12年に調査した、「高齢化問題基礎調査」によれば、子どもや孫とのつ
きあいについて、日本人は、つぎのように考えていることがわかった。

(1)子どもや孫とは、いつもいっしょに、生活ができるほうがよい。

      日本人   …… 43・5%
      アメリカ人 ……  8・7%
      スウェーデン人…… 5・0%

(2)子どもや孫とは、ときどき会って、食事や会話をするのがよい。

日本人   …… 41・8%
      アメリカ人 …… 66・2%
      スウェーデン人……64・6%

 日本人は、欧米人よりも、はるかに「子どもや孫との同居を望んでいる」。それがこの調
査結果からもわかる。一方、欧米人は、老後は老後として、(1)子どもたちの世話にはな
らず、(2)かつ自分たちの生活は生活として、楽しみたいと考えている。

 こんなところにも、日本人の依存性の問題が隠されている。長い歴史の中で、そうなっ
たとも考えられる。

 「老後は、子どもや孫に囲まれて、安楽に暮らしたい」と。

 そうそう、こんな話もある。

 このところ、その女性(48歳)の母親(79歳)の足が、急に弱くなったという。先
日も、実家へ帰って、母親といっしょに、レストランへ行ったのだが、そこでも、その母
親は、みなに抱きかかえられるようにして歩いたという。

 「10メートル足らずの距離を歩くのに、数分もかかったような感じでした」と。

 しかし、である。その娘の女性が、あることで、急用があって、実家に帰ることになっ
た。母親に連絡してから行こうと思ったが、あいにくと、連絡をとる間もなかった。

 で、電車で、駅をおりて、ビックリ!

 何とその母親が、母親の友人2人と、駅の構内をスタスタと歩いていたというのだ! 
「まるで別人かと思うような歩き方でした」と。

 が、驚いたのは、母親のほうだったかもしれない。娘のその女性がそこにいると知ると、
「しまった!」というような顔をして、突然、また、弱々しい歩き方で歩き始めたという。

 その母親は、娘のその女性の同情をかうために、その女性の前では、わざと、病弱で、
あわれな母親を演じていたというわけである。

 こういう例は、多い。本当に、多い。依存性の強い人ほど、そうで、同情をかうために、
半ば無意識のうちにも、そうする。

 しかし、みながみなではない。

 反対に、子どもの前では、虚勢を張る親も、いる。「子どもには心配をかけたくない」と
いう思いから、そうする。

 どこでそう、そうなるのか? どこでどう、そう分かれるのか?

 私などは、いくら疲れていても、ワイフや息子たちの前では、虚勢を張ってみせるほう
だから、反対に、同情をかう親の心が、理解できない。気持ちはわかるが、しかしそれで
よいとは思わない。

 ひょっとしたら、この問題も、冒頭にあげた調査結果で、説明できるのではないか。少
し脱線したような感じだが、それほど大筋から離れていないようにも、思う。


Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司

●コンフリクト(葛藤)

+++++++++++++++

人はいつも、心の中で葛藤(コンフリクト)を
繰りかえしながら、生きている。

+++++++++++++++

 二つのことがらから、一つの選択を迫られたようなとき、心の中では、葛藤(コンフリ
クト)が起きる。これがストレスの原因(ストレッサー)になる。

 コンフリクトには、(1)接近型、(2)回避型、(3)接近・回避型の3つがあるとされ
る。

 たとえば、旅行クーポン券が、手に入った。一枚は、3泊4日のグアム旅行。もう一枚
は、2泊3日のカナダ旅行。どちらも行きたい。しかし日が重なってしまった。どうした
らいいか。

 このばあい、グアム旅行も、カナダ旅行も、その人にとっては、正の方向から、ひきつ
けていることになる。そのため、葛藤(コンフリクト)する。これを(1)の接近型とい
う。

 反対に、借金がたまってしまった。取立て屋に追われている。取立て屋に追われるのも
いやだが、さりとて、自己破産の宣告もしたくない。どうしたらいいか。

 このばあいは、取り立て屋の恐怖も、自己破産も、その人にとっては、負の方向から、
ひきつける。そのため、葛藤(コンフリクト)する。これを(2)の逃避型という。

 また、グアム旅行のクーポン券が手に入ったが、このところ、体の調子がよくない。行
けば、さらに体の調子が悪くなるかもしれない。どうしたらいいのか……と悩むのが、(3)
の接近・回避型ということになる。「ステーキは食べたい」「しかし食べると、コレステロ
ール値があがってしまう」と悩むのも、接近・回避型ということになる。

 正の方からと、負の方からの、両方から、その人を、ひきつける。そのため、葛藤(コ
ンフリクト)する。

 ……というような話は、心理学の本にも書いてある。

 では、実際には、どうか?

 たとえば私は、最近、こんな経験をした。

 ある人から、本の代筆を頼まれた。その人は、「私の人生論をまとめたい」と言った。知
らない人ではなかったので、最初は、安易な気持ちで、それを引き受けた。

 が、実際、書き始めると、たいへんな苦痛に、襲われた。代筆といっても、どうしても、
そこに私の思想が、混入してしまう。文体も、私のものである。私はその人の原稿をまと
めながら、何かしら、娼婦になったような気分になった。

 お金のために体を売る、あの娼婦である。

 そのとき、私は、(3)の接近・逃避型のコンフリクトを経験したことになる。お金はほ
しい。しかし魂は、売りたくない、と。が、実際には、コンフリクトと言うような、たや
すいものではなかった。心がバラバラになるような恐怖感に近かった。心というより、頭
の中が、バラバラになるような感じがした。

 あたかも自分の中に、別々の2人の人間がいて、けんかしあうような状態である。

 それはたいへんなストレスで、結局、その仕事は、途中でやめてしまった。つまりここ
でいうコンフリクト(葛藤)というのは、そういうものをいう。

 ほかにも、いろいろある。

 たとえば講演などをしていると、私の話など聞かないで、ペチャペチャと、おしゃべり
している人がいる。

 本人たちは、私がそれに気づかないと思っているかもしれないが、講師からは、それが
実によくわかる。本当に、よくわかる。

 そういうとき、「そのまま話しつづければいい」という思いと、「気になってしかたない」
という思いが、頭の中で、衝突する。とたん、ものすごく神経をつかうようになる。実際、
そういう講演会が終わると、そうでないときよりも、何倍も強く、どっと疲れが、襲って
くる。

 自分でもそれがよくわかっているから、ますます、気になる。

 そこで、私のばあい、そういうふうにペチャペチャとおしゃべりする人がいたら、その
場で、やさしく、ニンマリと、注意することにしている。「すみませんが、おしゃべりをひ
かえてくださいね」と。

 そうすることで、講演会のあとの疲労感を軽減するようにしている。これはあくまでも、
余談だが……。

【補記】

 ストレスの原因(ストレッサー)を感じたら、あまりがまんしないで、ありのままを、
すなおに言ったらよい。そのほうが、自分のためにもなるし、相手のためにもなる。

 ここに書いたように、最近は、公演中にペチャペチャと話している人を見たら、私は、
できるだけ早く、注意するようにしている。本当は、「さっさと、出て行け!」と叫びたい
が、そこまでは言わない。

 で、おもしろいと思うのは、もともと私の話など、聞いていないから、数度、注意して
も、知らぬ顔をして、ペチャペチャと話しつづけている。そこで私も、その人たちが気が
つくまで、数度、あるいは何度も、注意する。が、それでも気がつかない。

 すると、まわりの人たちが、そのおしゃべりをしている人のほうを、にらむ。おしゃべ
りしている人は、どうして自分たちがにらまれているかわからないといった表情を見せる。

 このとき私は、改めて、言う。「すみませんが、少し、静かにしていてくださいね」と。

 しかし、本音を一言。だれかの講演に行って、私語をつづけるようなら、外に出たらよ
い。迷惑といえば、迷惑。失礼といえば、失礼。これは講演を聞きに来た人の、最低限、
守るべき、マナーのように思う。

 もっとも、私の講演のように、つまらない講演なら、しかたないが……。

(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 
BW はやし浩司 コンフリクト 葛藤 葛藤の中身 親子の葛藤 夫婦の葛藤)


Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司

●息子や娘の結婚

++++++++++++++++

息子や娘の結婚、さらには結婚式に
ついて、どのように考えたら、よいのか。

自分の息子たちのこともあり、このところ、
それについて、よく考える。

++++++++++++++++

 息子や、娘の結婚について。結婚というより、その結婚相手について。最初、息子や娘
に、その相手を紹介されたとき、親は、何というか、絶壁に立たされたかのような、孤立
感を覚える。

 これは、私だけの感覚か。

 最初に聞きたいのは、通俗的な言い方だが、どんな家庭環境に生まれ育ったかというこ
と。……ではないか?

 「まとも」という言い方は、あまり好きではないが、こと、結婚ということになると、
保守的になる。「まともな家庭環境」という言葉が、自然な形で、口から出てくる。

 もちろん結婚というのは、当人たちの問題だし、その段階で、あれこれ口を出しても、
意味がない。

 そこで、あえて聞かない。聞いたところで、どうにかなる問題ではないし、かえって取
り越し苦労をすることにもなりかえない。当人たちが、幸福になれば、それでよい。

 で、親は、そういうとき、(1)相手の家族構成、(2)相手の親たちの仕事、(3)生ま
れ育った環境が、気になる。どんな教育を受けたかということで、(4)学歴も気になる。
が、何よりも気になるのは、(5)その相手の性格、である。

 おだやかで、やさしい性格ならよい。情緒や、精神的に安定していれば、なおさら、よ
い。すなおな心であれば、さらによい。

 ……と、相手ばかりに求めてはいけない。それはよくわかっているが、どうしても、そ
れを求めてしまう。

 ただ、これは私の実感だが、女性も、25歳をすぎると、急に、いろいろなクセが身に
つくものか? 18〜25歳までは、画用紙にたとえるなら、白紙。しかし25歳をすぎ
ると、いろいろな模様が、そこに現れるようになる。

 つまり計算高くなったり、攻略的になったりする。だからというわけではないが、どう
せ結婚するなら、それまでの時期に、電撃的な衝撃をたがいに受けて、結婚するのがよい。
映画『タイタニック』の中の、ジャックとローズのように、である。


●結婚式(PART2)

 数日前、結婚式について、エッセーを書いた。それについて、何人かの人たちから、コ
メントが届いている。

 「おかしい」「考えさせられた」と。1人、結婚式場で働いていたことがあるという女性
からは、こんなものも……。

 「結婚式場って、儲かるのですよ。何でも、追加料金で、すみますから」と。

 で、昨日、オーストラリアの友人の長男が、その結婚式をした。日本円で、総額、40
万円程度とのこと。それでも、豪華なほうだという。

 二男も、数年前、アメリカで結婚式をしたが、総額で、30万円程度。貸衣装などに、
10万円。教会(チャペル)と牧師さんへの費用が、10万円。そのあとの飲み食いパー
ティに、10万円程度。計、総額で、30万円弱。

 もう一度、数日前に書いた原稿を、ここに載せておく。

++++++++++++++++++

●結婚式に、350万円プラス150万円!

 知人の息子が結婚式をあげた。浜松市内の、あるホテルであげた。費用は、350万円
プラス150万円!

 これでも安いほうだそうだ。

 知人いわく、「最初、350万円と聞いていたので、その範囲ですむかと思ったていたら、
それは基本料金。テーブルクロス一つにしても、ピンからキリまであり、値段も、みな、
ちがっていた。追加料金で、150万円も取られた」と。「あんなのサギだ」とも。

 日本のみなさん、こんなバカげた風習は、もうやめよう! みんなで、1、2の3でや
めれば、それですむ。

 あんな結婚式に、どれほどの意味があるというのか。意味だけでは、ない。まったくの
ムダづかい! 新郎新婦のほうは、祝儀でその費用をまかなえると思っているかもしれな
いが、世間に甘えるのも、ほどほどにしたらよい。

 大切なのは、2人だ。中身だ。

 ……というのは、少し過激な意見かもしれない。しかしもう少し、おとなになれば、こ
うした結婚式が、いかにつまらないものか、わかるはず。聖書すら読んだこともない2人
が、にわかクリスチャンになりすまし、張りぼての教会で、ニセの祭儀をあげる。もちろ
ん牧師もニセモノ。

 (オーストラリアでは、ニセ牧師を演じて、お金を取ると、逮捕されるそうだ。)

 ワイフは、こう言った。「狭くても、みすぼらしくても、自分の家で、質素に、本当に岩
ってくれる人だけが集まって、結婚式をすればいい」と。

 私もそう思う。日本人独特の、「家」意識。それに見栄、メンツ、世間体が融合して、今
に見る、日本歌型結婚式の「形」ができた。もし、それでもハデな結婚式をしたいという
のなら、自分たちで稼いで、自分たちですればよい。

 どこまで親のスネをかじったら、気がすむのだ!

 知人の息子の結婚式の話をしながら、さらにワイフは、こう言った。「今では、祝儀も、
3万円から5万円。夫婦で出席すれば、その倍よ。みんな、そんなお金、出せないわよ」
と。

 ……と、書いたが、これはあくまでも、参考意見。かく言いながらも、私は、今まで、
数え切れないほどの結婚式に、出席してきた。それに私の息子たちはともかくも、相手の
女性の両親が、「そういう結婚式をしたい」と言えば、それに従わざるをえない。へんにが
んばっても、角が立つ。

 妥協するところは妥協しながら、あまり深く考えないで、ナーナーですますのも、処世
術の一つかもしれない。ハハハ。(ここは、笑ってごまかす。)

++++++++++++++++

【追記】

 結婚式場では、「○○家」「△△家」と、書くならわしになっている。私は、あれを見る
たびに、「結婚式って、何だろう?」と考えてしまう。

 昔の武家なら、それなりの意味もあるのだろう。そこらの町民や農民が、武家のマネを
して、どうなる? どうする? こんな伝統や文化、本当に、それが日本人の伝統や文化
なのだろうか。守らなければならないような、伝統や文化なのだろうか。

 アメリカ人の友人に、こう聞いたことがある。「どうして、アメリカには、日本のような、
結婚式のような結婚式がないのか?」と。アメリカでは、結婚する2人が、自分たちで、
ほとんどを準備する。

 すると、その女性(30歳)は、こう言った。

 「カルフォニア州の大都市なんかへ行くと、そういうビジネスもあるようだけど、アメ
リカには、定着しないでしょうね」と。

 そして結婚式と言えば、お決まりの、ヨイショ。ただ騒々しいだけの、ヨイショ。新郎、
新婦の友人たちが集まって、ギャーギャーと、騒ぐだけ。安物のバラエティ番組風。「祝う」
という意味が、ちがうのではないのか?

 いろいろ考えさせられる。

 ちなみに、私たち夫婦は、その結婚式をしていない。貯金が、当時、10万円しかなか
った。それでワイフに、「結婚式をしたいか。それとも、このお金で、香港へ行きたいか」
と聞いたら、「香港へ行きたい」と。それで、おしまい。

 毎月、収入の半分を、実家へ仕送りしている身分だった。どうして、親のスネをかじる
ことなど、できただろうか。
 
(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 
BW はやし浩司 結婚式 結婚式について)


【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

休みます。

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子育て最前線の育児論byはやし浩司   10年 9月 20日
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うれしかった。

モデルには、いつも孫の誠司を使っている。
この写真は、満6歳のときのもの。
現在は満8歳になった。

中日ショッパーのみなさんへ、
いつもありがとうございます。
こうした応援がなかったら、私の教室はとっくの
昔につぶれていたはずです。
ありがとうございます。

及ばずながら、つぎの更新から、中日ショッパーの
広告を私のメイン・HPに載せさせていただきます。

+++++++++++++++++++++

<a href="http://www.flickr.com/photos/86343436@N00/4927257007/" title="img086 by 
bwhayashibw, on Flickr"><img 
src="http://farm5.static.flickr.com/4074/4927257007_30802634fb.jpg" width="412" 
height="500" alt="img086" /></a>

(中日ショッパー紙・2010年8月26日、マンスリー・ショッパー)


【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

●あと3日の命(徘徊記・2010年8月)

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もしあと3日の命と宣言されたら、
私はいったい、何をどう書くだろうか。
命をもてあそぶようなテーマで、
あまり気が進まない。
それに暗い。
が、もしそう宣言
されたら何をどう書くだろうか。
それをテーマに、少し考えてみたい。
というのも、このところ私はどうでもよい
ことばかり書いている。
意味のない駄文ばかり。
自分の文章に緊張感をもたせるため、
一度、それについて考えてみたい。

++++++++++++++++++

●書く相手

 「あと3日の命」と宣言されたら、ものを書きたいという意欲も消えうせる
かもしれない。
絶望という暗闇の中で、ただ呆然と立ちすくむだけ。
「考え」そのものを、まとめることができない。
あるいは何も考えられなくなるかもしれない。
ただ書くとしたら、遺書めいたものか。
墜落していく飛行機の中で、家族にメモを残した人がいる。
相当な気力がないと、そんなことはできない。
私ならワーワー、ギャーギャーと叫んで、それで終わっていたかもしれない。
それに今の私には、その書く相手もいない。
書くとしたら、相手はワイフだけ。

●墓石論

 私は「書く」ということは、「墓石を残すようなもの」と、いつもそう考えている。
書くことによって、「私」を残す。
「私」という人間が、この世に生きたという「証(あかし)」を残す。
あとに残された人たちに、私が得た知恵や知識を伝える。
さみしく思う人がいたら、その人をなぐさめる。
そのために、私は書く。

 だから書くとしたら、最後の3日間をどう生きたかを書くだろう。
自信はないが、しかしひょっとしたらその3日間、書いて書いて書きまくるかもしれない。
書くことによって、死の恐怖から逃れる。
「書くこと」には、そういう力もある。

●ありのままを……

 が、何を書くか。
ここで重要なことは、ありのままを書くということ。
子どもたちの作文指導をするとき、私はよくそう教える。
「そのまま書け!」と。

 たとえば1人の子どもが、「書くことがない」と言ったとする。
そういうとき私は、こう言う。
「だったら、そう書け」と。
「『何も書くことがありません。考えても何も思いつきません』と」と。
ものを書くとき、すべてはそこから始まる。
「何も書くことがありません」と書いていると、つぎの文章が思い浮かんでくる。
だったらつぎには、それを書けばよい。

●真実

 今もそうだ。
「あと3日の命」と宣告されたら、私はそのとき感じたことを、そのまま書く。
書きたいという気力そのものがなかったら、「気力がわいてこない」と書く。
絶望感に襲われたら、「絶望感に襲われている」と書く。
3日しかないから、何かを残そうと思うと、何も書けなくなる。
文章を書くとき、何が恐ろしいかといって、気負いほど恐ろしいものはない。
気負えば気負うほど、文章が汚くなる。
自分を飾る。
そういう文章は、あとで読み返しても、後味が悪い。

 反対に、どんなにへたくそな文章でも、それがそのときの「真実」であれば、
それでよい。
あとあと光り輝く。
つまり文章というのは、じょうず・へたで決まらない。
真実かどうかで、決まる。

●山荘

 「あと3日の命」と宣告されたら、真実を書く。
ウソを書いて、文章を飾っても意味はない。
それこそ、その3日間を無駄に過ごすことになる。
ありのままの「私」をぶちまける。
悲しいこと、つらいこと、さみしいこと、何でもよい。
それをそのまま、書く。

 たとえば今だったら、……実は今、私は山荘に、ひとりで来ている。
車の運転ができないから、バスでやってきた。
一度、市の中心部までバスで出て、そこで山荘行きのバスに乗り換える。
市の中心部からは、バスでちょうど1時間の距離である。

 バスを降りたら、今度は山の坂道を登る。
車だったら、3〜4分の距離である。
が、歩くと、20分はかかる。
その坂道を汗だくだくになって登る。
今日も気温は、35度を超えた。

●徘徊癖

 ときどき私はこうした行動を繰り返す。
老人の徘徊のようなもの。
というより、徘徊癖がすでに始まっているのかもしれない。
何かつらいこと、さみしいことがあると、私はあまり深く考えないで、家を出る。
ワイフもそれをよく知っている。
私をさがしたりはしない。
追いかけてくるということも、ない。

 家を出るとき、ワイフは気分が悪いと言って、床に伏せていた。
20分ほど、私もいっしょに横で寝たが、居心地が悪かった。
ワイフは一度「殻(から)」にこもると、異常なまでにがんこになる。
融通性を失い、冗談が通じなくなる。
それで私は起きて、山荘に向かった。

●山荘で

 市の中心部では時計を見ながら、買い物をすませた。
デパートの地下で、食べ物を調達した。
で、予定通り、山荘へ。
着くとそのまま扇風機をかけて、横になった。

 1時間、2時間……。
2時間は眠ったかもしれない。
あたりを見ると、すでに夕暮れ時になっていた。
遠くでツクツクホウシが鳴いているのが聞こえた。
それにセミの声?
私の耳鳴り?

 起きてしばらくぼんやりしていた。
血圧が低いこともあって、頭が働きだすまでに時間がかかる。
それまではゾンビ!

●あと3日の命

 そこで最初の話。
「あと3日の命と宣告されたら、どうするか」。
……というのも、こういうときというのは、楽しい話は浮かんでこない。
気分そのものが落ち込んでいる。
「死ねば楽になるかもしれない」という思いも、どこかにある。
それが「3日の命」という言葉につながった。
もともとこのテーマは、うつ病的。
健康な人なら、こんなことは考えない。
しかしこのところ、何かにつけ、暗い話がつづく。
あるいは何を考えても、悪いほうへ、悪いほうへと話をつなげてしまう。
その結果、生きているのが、めんどう臭くなってしまう。

●懺悔(ざんげ)

 が、それでも書くとしたら、私の過去ということになる。
告白でもよい。
文章を通して、世界中の人たちに懺悔(ざんげ)する。
で、その中で第一の懺悔と言えば……。

 私はいつも自分を偽って生きてきた。
たいした善人でもないくせに、善人ぶって生きてきた。
仮面をかぶって生きてきた。
ワイフに対してもそうだったし、息子たちに対してもそうだった。
もちろん世間に対しても、そうだった。

 あちらに妥協し、こちらに妥協し、自分を曲げてばかりいた。
他人に自分がどんな印象を与えるか、そんなことばかりを気にしてきた。
「私は私だ!」といくら叫んでも、その声は10メートル先までは届かない。
自分だけの小さな世界で生きてきた。

 もっと何かができるはずという幻想にしがみついて、結局は何もできなかった。
もっと何かができたはずという、悔恨の念ばかり。
そのつど最善の道を歩んできたはずなのに、その実感がない。
つまり「最善だった」という自信がもてない。

●同情?

 たとえば現在、あのK国のS州というところが、大洪水に見舞われている。
中国との国境を流れるK川の流域である。
報道によれば、K国側の堤防は貧弱で、それで被害を大きくしたという。
また聞くところによると、K国では、セメントの3分の1程度が、金xxの
要塞作りのために使用されているという。
それでは強固な堤防など、望むべくもない。

 そういうニュースを読んだりすると、私の中を2つの考えが横切る。
「それミロ!」という思い。
「ああいう独裁国家で家を失った人はかわいそうだ」という思い。
が、ものを書くときは、前者のようには書けない。
後者だけをふくらませて、書く。
しかし本音の本音を言えば、「ザマーミロ」とまでは思わないが、それに近い。
同情したくても、その同情心がわいてこない。
拉致問題、核問題、ミサイル問題などなど。
この10年間だけでも、日本はK国にさんざん、だまされ、脅されつづけてきた。
それを乗り越えて、「同情します」「みんなで助けてやろう」とは、なかなか書けない。
もしそう書くとしたら、自分を偽ることになる。
だから黙る。
黙って、自分を偽る。
つまりそういう(偽り)を、私はいつもどこかでしてきた。

●ワイフに電話

(この間、10分ほど、休憩。)

 たった今、ワイフに電話をした。
「こちらは涼しいよ」と伝えると、「そちらへ行く」と。
少しは心配してくれていたらしい。
つまりは、それが私の「希望」ということになる。
仮に私がここで死んでも、心配してくれる人はほかにいない。
ミイラになっても、心配してくれる人はほかにいない。
自殺でもすれば、みな、「そらミロ!」と言うかもしれない。
「物書きにまともな者は、いない」と。
そう、まともな者は、いない。
頭でっかちばかりで、実行力はゼロ。
映画評論にしても、評論するだけで、自分では一本も映画を作ることができない。
 
 そんな思いだけが、どんどんと心を塞ぐ。

●残り3日間
 
 ……となると、「あと3日の命」と宣告されたら、私に残された道はただひとつ。
ワイフと静かなときを過ごす。
だれにもじゃまされず、だれにも会わず、だれとも連絡を取らず、ワイフとだけ、
静かなときを過ごす。
(ワイフはいやがるかもしれないが……。)

 もちろんワイフにも謝りたいことがある。

 私のワイフは、私と不本意な結婚をしてしまった。
私が強引に結婚してしまった。
だから深層心理の奥深くでは、私を恨んでいる。
嫌っている。
憎んでいる。
「この男は、私の人生を台無しにした」と、考えている。
それが私には、よくわかる。
ワイフはいつもそれを否定するが、私には、よくわかる。
 
 それがときどき顔を出して、私と衝突する。
今朝の状態がそうだった。
顔にタオルを当てたまま、口もきかなかった。

●いよいよ最期

 そうして3日目の朝になる。
夜でもよい。
「何を書くか」と聞かれれば、やはり別れの言葉か。
そのときまだ電子マガジン(BLOG)を発行していたら、あいさつを書く。
文面はまだ決めていないが、たぶん、「ありがとう。さよなら」と書くだろう。

 あとのことは、あとの人たちに任せればよい。
10年たって、私の書いた文章のうち、10%も残っていればうれしい。
墓石だって、10年もすれば苔が生える。
100年もすれば、ボロボロになって形さえ残らない。
私の文章も、また同じ。
またそれでよい。

 ……とまあ、本当に暗い話になってしまった。
暗い!
が、これではここまで読んでくれた人に申し訳ない。
気分一新!
少し視点を変えてみる。

●ひとつのアイデア

 現在、たとえばマガジンの発行をするとき、「予約」というのができる。
たとえば8月25日に、1か月先の9月25日のマガジンの発行予約ができる。
長いところで、1か月半程度。
つまり1か月半先までしか、発行予約ができない。
この期間を、1年とか2年、あるいは3年と延ばせないものか。
サービス会社にしてみれば大きな負担になるだろうから、有料でもよい。

 こうすれば、「インターネット墓地」というのも、可能になる。
これはあくまでも私の考えだが、あらかじめ、1年後、2年後、3年後の未来に
向けて文章を書いて残しておく。
それを発行予約という形で、残しておく。
形としては、ホームページ風でよい。
遺族の人たちは、命日になったら、それを開いて読む。

 こういう私の考えに対して、「それでは霊を供養することにはならない」と思う人も
いるかもしれない。
ならば逆に聞きたい。
「どうして遺骨なら、供養になるのか」と。

●脳のコピー

 いつかやがてその人の人格(脳みそ全体)がコピーされ、小さな記憶装置に収納される
時代がやってくる。
その記憶装置が、どこか一か所に、その人の「全記録」として格納される時代が
やってくる。
2050年ごろには、そのプロトタイプが生まれる。
2100年ごろには、ごくありふれた装置として、使われるようになる。
そういう時代を見越して、インターネット墓地を今から用意する。
うまくいけば、私の書いたものすべてが「はやし浩司の記録」として、どこかに残る
かもしれない。

 さらに……。

 私の書いたものをひとつの人工頭脳にインストールすれば、その人工頭脳と未来の
人たちが会話できるようになるだろう。

人「あなたはだれですか?」
コ「ワタシハ、ハヤシ浩司です」
人「あなたの人生観を語ってください」
コ「イイデショー……」と。

 人は死んだら、なぜ墓石を残すか?
それは残された人たちを、さみしくさせないため。
自分が生きてきた証(あかし)を残すため。
自分が得た知識や経験を、後世の人たちに伝えるため。
というふうに考えれば、私のアイデアは、たいへん有効ということになる。

●終わりに……

 先ほど、ワイフが車で迎えに来てくれた。
たった一言、「どうして携帯電話をもってこなかったの?」と。
それに答えて、私も一言。
「忘れた、ごめん!」と。

 本当は忘れたのではなく、だれにもじゃまされたくなかった。
徘徊というのは、そういうもの。
家出というのは、そういうもの。

 帰りにコンビニで、「プレイボーイ」という週刊誌を買う。
「日本の上空には、UFOがうようよ」という記事が気になった。
日本の上空には、UFOがいっぱい飛んでいるという内容。
それにアイスクリームとパソコン雑誌を一冊。
あとはいつもの日常。
たわいもない世間話をしながら、家に帰った。
口数は、いつもより少なかったが……。

(一言)

 私は徘徊(家出)するとき、いつもパソコンだけは忘れない。
パソコンさえあれば、ものを書いて、さみしさを癒すことができる。
退屈をしのぐことができる。
これもパソコンのひとつの使い方ではないか。


Hiroshi Hayashi+++++++Aug. 2010++++++はやし浩司

【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

●もう一人の私

+++++++++++++++

心の状態と表情の一致している
人を、すなおな人という。
そうでない人を、そうでないという。

+++++++++++++++

 情意(心)と、表情が遊離してくると、人間性そのものが、バラバラになる。

わかりやすく言うと、本心と外ヅラを使い分け、表ヅラばかりとりつくろっていると、
本当の自分がわからなくなってしまう。つまりこうして、自分の中に、もう一人の、自
分でない自分が生まれてくる。

 こうした二面性は、その立場にある人に、よく見られる。ある程度は、しかたのないこ
とかもしれないが、そういう立場の中でも、もっともその危険性の高いのが、実は、教師
ということになる。

心理学の世界にも、「反動形成」という言葉がある。みなから、「あなたは先生だ」と言
われているうちに、「そうであってはいけない、ニセの自分」を、その反動として、作っ
てしまう。

 たとえば牧師という職業がある。聖職者ということで、「セックス(性)」の話を、こ
とさら、嫌ってみせたりする。本当にそうなのかもしれないが、中には、自分をつくって
しまう人がいる。

 まあ、どんな職業にも、仮面というものが、ある。みんな、それぞれ何らかの仮面をか
ぶりながら、仕事をしている。「コノヤロー」「バカヤロー」と思っても、顔では、にこ
やかに笑いながら、その人と応対する。

 実は、教育の世界には、それが多い。教育というよりは、教師という職業は、もともと
そういうもの。反対に、もし教師が、親や生徒に本音でぶつかっていたら、それこそ、た
いへんなことになってしまう。

 たとえば私は、幼児教育にたいへん興味がある。しかし「幼児が好きか?」と聞かれれ
ば、その質問には、答えようがない。医者が、「病人が好きか」と聞かれるようなもので
はないか。あるいは、仕事を離れては、幼児の姿を見たくない。それはたとえて言うなら、
外科医が、焼肉を嫌うのと似ている。(焼肉の好きな外科医もいるが……。)あるいは、
ウナギの蒲焼き屋のおやじが、ウナ丼を食べないのに、似ている?

 しかし一度、幼児に、仕事として接すれば、幼児教育家モードになる。子ども、とくに
幼児の世界は、底なしに深い。奥が、深い。そういうおもしろさに、ハマる。私にとって
の幼児教育というのは、そういうものである。

 ただ、もう一つ、誤解してほしくないのは、同じ教育の中でも、幼児教育は、特殊であ
るということ。いくら人間対人間の仕事といっても、相手は、幼児。いわゆる、ふつうの
世界でいうところの人間関係というのは、育たない。

 話が少し脱線したが、私が、自分の中に、こうした二面性があるのを知ったのは、30
歳くらいのことではなかったか。

 自分の息子たちに対する態度と、他人の子どもたちに対する態度が、かなりちがってい
たからだ。ときには、冒頭にも書いたように、自分の人間性が、バラバラになっているよ
うに感じたこともある。「コノヤロー」「バカヤロー」と言いたくても、顔では、ニッコ
リと笑って、別のことを言う。毎日が、その連続だった。

 しかし脳ミソというのは、それほど、器用にはできていない。二つの自分が、たがいに
頭の中で衝突するようになると、疲れるなどというものではない。情緒不安、精神不安、
おまけに偏頭痛などなど。まさにいいことなしの状態になる。

 だから、結局は、(ありのままの自分)にもどることになる。

 が、これとて、簡単なことではなかった。それこそ数年単位の努力が、必要だった。私
は、まさに反動形成でつくられた(自分)を演じていただけだった。高邁で、高徳で、人
格者の教師を、である。

 しかし本当の私は、まあ、何というか、薄汚い、インチキ男……とまでは、いかないが、
それに近かったのでは……。

 そこで(ありのままの自分)を出すことにしたが、悲しいかな、(ありのままの自分)
は、とても外に出せるようなものではなかった! そこで私は、(ありのままの自分)を
出すために、別の意味で、(自分)づくりをしなければならなかった。

 今も、その過程の途中にあるということになる。

 で、その今も、もう1人の私が、私の中に同居している。いやな「私」だ。できれば早
く別れたいと思っている。ときどき、「出て行け」と叫びたくなる。そんな「私」だ。妙
に善人ぶって、自分を飾っている。

 どこかのインチキ牧師みたいで、ああ、いやだ! ホント!

 ……ということで、本当の自分を知ることを、むずかしい。この文章を読んでいる、み
なさんは、はたして、どうだろうか? ありのままの自分で、生きているだろうか?


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子育て最前線の育児論byはやし浩司   10年 9月 17日
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【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

【今週の幼児教室より】(形の学習)2010−8−19(年中児+年長児)

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【今週の幼児教室より】(形の学習)2010−8−20(年少児+年中児)

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value="always"></param><embed 
src="http://www.youtube.com/v/yZVk-iICyb8&hl=ja&fs=1" 
type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always" 
allowfullscreen="true" width="425" height="344"></embed></object>


(BW公開教室)をご覧くださる方は、
http://www2.wbs.ne.jp/~hhayashi/
より
「BW公開教室」へおいでください。


Hiroshi Hayashi+++++++Aug. 2010++++++はやし浩司

●8月22日(心のメカニズム)【心の原点はどこに?】

+++++++++++++++++

今朝は、投稿原稿の修正から始まった。
「惑星」を「衛星」と訂正した。
昨日、火星の衛星の「フォボス」について
原稿を書いた。
私はそれを「惑星」と書いた。

フォボスは惑星ではなく、衛星である。
こんなことは常識。
しかしどうしてまちがえたのだろう?
このところ、こういうミスが多くなった。
先日もどこかの講演の中で、「カテコールアミン」と、
言うべきところを、「サイトカイン」と言ってしまった。
ともに脳内ホルモンだが、作用はまったく違う。

そのことをワイフに話すと、ワイフもあっさりと
こう言って認めた。
「そう言えば、最近、言葉をよくまちがえるわね」と。

注意力がそれだけ散漫になってきたのかもしれない。
これからは今以上に、使う言葉に注意しよう。 

今朝は曇り。
涼しい。
雨が降れば、もっと涼しい。

朝食までに、マガジン9月号を発行しよう。
それがとりあえずの目標。
それにこの数日、運動不足。
どうしようか?

そうそう昨夜遅く、佐鳴湖へ写真を撮りに行った。
写真(静止画)は何とか撮れたが、ビデオ(動画)は、
やはり無理だった。
再生してみたが、明かりがポツン、ポツンと映って
いる程度。
おまけに三脚を、置いてきてしまった。
これもミスのうち。

暑さのせいか、このところどうも頭の中が
スッキリしない。

今朝は、サイトカインについての復習から
始めよう。

++++++++++++++++++ 

【心の原点(心のメカニズム)】(2009年5月24日作)

++++++++++++++++

脳の活動は、「ニューロン」と呼ばれる
神経細胞が司っている。
それは常識だが、しかしでは、その
神経細胞が、「心」を司っているかというと、
そうではない。

最近では、心の原点は、脳内の化学物質、
つまり脳内ホルモンであるという説が、
半ば常識化している。
私たちの心は、常に、この脳内ホルモンに
よって、影響を受け、コントロールされて
いる。

その例としてわかりやすいのが、
フェニルエチルアミンというホルモン
ということになる。
そのフェニルエチルアミンについて書いた
原稿がつぎのものである。

+++++++++++++++++

●恋愛の寿命

+++++++++++++++++

心ときめかす、恋心。しかしその恋心
にも、寿命がある。

+++++++++++++++++

 その人のことを思うと、心がときめく。すべてが華やいで見える。体まで宙に浮いたよ
うになる……。恋をすると、人は、そうなる。

 こうした現象は、脳内で分泌される、フェニルエチルアミンという物質の作用によるも
のだということが、最近の研究で、わかってきた。恋をしたときに感ずる、あの身を焦が
すような甘い陶酔感は、そのフェニルエチルアミンの作用によるもの、というわけである。

その陶酔感は、麻薬を得たときの陶酔感に似ているという人もいる。(私自身は、もちろ
ん、麻薬の作用がどういうものか、知らない。)しかしこのフェニルエチルアミン効果の
寿命は、それほど長くない。短い。

 ふつう脳内で何らかの物質が分泌されると、フィードバックといって、しばらくすると
今度は、それを打ち消す物質によって、その効果は、打ち消される。この打ち消す物質が
分泌されるからこそ、脳の中は、しばらくすると、再び、カラの状態、つまり平常の状態
が保たれる。体が、その物質に慣れてしまったら、つぎから、その物質が分泌されても、
その効果が、なくなってしまう。

しかしフェニルエチルアミンは、それが分泌されても、それを打ち消す物質は、分泌さ
れない。脳内に残ったままの状態になる。こうしてフェニルエチルアミン効果は、比較
的長くつづくことになる。が、いつまでも、つづくというわけではない。やがて脳のほ
うが、それに慣れてしまう。

 つまりフェニルエチルアミン効果は、「比較的長くつづく」といっても、限度がある。も
って、3年とか4年。あるいはそれ以下。当初の恋愛の度合にもよる。「死んでも悔いはな
い」というような、猛烈な恋愛であれば、4年くらい(?)。適当に、好きになったという
ような恋愛であれば、半年くらい(?)。(これらの年数は、私自身の経験によるもの。)

 その3年から4年が、恋愛の寿命ということにもなる。言いかえると、どんな熱烈な恋
愛をしても、3年から4年もすると、心のときめきも消え、あれほど華やいで見えた世界
も、やがて色あせて見えるようになる。もちろん、ウキウキした気分も消える。

 ……と考えると、では、結婚生活も、4年程度が限度かというと、それは正しくない。
恋愛と、結婚生活は、別。その4年の間に、その2人は、熱烈な恋愛を繰りかえし、つぎ
のステップへ進むための、心の準備を始める。

 それが出産であり、育児ということになる。一連のこうした変化をとおして、今度は、
別の新しい人間関係をつくりあげていく。それが結婚生活へとつながっていく。

 が、中には、そのフェニルエチルアミン効果による、甘い陶酔感が忘れられず、繰りか
えし、恋愛関係を結ぶ人もいる。たとえばそれが原因かどうかは別にして、よく4〜5年
ごとに、離婚、再婚を繰りかえす人がいる。

 そういう人は、相手をかえることによって、そのつど甘い陶酔感を楽しんでいるのかも
しれない。

 ただここで注意しなければならないのは、このフェニルエチルアミンには、先にも書い
たように麻薬性があるということ。繰りかえせば繰りかえすほど、その効果は鈍麻し、ま
すますはげしい刺激を求めるようになる。

 男と女の関係について言うなら、ますますはげしい恋愛をもとめて、さ迷い歩くという
ことにもなりかねない。あるいは、体がそれに慣れるまでの期間が、より短くなる。はじ
めての恋のときは、フェニルエチルアミン効果が、4年間、つづいたとしても、2度目の
恋のときは、1年間。3度目の恋のときは、数か月……というようになる(?)。

 まあ、そんなわけで、恋愛は、ふつうは、若いときの一時期だけで、じゅうぶん。しか
も、はげしければはげしいほど、よい。二度も、三度も、恋愛を経験する必要はない。回
を重ねれ重ねるほど、恋も色あせてくる。

が、中には、「死ぬまで恋を繰りかえしたい」と言う人もいるが、そういう人は、このフ
ェニルエチルアミン中毒にかかっている人とも考えられる。あるいはフェニルエチルア
ミンという麻薬様の物質の虜(とりこ)になっているだけ。

 このことを私のワイフに説明すると、ワイフは、こう言った。

 「私なんか、半年くらいで、フェニルエチルアミン効果は消えたわ」と。私はそれを横
で聞きながら、「フ〜ン、そんなものか」と思った。さて、みなさんは、どうか?

(はやし浩司 恋愛 恋愛の寿命 フェニルエチルアミン ドーパミン効果 麻薬性 は
やし浩司 恋の寿命 恋の命 恋愛の命 脳内ホルモン フィードバック (はやし浩司 
家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 恋のホルモン)

+++++++++++++++++++++

話を戻す。
ここで「フィードバック」について、もう一度、説明してみたい。

脳というのは、それ自体がいつもカラの状態を保とうとする。
たとえば驚いたようなとき、脳は直接、副腎に作用して、アドレナリンを分泌させる。
ドキドキしたり、ハラハラしたりするのは、そのためである。
発汗を促すこともある。

が、同時に脳の中では別の反応が起こる。
視床下部にある脳下垂体が、それを感知して、副腎に対して、副腎皮質刺激ホルモン
を分泌するようにと、言うなれば、指令ホルモンを分泌する。
このホルモンによって、副腎が刺激を受け、副腎は、副腎皮質ホルモンを分泌する。
わかりやすく言えば、脳内に分泌されたアドレナリンを、副腎皮質ホルモンが
今度は中和しようとする。

こうして脳内はいつもカラの状態、つまり平常な状態を保とうとする。
それをフィードバック(作用)という。

●生殖

(私が男性ということもあって)、私は、男性のことはよく知っている。
女性も、それほどちがわないと思うが、男女の行為の前と後とでは、異性の肉体の見方が、
まったくちがう。

男性のばあいは、180度、変化することも珍しくない。
あれほど狂おしく求めた相手でも、行為が終わったとたん、スーッと興味が
しぼんでいく。
消えていく。
それは満腹感ともちがう。
心そのものが、変化してしまう。
男性のばあい、それがおもしろいほど急激な変化となって現れる。

こうした現象をどう考えたらよいのか。

先に副腎の話を書いたが、脳からの指令を受けてホルモンを分泌する器官は、
ほかにもたとえば、甲状腺や生殖腺などがある。
さらにごく最近の研究によれば、胃や、大腿筋でも、ある種のホルモンが
分泌されることもわかってきた。
肉体、すべてがホルモンの分泌器官と考えてよい。

では、生殖腺でも、副腎と同じような化学変化が起きているとみてよいのか。
というのも、男女の(心)を説くとき、(行為の変化)ほど、顕著に現れる変化は、
ほかにそうはない。

(行為……最近、BLOGでは、使用禁止用語を設定しているところが多いので、
こういう言葉を使う。つまりSxxのことをいう。)

さらに言えば、「私は私」と思っているしている思いや行動といったものも、
実は、脳内ホルモンによってコントロールされているということになる。

その証拠に、先ほども書いたように、(男性のばあい)、行為の前と後とでは、
心の状態が、180度変わってしまう。

●知性と心

たとえばここに難解な数学の問題があるとする。
「1から5ずつふえていく数列がある。この数列の数を、5番目から、20番目まで
を合計すると、いくつになるか」と。

高校で習う公式を使えば、簡単に解ける。
公式を知らない人でも、電卓を片手に、足し算を繰り返せば解ける。
こうした作業を受け持つのは、大脳連合野の中でも、比較的外側にある、皮質部という
ことになる。

一方、(心)というのは、そういう知的な活動とは、異質のものである。
どこかモヤモヤとしていて、つかみどころがない。
ときに理性のコントロールからはずれるときがある。
つまりそれが脳内ホルモンの作用によるものということになる。

たとえば何かよいことをしたとする。
人助けでもよい。
そういうときそういう情報は、辺縁系の中にある扁桃核(扁桃体)に信号として
送られる。
それに応じて、扁桃核は、モルヒネに似たホルモンである、エンケファリン系、
エンドロフィン系のホルモンを分泌する。
それが脳内を甘い陶酔感で満たす。
それが(人助けをした)→(気持ちよい)という感覚へとつながっていく。

こうして考えていくと、(あくまでも私という素人の考えだが)、知的活動は、
ニューロンと呼ばれる神経細胞が司るとしても、心のほとんどは、脳内ホルモンの
作用によるものと考えてよいのではということになる。
またそういうふうに分けることによって、心のメカにズムが理解できる。
しかしこの考え方は、両刃の剣。

●「私は私」

心のメカニズムはそれで説明できる。
それはそれでよい。
が、心が脳内ホルモンによるもの、あるいは脳内ホルモンに大きく影響を受けるものと
すると、(1)「心なんて、ずいぶんといいかげなんなもの」と思う人が出てくる
かもしれない。
さらに(2)「では、私とは何か、それがわからなくなってしまう」と考える人も
出てくるかもしれない。

心をときめかすあの恋にしても、フェニルエチルアミン効果によるものということに
なれば、それにまつわる求愛、デートなどの行動のすべてが、結局は脳内ホルモンに
よって操られているということになってしまう。
(実際に、そうなのだが……。)

となると、つまり(心)を自分から取り除いてしまうと、では、いったい、私は何か
ということになってしまう。
さらにつきつめていくと、私という私がなくなってしまう。
その一例として、先に、男女の行為のあとの、あの変化をあげた。
そこに妻の(あるいは夫の)肉体を見ながら、「行為の前の私は何だったのか?」と。

が、男女の行為だけに終わらない。
実は人間が織りなす行為のほとんどが、またそのほとんどの部分において、こうした
脳内ホルモンの作用に影響を受けているということになる。
どの人も、「私は私」と思って、それぞれの行動をしている。
が、その「私」など、どこにもないということになる。
「私たちの心は、脳内ホルモンに操られているだけ」と。
しかもいいように操られているだけ、と。

……と書くのは、危険かもしれないが、反対に、「どこからどこまでが私で、どこから
先が私でないか」と考えてみると、それがわかる。

「私は私」と思っている部分など、きわめて少ないのがわかる。
さらに言いかえると、人間もそこらに遊ぶ動物と、どこもちがわないということ。
あるいは、そこらの動物と同じということ。
ちがわないというより、ちがいを見つけることのほうが、むずかしい。

●「私」論

たいへん悲観的というか、絶望的なことを書いてしまったが、自分を知るためには、
脳内ホルモンの問題は、避けては通れない。
たとえば今、私は空腹感を覚えている。
この4〜5日、ダイエットをつづけている。
胃袋が小さくなったような感じがする。
それでも空腹感を覚える。
ワイフがまな板をたたく音を聞いただけで、ググーッと、食欲がわいてくる。
条件反射反応が起きている。

恐らく脳内の視床下部にあるセンサーが、血糖値を感知し、ドーパミンンを
放出しているのだろう。
それが線条体にある受容体を刺激し始めている(?)。

その私は、「私は私」と思いながら、これからさまざまな行動を起こすはず。
庭へ出て、畑から、サラダ菜を採ってくる。
それにドレッシングをかける。
食卓に並べる……。

こうした一連の行為にしても、ドーパミンという脳間伝達物質に操られているだけ
ということになる。
もしそこに「私」がいるとするなら、空腹感を抑えながら、サラダ菜だけで、今朝の
食事をすますこと。
体重が適正体重に減るまで、それをつづけること。
つまり「私」というのは、ここでの結論を言えば、脳内ホルモンと闘うところに、ある。
けっして、脳内ホルモンに操られるまま、操られてはいけない。
その意思が、「私」ということになる。

(新しい思想、ゲット!)

……かなり乱暴な結論だが、今の私は、そう考える。

今朝(09年5月24日)も、こうして始まった。
今日はこのことをテーマに、自分の行動を静かに観察してみたい。
つづきは、また今夜!

みなさん、おはようございます!
Hiroshi Hayashi+++++++April. 2010++++++はやし浩司

●(注※)サイトカイン

++++++++++++++以下、「ウィキペディア百科事典」より+++++++++

サイトカインは細胞表面の膜上にある受容体(それ自体がチロシンキナーゼまたはチロシ
ンキナーゼと共役するものが多い)に結合して働き、それぞれに特有の細胞内シグナル伝
達経路の引き金を引き、結果的には細胞に生化学的あるいは形態的な変化をもたらす。

サイトカインは多機能的、つまり単一のサイトカインが標的細胞の状態によって異なる効
果をもたらす。例えば免疫応答に対して促進と抑制の両作用をもつサイトカインがいくつ
か知られている。

またサイトカインは他のサイトカインの発現を調節する働きをもち、連鎖的反応(サイト
カインカスケード)を起こすことが多い。このカスケードに含まれるサイトカインとそれ
を産生する細胞は相互作用して複雑なサイトカインネットワークを作る。

たとえば炎症応答では白血球がサイトカインを放出しそれがリンパ球を誘引して血管壁を
透過させ炎症部位に誘導する。またサイトカインの遊離により、創傷治癒カスケードの引
き金が引かれる。

サイトカインはまた脳卒中における血液の再還流による組織へのダメージにも関与する。
さらに臨床的にはサイトカインの精神症状への影響(抑鬱)も指摘されている。

サイトカインの過剰産生(サイトカイン・ストームと呼ばれる)は致死的であり、スペイ
ン風邪やトリインフルエンザによる死亡原因と考えられている。この場合サイトカインは
免疫系による感染症への防御反応として産生されるのだが、それが過剰なレベルになると
気道閉塞や多臓器不全を引き起こす(アレルギー反応と似ている)。

これらの疾患では免疫系の活発な反応がサイトカインの過剰産生につながるため、若くて
健康な人がかえって罹患しやすいと考えられる。


Hiroshi Hayashi+教育評論++April.2010++幼児教育+はやし浩司
Hiroshi Hayashi+++++++Aug. 2010++++++はやし浩司※


【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

【温暖化、もうひとつの問題】(人心の荒廃)

+++++++++++++++++++

地球温暖化(地球火星化)の問題は、地球が
温暖化するというだけではすまないのではないか。
地球温暖化の問題には、実はもうひとつ
深刻かつ重要な問題が隠されている。
人の心の問題である。

+++++++++++++++++++

●自業自得

この先、地球温暖化が進むのはどうしようもない。
まさに自業自得。
人類が自ら選んだ道。
どんな結果になろうとも、受け入れるしかない。
が、そこまでの過程が問題。
その過程で、さまざまな社会的変化が起きてくる。
その変化が人の心に深刻な影響を与える。

たとえば今年(2010)ロシアでは、穀物の輸出を制限するという。
大規模な山林火災がつづき、穀物の収穫が大幅に減ったことによる。
それを受けて小麦の国際価格は、30%ほど上昇すると見積もられている。
豊かな国はそれ耐えられるかもしれないが、貧しい国はそうでない。
豊かな国の、何十倍もの衝撃を受ける。
その衝撃を貧しい国々の人たちが、黙って受け入れるとは、とても
考えられない。

●不測の事態

地球温暖化の過程では、こうした予期せぬ事態がつぎつぎと起こる。
当然のことながら、そうした事態は私たちの生活に大きな影響をおよぼす。
たとえば日本の食料不足も、時間の問題。
(不足)→(価格の高騰)を繰り返しながら、やがて食料の輸入もままならなくなる
だろう。
すでに世界の人口の約3分の2が、日常的な飢餓状態にあるという。
もちろん水問題もある。
水を取り合って、国々が戦争を始めるかもしれない。
あのインド・パキスタン紛争にしても、もとはと言えば、水問題。
その争奪戦が原因で、戦争が始まった(1970年前後)。

そうした事態になったとき、地球温暖化の問題は別として、
私たちは私たちの(心)を、はたして守ることができるのか?
今のように、見かけだけでも善人のフリをしていられるのか?
やがてそのメッキははがれるだろう。
それがここでいう「もうひとつの問題」ということになる。

●弱者の論理

 ところで近代経済学の中では、貧者は常に弱者であり、無視されて当然
と考えられている。
つまり「数」に入っていない。
が、実際に世界を動かしているのは、数の上で圧倒的に多い、貧者たちである。
社会を、ときとして、予期せぬ方向に動かしてしまう。

が、貧者には貧者の論理がある。
近代経済学が、そのときどきの経済の動きを読みまちがえるのは、また読みきれない
のは、こうした貧者の論理を組み入れていないからである。
つまり勝者の論理だけで組み立てられている。
(貧者の論理については、たびたび書いてきたので、ここでは省略する。)

 嫉妬とねたみ、被害者意識と妄想……。
そういったものが積み重なっていく過程において、人心そのものをゆがめる。
それがいつしか、社会秩序そのものを破壊する。
そうしたメカニズムそのものが、まだ未解明のまま。

●メルボルン市

 たとえば40年前、オーストラリアのメルボルン市は世界屈指の
豊かな都市として知られていた。
温暖な気候。
安全。
世界第1、2位を争う国民所得。
だれも迷わずオーストラリアのことを、「ラッキーカントリー」と呼んだ。
が、そのオーストラリアに異変が生ずるようになった。

 その10年後には、酸性雨が降るようになった。
議会の前の石像が、ただれるように溶け始めた。
20年後には、世界中から難民とも言ってもよいような移民が、ふえ始めた。
東南アジア、中近東の国々などから。
多くの人たちがその国を逃れて、オーストラリアへやってきた。
30年後には、・・・つまり最近に至っては犯罪もふえ、夜中の女性の
ひとり歩きは、できなくなってしまった。

 オーストラリアの友人はこう言った。
「今では白人のほうが貧しくなってしまった」と。

●宗教

 こうした状況の中で人心を守る方法があるとすれば、「宗教」を
おいてほかにない。
それに代わるものといえば、哲学や心理学ということになる。
が、個々の人の心ということになると、それでは間に合わない。
つまり温暖化にまつわる心の荒廃を救うために、哲学や心理学の発達を
待っていたのでは、間に合わない。
そうでなくても、現代人は忙しい。
「食べていくだけで精一杯」という人にしてみれば、なおさらそうであろう。

 だから「宗教」ということになる。
が、私たち日本人について言うなら、その「宗教」がない。
仏教にしても完全に形骸化、儀式化している。
「日本の仏教は葬式仏教」と揶揄(やゆ)する人も少なくない。
つまり現在の仏教には、これからつぎつぎと起こるであろう人心の荒廃を
救済するだけの力はない。

そう断定するのは危険なことかもしれないが、少なくとも私は期待していない。
だいたいこういう事態になっても、日本の仏教界にしても、だれ1人、声を
あげないというのは、どうしたことか!

●人心の荒廃

 話を戻すが、人心の荒廃を甘く考えてはいけない。
真偽のほどはともかくも、1990年代の終わりごろ、北朝鮮でこんな
事件があったという。

 ある日母親が気がついてみると、自分の子どもがいない。
3、4歳の幼児だったと記憶している。
そこでその母親は懸命になって自分の子どもを捜した。
たぶん徹夜で捜したのだろう。
が、数日後、母親はある露天の前に来ると、そこで気を失ってしまった。
あろうことか自分の子どもの腕と手が、露天につりさげられ、
そこで「肉」として売られていたという。
韓国の朝鮮N報に載っていた話である。

 人心の荒廃というのは、それをいう。
そういうことが日常的に、あちこちで起こるようになる。

●宗教の限界

 地球温暖化が進めば進むほど、同時に人心の荒廃も進む。
が、議論されるのは、気象的な問題ばかり。
精神的な問題は、置き去りになったまま。
しかし気象的な問題は、まさに自業自得。
それによって人類が滅亡することになっても、しかたない。
が、私たちはそこに至る過程で、地獄を経験する。
まさに究極的な阿鼻(あび)地獄。
人で人が焼かれる阿鼻地獄。

 その地獄に耐える能力が、私たちにはあるのか。
先に私は「仏教には期待していない」と書いた。
それに仮に宗教があったとしても、みながみな、宗教心をもつわけではない。
1人の悪人がいれば、10人の善人がいても、善人は無力でしかない。
10人の悪人がいれば、1000人の善人がいても、善人は無力でしかない。
その悪人が、私たちを否応なしに、地獄へと引き込んでいく。
あのメルボルン市で、女性のひとり歩きができなくなってしまった理由は
そんなところにある。
(なお最近では、男性のひとり歩きも危険になったという。)

 それに宗教心をもつことは、そんな簡単なことではない。
仮にもったとしても、熟成期間が必要。
「阿鼻地獄」に耐えるほどまでの宗教心をもつことは、容易なことではない。

●精神の崩壊

 地球温暖化は、不測の事態が不測の事態を呼び起こしながら、急速に進んでいる。
たとえば10年前、どこのだれが海流の変化まで予測しただろうか。
凍土の融解までは予測した人はいたが、それが自然発火することまで、どこの
だれが予測しただろうか。

 が、さらに不測の事態が起こる。
人心が荒廃すれば、社会秩序、法秩序が崩壊する。
倫理、道徳が崩壊する。
良識や常識も崩壊する。
そうなったとき、どこのだれが法を守り、排気ガスの節減に協力するようだろうか。

1リットルのガソリンを奪い合って、殺し合いが始まるかもしれない。
1滴の水を奪い合って、殺し合いが始まるかもしれない。
当然、戦争も頻発するようになるだろう。
欲望をコントロールする精神的環境、社会的環境の両方が崩壊する。
 
●人心の荒廃

つまり世界の荒廃をもたらすものには、2つある。
内的荒廃と外的荒廃。
人間の精神の内部から崩壊していくのを、内的荒廃。
善悪判断、良識、常識そのものが崩れていく。

 もうひとつは社会環境が崩壊し、外部から崩壊してくのを、外的荒廃。
社会秩序、規範、法律そのものが崩れていく。
が、2つに分けてもあまり意味がない。

それらは同時進行の形で起こり、社会を荒廃させる。
「地獄」というのはまさに、そういった究極の崩壊状態をいう。
つまり私たちはその地獄を経験する。
その地獄に耐えうる能力はあるのか。
またそれを防ぐ方法はあるのか。
その準備はできているのか。

●欲望

 地球温暖化は、まさの人間の欲望が結晶したもの。
その欲望が地球環境そのものを破壊する。
同じ欲望が、同時に内部から人間を破壊する。
言うなれば、人間の欲望が地球を破壊し、ちょうどがん細胞のように、
自らも破壊する。

 なお人心の荒廃が一度起きれば、自然破壊は一気に進む。
不測の事態の中で、もっとも恐ろしいのは、人心の荒廃ということになる。
これは先にも書いたが、言うなれば、人類全体が、食料援助も水もない、
そんな難民キャンプに置かれたような状況になる。

●では、どうすればよいか

 地球温暖化というと、ほとんどの人にとっては、(どうしようもない
問題)ということになる。
私自身も、どこからどう手をつけてよいのかわからないでいる。
「車に乗るのは控えよう」と思ってはいても、道路へ出れば無数の車が
猛スピードで走っている。
何かをしようと思えば思うほど、無力感に襲われる。

 一方、人心の荒廃ということになると、私たち1人ひとりの問題と
いうことになる。
今からそれに備えて準備する。
早ければ早いほど、よい。
あるいは組織を形成し、計画的に行動する。
精神の荒廃を受け入れるに足る哲学を構築する。
力を合わせる。
まさに絶望的な闘いになるかもしれない。
が、それが私たちに残された唯一の選択肢ということになる。

●ラッキーカントリー

 だからそれでよいという話ではない。
しかし地球温暖化により、地球が火星化するにしても、最後の最後まで生き残る国が
あるとすれば、この日本と言われている。
四方を大洋に囲まれ、中央には、3000メートル級の山々を連ねる。
そのため「水」の心配はない。
中緯度帯に位置するのも幸いしている。
局地的な洪水、渇水は起こるだろうが、大陸的なあの大洪水や砂漠化は起こらない。
中緯度帯に属し、他民族の侵略も受けにくい。
難民も、海を隔ててそこで阻止できる。

 すでに富と知識を蓄積している。
科学力も工業力もある。
唯一の難点といえば、資源をもたないこと。
が、火星化の過程では、資源はそれほど意味をもたない。
大切なことは、生き延びること。
いざとなれば、人工たんぱく質の合成も可能。
(現在でも可能だが、製造をひかえているだけ。)

 であるならなおさら、日本は、世界のリーダーとして、世界の人たちを
指導していかなければならない。
またその地固めをしておく。
精神的基盤を確立しておく。
「日本だけはだいじょうぶ」と、高をくくっているわけにはいかない。

●近未来図

 それにしても……

 やがて日本人は、山脈の山奥に掘られたトンネルの中で生活をするようになる
のだろうか。
人工太陽で作られた食物を食べて生きるようになるのだろうか。
世界中の人たちが阿鼻地獄でもがき苦しむのを見聞きしながら、ビクビクと
おびえながら生きるようになるのだろうか。
それが私たちの近未来図とは思いたくないが、しかし現実は私たちが考えているより
はるかに深刻な方向に向かって進みつつある。
しかも急速に!

 私たちが子どものころは、気温が30度を超えれば真夏日。
めったに30度を超えることはなかった(岐阜県M市)。
それが今では、この8月に入ってからは、連日35度を超えている(岐阜県M市)。
例年通りとするなら、9月下旬まで、30度を超える日々がつづく。

体感気温でみるかぎり、この半世紀の間に5度は気温があがったのではないか?
精神的荒廃が世界各地で始まるのは、もはや時間の問題とみてよい。

(補記)

 たいへん暗く、悲観的なことを書いた。
この原稿を読んだ人も、憂うつな気分になるにちがいない。
しかし地球が温暖化しているという現実は、もうだれの目から見ても、疑いようがない。
そしてその温暖化は、今の今も、つづいている。
仮に今ここで二酸化炭素の排出量をゼロにしても、一度できた「温室」がそれで
なくなるわけではない。
気温の上昇は、そのままつづく。
また「2100年までには……」という言葉をよく聞く。
しかし2100年で、気温の上昇が止まるわけではない。
気温の上昇は、それ以後もつづく。

 が、気温の上昇ひとつとっても、そんな単純な問題ではない。
「異変」につづく「異変」。
不測の事態がさらに別の不測の事態を呼び、さらに別の異変をもたらす。
いかに想像力を働かせても、異変はその想像力をはるか超えたところで起こる。

 たとえば10年前に、(たった10年前だぞ!)、北極の白クマが絶滅品種に入る
などと、だれが想像しただろうか。
あのモスクワが、放射性を帯びた有毒ガスで覆われるなどと、だれが
想像しただろうか。
チェリノブイリ発電所の事故で飛び散った放射性物質が、今度は山林火災による灰
と共に、モスクワまでやってきた!

そうした異変が繰り返され、さらに年を追うごとにその数は加速度的にふえていく。

 しかし問題なのは、そうした異常事態がそこにあることではなく、あえて目を
そむけ、知らぬフリをしている私たちにある。
こうした無関心は、やがて環境問題が臨界点に達したとき、人の心を内部から崩壊
させる。
野生化するとか、野蛮化するとか、そういう単純な問題ではない。
利口であるがゆえに、人間は、やっかいな動物ということになる。
何をしでかすかわかったものではない。
少なくとも白クマのように、静かには絶滅しない。
つまりそのための心の準備を、今から始める。
さらに言えば、やがて人類が経験するであろう、阿鼻地獄に耐えうるだけの
哲学や人間性を確立する。
そのために私たちは、何をどう考えたらよいのか。

この原稿が、それをみなでいっしょに考えるきっかけになればうれしい。
 
(補記2)

 ところで最近私は、キリスト教の聖書によく目を通す。
その聖書を読みながら、先日は、ふと、こんなことを考えた。
「この聖書というのは、そのときのために書かれた書物ではないか」と。

 「そのとき」というのは、まさに「人類滅亡」のとき。
世界各地で起こるような戦争のようなものをいうのではない。
もっと大きな問題。
人類全体にかかわるような、大きな問題。
それを「最後の審判」と位置づける人もいる。
そのときにどう生きるか。
その道筋を示したのが、聖書ではないか、と。
聖書の冒頭が、天地創造、および人類創造で書き始まるのも、そのひとつ。

 言い替えると、聖書でいうところの「神」は、人類を見捨ててはいないという
ことになる。
もし見捨てているなら、こんな書物を残さない。
つまり聖書というのは、個々の生き様を示したものではなく、人類全体の生き様を
示したもの。
が、そう考えると、それが最後の希望ということになる。

 ただ誤解しないでほしいのは、だからといって、どこかのカルト教団の人たちの
ように、自分だけが救われればよいとは、私は考えない。
彼らは2、3か月に一度は私の家にやってきて、こう説く。
「神を信じた者だけが、救われます」と。

 どうであれ、私自身は地球が火星化するまでに死ぬ。
平均寿命まで、あと16年。
健康寿命まで、あと6年。
生き残ってほしいのは、私のつぎの世代の人たち。
さらにつぎのつぎの世代の人たち。
生き残るというより、ここに書いたような地獄だけは、経験してほしくない。
そのために今の私たちはどうあるべきか。
どう考えるべきか。
それをこの先も考えていきたい。

(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 
BW はやし浩司 地球温暖化 地球火星化 精神の荒廃 人心の荒廃 社会秩序の崩壊 
道徳の崩壊 不測の事態)


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.こんにちは!  (″ ▽ ゛)○  
.        =∞=  // 
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子育て最前線の育児論byはやし浩司   10年 9月 15日
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●謎の衛星「フォボス」

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火星には2つの衛星がある。
そのひとつが、「フォボス」。
まさに謎の衛星。
私はこのフォボスに、たいへん
興味がある。
ひょっとしたら、人類の起源、
さらには人類の未来の謎を解く鍵が、
このフォボスに隠されているかもしれない。
けっしておおげさなことを書いているのではない。
「ありえる」という話で、私は信じている。

真夏の夜のロマン。
大ロマン。
そう、夏になるといつも決まって、
フォボスが気になる。

++++++++++++++

2007年の4月に書いた原稿より

++++++++++++++

●宇宙ステーション

++++++++++++++++++

もっとも効率的で、高性能、かつ安価な
宇宙ステーションの作り方といえば、
宇宙に漂う、惑星の中をくりぬいて作る
という方法。

小さな衛星でもよい。

衛星でなくても、もっと小型のものでも
よければ、隕石がある。

外殻が、固い岩石でおおわれているため、
各種の宇宙線から、乗員を守ることが
できる。大きな衛星になれば、それなりの
重力もあるから、観測機器などを、内部で
固定することもできる。

では、どうすれば、そういう衛星を、ちょうど
よい場所に、もってくることができるか?

これも、方法は、簡単。

岩石の表面に、すり鉢状の穴を掘り、その
中心部で、ものを爆発させればよい。

大きな衛星であれば、小型核爆発でもよい。
爆発力をうまくコントロールすれば、
衛星を移動させることができる。

++++++++++++++++++

 現在、いろいろな国が集まって、宇宙空間に、宇宙ステーションを建設している。しか
し地球から、そのつど資材を持ち運ぶため、莫大な費用がかかる。

 そこでもっとも簡単で、安価な宇宙ステーションの建設方法と言えば、宇宙に漂う衛星
の内部を、くりぬいて作るという方法がある。直径が、1〜2キロもあればじゅうぶん。
あるいはそれ以上でもよい。
それ以下でもよい。

 重力といっても、軽いから、削岩機を使えば、まるで雪を削るように簡単に穴を掘れる
はず。掘った岩石は、そのまま、衛星表面の補強に使うこともできる。うまくいけば、岩
石の中に閉じこめられている(水)を取り出すこともできるかもしれない。

 衛星内部に研究室や実験室、居住室などを作ればよい。

 では、そういう衛星を、どうやって、ちょうどよい位置にもってくることができるか。
これも簡単である。

 衛星の一部に、すり鉢状の穴を掘る。茶碗のような穴を想像すればよい。その穴の中心
部で、火薬を爆発させればよい。あるいは大きな衛星であれば、小型の核爆発を起こして
もよい。

 こうして衛星を移動させる。速度は、遅くても構わない。危険なコースに入りそうにな
ったら、そのときはそのときで、軌道修正すればよい。

 衛星を止めるときは、隕石の向きを180度変えて、また火薬を爆発させればよい。衛
星を、ちょうどよいところで静止させることができる。

 ……というのは、SFの世界の話だが、しかしそれをすでに考え、実行した生物がいる
のではないか。それを思わせる痕跡は、いくつかある。

 たまたま今朝のヤフー・ニュースは、こんな記事を載せている。

 『火星と木星の間にある、珍しい双子の小惑星、「アンティオペ」は、日本の探査機「は
やぶさ」が着陸した小惑星「イトカワ」と同様に、岩石片が集まってできており、内部に
すき間が多いことが分かった。パリ天文台などの研究チームが10日までに、南米チリに
ある欧州南天天文台の大型望遠鏡などを使って、精密に観測した成果を、米惑星科学誌イ
カルスに発表した』と。

 どうやって「かすかすであること」がわかったかということは、別として、「かすかす」
ということは、「内部が空洞である」というふうには、考えられないだろうか。もしそうだ
とするなら、自然に、空洞になったとは、考えにくい。

 ……けっして、荒唐無稽(こうとうむけい)なことを書いているのではない。この太陽
系には、それを疑わせる衛星がいくつかある。私がとくに注目しているのは、「フォボス」
という火星の衛星である。

 この惑星には、先に書いたような、すり鉢状の穴が、一方の端についている。隕石の衝
突でできた穴ということになっているが、ならば、こんなふうに穴があくためには、正確
に真上から、隕石が当たらなければならない。写真でみるかぎり、穴は、真円に近い。し
かもその穴からのびる直線状の縞模様は、観測されるたびに、数がふえているという。

 このフォボスも中は、「かすかす」と言われている。

 繰りかえすが、衛星をくりぬいた宇宙ステーションであれば、中に住む生物を、危険な
放射線や太陽光から守ることができる。小さな隕石だったら、当たっても、ビクともしな
い。宇宙空間を漂うゴミと衝突しても平気。部屋をふやしたかったら、穴を掘って作れば
よい。それでできた土砂は、衛星の表面に捨てればよい。

 形こそぶかっこうだが、もっとも効率のよい宇宙ステーションということになる。

 ……ということで、この話はおしまい。で、ここから先は、私のSF的空想物語。

 遠い昔、火星にも、人間に似た知的生物が住んでいた。そして現在の人間のように、宇
宙へ飛び出すほどの知的能力を身につけた。

 そして宇宙空間を漂う衛星や惑星を、つぎつぎとくりぬいて、宇宙ステーションを建造
した。が、火星は、急速に温暖化現象を迎えた。火星に住んでいた知的生物たちは、太陽
系のあちこちへと非難を開始した。もちろん地球にもやってきた。

 が、地球には住むことができなかった。太陽から注ぎこむ放射線、太陽光に、彼らは耐
えられない。太陽に近い分だけ、量も多い。まぶしい。それに地球の重力がある。で、彼
らは、地球の衛星の、月に目をつけた。彼らは、月をくりぬいて自分たちの宇宙ステーシ
ョンを作ることにした。

 やがて火星は、生物の住めない惑星となってしまった。火星に住んでいた知的生物たち
は、そのままそれぞれの衛星に、住むことにした。地球の上に輝く、月も、その一つであ
る。

 ……ハハハ。私の説によれば、あの月も、どこかの衛星で生まれた知的生物たちの宇宙
ステーションというわけ。(この説を信じているのは、けっして私だけではないが……。)

 しかしそんな思いをもって、あの月を見ると、これまた楽しい。ヤフーのニュースを読
むと、さらに楽しい。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

●謎の縞模様

 フォボスの縞模様をながめているだけで、壮大なロマンがかきたてられる。
いろいろな説がある。
もっとも有力視されている説は、隕石の衝突によってできた爆発痕。
(いろいろな本にそう書いてあるだけだが……。)
しかしこの説は、一読しただけで、ウソとわかる。
フォボスの写真を見れば、すぐわかる。

 爆発痕なら、放射状に縞模様が残るはず。
が、フォボスの縞模様は、どれも並行に並んでいる。
縞模様が交差している部分もある。
さらによく見ると、その縞模様が、小さなクレーターの山を越え、谷を越え……
というように途切れることなくつづいている。
爆発によってできたものなら、クレーターの谷の内側部分にまで、縞模様が残る
ことはない。

●ふえる数

 フォボスの縞模様の数が、観測のたびにふえているという話は、よく聞く。
以前、どこかのサイトでも、その比較写真を紹介していた。
あとでもう一度、そのサイトを調べてみる。
もしこの縞模様が何らかの自然現象によってできたものなら、「ふえる」ということは、
ありえない。
しかも仮にこの20年にうちにふえたとしても、宇宙的な時間から見れば、「瞬時」。
自然現象によって縞模様ができたと考えるのには、無理がある。

 まだある。

 ロシアの探査衛星は、フォボスに近づいたところで「きりもみ状態」になり、墜落
してしまったという。
そのとき最後の1枚に、巨大なUFOが写っていたという。
加えてフォボスから、水蒸気が立ち上るのも観測されている。

 ……などなど。

●ウィキペディア百科事典より

++++++++++以下、ウィキペディア百科事典より転載++++++++++++

【特徴】

フォボスは太陽系の惑星の衛星の中で最も主星に近く、火星の表面から6,000km以内の軌
道を回っている。

フォボスの軌道は火星の静止軌道より内側にあるため、公転速度は火星の自転速度よりも
速い。従って、1日に2回西から上り速いスピードで空を横切り東へ沈む。表面に近いため、
火星のどこからでも見えるわけではない。また、火星の自転より早く公転しているので、
フォボスは火星の潮汐力のために徐々に火星に引きつけられ(1.8m/世紀)、いずれ壊れる
運命にある。5000万年以内に火星の表面に激突するか、破壊され火星の環となると考えら
れている。

ソ連の探査機フォボス2号は、故障直前にフォボスからごくわずかな気体が安定して噴出
していることを発見した。この気体は水蒸気だと考えられている。

フォボスは、ダイモスと共に火星の重力に捕捉された小惑星だと考えられている。実際、
両者はC型小惑星同様に炭素化合物に富んでいるが、密度が非常に小さいことから、氷と
岩石の混合物だと考えられている。

【地形】

フォボスには一つの峰 (Ridges) と十数個のクレーターが確認されている。峰は
ヨハネス・ケプラーに因んでケプラー・ドルスムと名付けられた。クレーターは天文学者、
および『ガリヴァー旅行記』の登場人物に因んで名付けられた。

フォボス最大のクレーターは直径が10kmあり、ホールの妻アンジェリンの旧姓にちなみ
スティックニー・クレーターと命名されている。スティックニーを中心としてフォボスに
は放射状の溝が見られるが、これはスティックニーを作った天体が衝突した際の衝撃でで
きたと考えられている。

【フォボス空洞説】

1950年代から60年代にかけて、フォボスの奇妙な軌道と密度の低さから、フォボスは中
空の人工天体ではないかという説が唱えられたことがある。

1958年頃、フォボスの公転の永年加速について研究していたロシア人の宇宙物理学者
ヨシフ・シクロフスキーは、フォボスが「薄い金属板」構造であると提唱した。これはフ
ォボスが人工的な起源を持つことを示唆するものである。シクロフスキーは火星の上層大
気の密度の推定値に基いて、微弱な制動効果でフォボスの永年加速を説明するためには、
フォボスが非常に軽くなければならないと推論した ……ある計算では直径が16km、厚さ
は6cm未満の中空の鉄の球が導かれた。

アイゼンハワー合衆国大統領の科学顧問を務めていたジークフリード・シンガーは、
"Astronautics" 誌の1960年2月号でシクロフスキー説を支持し、さらに「フォボスの目的
は、おそらく火星人が彼らの惑星の周囲で安全に活動できるように、火星の大気中の放射
を吸い取ってしまうことだろう」というところまで飛躍させた。また、シクロフスキーと
親しかったカール・セーガンやフレッド・ホイルも人工的要素を指摘していた。

しかし、後にこうした考えが生まれるきっかけとなった永年加速に関する疑問が提示され、
そして1969年までにはこの問題は解決された。初期の研究では、軌道高度が低下する速度
を5cm/年という過大な値を使用していたが、後に1.8cm/年まで修正された。現在では、永
年加速は当時考慮されていなかった潮汐効果の結果だと考えられている。また、フォボス
の密度は1.9 g/cm3と測定されており、これは中空の殻であるという説とは矛盾する。さら
に、1970年代にバイキング探査機によって得られた画像は明らかに天然の天体であり、人
工物ではないことを示していた。

同様の月空洞説や地球空洞説も唱えられたことがある。

++++++++++以上、ウィキペディア百科事典より転載++++++++++++

●1立方センチ当たり、1・9グラム

 1立方センチメートル当たり、1・9グラムという。
それを「重い」というか、「軽い」というか。
アルミでさえ、1立方センチメートル当たり、2・7グラム。
花崗(カコウ)岩も、ほぼ同じ、2・7グラム。
マントルによるカンラン岩で、3・3グラム。
鉄にいたっては、8・1グラム(以上、「地質教室」HPより)。

 つまりフォボスは、アルミの約3分の2の密度ということになる。
現在地球上にあるもっとも軽い金属は、マグネシウム。
そのマグネシウムの密度は、1・74グラム。
マグネシウムよりはやや重いかなという程度。

 フォボスはやはり、カスカスの状態か、あるいは中が空洞になっていると考えるのが
妥当ということになる。
で、調べてみたら、学研より、こんな本が出版されていることを知った。

「失われた火星人の謎とサンドワーム エイリアンの改造天体フォボスと超古代アルテミ
ュア文」(あすかあきお著)。
長いタイトルだが、興味をググーッとそそる。
さっそく注文してくる。

●否定派と肯定派

 UFOを認めるか、認めないか。
これについては、徹底した否定派と、徹底ではないが、その否定派を攻める肯定派に
分かれる。
たとえばアメリカのNASAなどは、徹底した否定派。
「あやしい」ということすら、認めない。

 で、こうまで徹底して否定されると、かえって「何かあるのでは?」と、そこまで
勘ぐってしまう。
もう少し歩み寄れないものか?
それともUFOの存在を認めると、何かまずいことでもあるというのだろうか。
一説によれば、UFOの存在を認めると、社会秩序そのものが崩壊するという。
しかし仮にそうであっても、それをコントロールする権限は、NASAにはないはず。
ありのままの宇宙の姿を、ありのままに私たちに見せる。
それがたとえ混乱を招くものであっても、私たちにはそれを乗り越える力がある。
つまり混乱は、一時的で終わる。

 数日前も私とワイフは、こんな会話を交わした。
「あの夜、ぼくたちが見たものが何であるか。その正体を突きちめるまで、ぼくたちは
死ねないね」と。
私が火星の惑星のフォボスに興味をもっているのも、そういう理由による。

 もしあなたも宇宙人に興味があるなら、フォボスあたりから、調べてみたらよい。
シュメール人でもよい。


(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 
BW はやし浩司 火星 フォボス 謎 謎の縞模様 謎の衛星 夏の夜のロマン フォ
ボス空洞説 UFO シュメール シュメール人 衛星フォボス)


Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

●謎の衛星『フォボス』

 少し前、火星の衛星のひとつである、「フォボス」について書いた。
その中で、フォボスの比重について書いた。
それがどうも気になる。
今日も気になる。
フォボスの比重は、1立方センチ当たり、1・9グラム!
たったの1・9グラム。
その一部を、もう一度ここに掲載する。

●1立方センチ当たり、1・9グラム

 フォボスの比重は、1立方センチメートル当たり、1・9グラムという。
それを「重い」というか、「軽い」というか。
アルミでさえ、1立方センチメートル当たり、2・7グラム。
花崗(カコウ)岩も、ほぼ同じ、2・7グラム。
マントルによるカンラン岩で、3・3グラム。
鉄にいたっては、8・1グラム(以上、「地質教室」HPより)。

 つまりフォボスは、アルミの約3分の2の密度ということになる。
現在地球上にあるもっとも軽い金属は、マグネシウム。
そのマグネシウムでも、比重は、1・74グラム。
マグネシウムよりはやや重いかなという程度。

 フォボスはやはり、カスカスの状態か、あるいは中が空洞になっていると考えるのが
妥当ということになる。

●中身は「水」?

 このカスカス説に対して、「内部は水(氷)」という説があることがわかった。
外殻は写真を見てもわかるとおり、岩石ぽい。
少なくとも水ではない。

 が、この説はどう考えてもおかしい。
どうして比重がより軽い「水」が内部にあって、(水は1立方センチメートル当たり、
1グラム)、それよりも重い岩石(?)が、外側にあるのか?
物理学の常識に反する。

仮に氷であるとするなら今度は、フォボスはいったいどのようにして形成されたのか
という謎が生まれる。
ゆいいつ考えられるのは、宇宙をただよっていた氷の塊(かたまり)に、ほこりのような
岩石が積もって、現在のような姿になったという説。
(だれもこんな説を主張していないが……。)

 やはりフォボスは、カスカスか、もしくは中が空洞になっていると考えるのが
自然である。
もしそうでないというのなら、かなり強力な反証がないかぎり、私は納得しない。
ロシアの探査機は、フォボスの一部から水蒸気が吹きあげているのを観察している。
水蒸気?
宇宙空間の温度は、マイナス270度と言われている。
温度というのは、間に熱を伝える粒子があってはじめて伝わる。
無に近い宇宙では、太陽に近いところでも、遠いところでも、均一にマイナス270度と
考えるのが正しい。

 ただ太陽から吹き出る気体(太陽風)は、太陽の近くで100万度、地球の近くで
10万度と言われている(OK・Waveサイト)。
しかし太陽風といっても、先にも書いたように太陽の熱で暖められているわけではない。
わかりやすく言えば、太陽からの電磁波が物体の分子に当たり、そこで振動を起こす。
その振動が「熱」になる。

 ではフォボスでは、どうか?
内部から水蒸気が出るということは、内部は100度以上に加熱されていなければ
ならない。
理論上は、太陽に面した部分は、数百度になる反面、反対側の部分は、マイナス270
度。
宇宙の絶対0度にかぎりなく近づく。
それに放出されたとしても、水蒸気というのは、宇宙空間に飛び出した直後、今度は
こまかい氷の粒子になるはず(?)。

(若い頃、宇宙船の乗組員が小便を船外に放出したら、こまかい氷の粒子になった
という話を聞いたことがある。)
よくわからないが、どうして水蒸気なのか。

 現在、欧州宇宙機関(ESA)の火星探査機、「マーズ・エクスプレス」が、
火星の周囲を回っている。
そのマーズ・エクスプレスが、フォボスの詳細な情報を届けつづけている。
その結果を待ちたいが、しかし同時に、発見したことをすべてそのまま公表してくれる
かどうかについては、大きな不安が残る。

たとえば2008年、マーズ・エクスプレスは、奇妙な「峰」を発見している。
「フォボス表面に、全体の姿とは明らかに不釣り合いな、学者達が「一枚岩」と呼んだ、
90メートルの高さの奇妙な「峰」が発見されました」(ロシア「The Voice of Russia」)と。

 フォボス表面に、90メートルの高さの「峰」があったというのだ。
「一枚岩」と呼べるような「峰」?
何か?
「塔」ではないのか?
どうして「塔」であっては、まずいのか?
どうしてわざわざ「明らかに不釣り合いな峰」と、遠回しな言い方をするのか?

 ……フォボスについての謎は、このように底なしに深い。
知れば知るほど、謎が深まる。
興味のある人は、インターネットで片っ端からフォボスについて、調べてみるとよい。
ものの考え方が一変するかもしれない。

(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 
BW はやし浩司 フォボス 90メートルの峰 一枚岩 フォボスの謎 謎の衛星 フ
ォボス)

●フォボスの写真集

<a href="http://www.flickr.com/photos/86343436@N00/4912118195/" 
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<a href="http://www.flickr.com/photos/86343436@N00/4912723250/" 
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height="438" alt="phobos-mars-enhanced" /></a>


<a href="http://www.flickr.com/photos/86343436@N00/4912723302/" title="phobos_5800 
by bwhayashibw, on Flickr"><img 
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<a href="http://www.flickr.com/photos/86343436@N00/4912118393/" title="phobos by 
bwhayashibw, on Flickr"><img 
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title="img1f2862920qcuy7 by bwhayashibw, on Flickr"><img 
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height="75" alt="img1f2862920qcuy7" /></a>

<a href="http://www.flickr.com/photos/86343436@N00/4912723402/" 
title="img8d13ee3bdqd1o2 by bwhayashibw, on Flickr"><img 
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height="159" alt="img8d13ee3bdqd1o2" /></a>

<a href="http://www.flickr.com/photos/86343436@N00/4912800340/" title="フォボス18
0度回転したあと、上下反転 by bwhayashibw, on Flickr"><img 
src="http://farm5.static.flickr.com/4099/4912800340_0a002ac540.jpg" width="500" 
height="494" alt="フォボス180度回転したあと、上下反転" /></a>

(上の写真の中の1枚を、180度回転したあと、上下反転した写真)


【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

【沖縄の領有権問題】

●映画『インセプション』、2回目

+++++++++++++++++

昨夜遅く、映画『インセプション』を
観てきた。
2回目である。
2回目で、やっとすべて理解できた。
あの映画は、一応、ハッピーエンドで
終わっている。
それが確信できた。

で、やはり同じことを感じた。
字幕の翻訳が、不親切。
たとえば「〜〜へ行く」という字幕が出る。
英語のほうでは、「だれが」という言葉が
入っている。
が、字幕だけだと、そのつど頭の中で、
「だれが?」と考えなくてはいけない。
明らかな誤訳もいくつか、見つけた。

あの映画を観に行くときは、あからじめ、
ストーリーを知っておく必要がある。
でなければ、頭が混乱する。

なお「もう一度、観よう」と言ったのは、
ワイフ。
映画館から出るとき、ワイフはこう言った。
「2回目で、やっと意味がわかったわ」と。
『インセプション』というのは、
そういう映画。

このところ観たい映画があまりない。
そのためときどき同じ映画を観る。
『ソルト』も2回、観た。

で、その感想。

同じ映画を2回観ることについて、「無駄」と
思う人がいるかもしれない。
しかしよくできた映画は、(よい映画とはかぎらないが)、
2回目でその(できのよさ)がよくわかる。
より深く楽しめる。

それに英会話の勉強にもなる。
レッスン料と思えば、安い。

+++++++++++++++++++

●ソニーのビデオカメラ(CX−170)

 昨日、ソニーのビデオカメラが届いた。
CX−170。
小型カメラ。
今使っているビクターのEverioと比べても、一回り小さい。
値段は、5年保証+代引き手数料込みで、4万1000円。
それでも近くの大型電気店で買うよりも、1万5000円ほど、安い。

 Everioは、買って、1年半。
その間にボロボロ、ガタガタ。
よく使った。
CX−170がその後継機というわけだが、機能がよくなった分だけ、今のところ
うまくパソコンに取り込めない。
あれこれ試行錯誤を繰り返す。

……この間、10分ほど……

SONYの相談窓口に電話をかけて確かめたら、こういうこと。
つまりSDカードからはパソコンに直接、取り込めない。
ソニー専用のソフトを使ってほしい、と。

そういうこと。
……ということで、一件落着。
今日から教室の様子は、ソニーのCX−170で撮影する。


Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

●とうとうでてきた、「沖縄領有権問題」

++++++++++++++++

私は10年ほど前から、こう書いてきた。
「中国はそのうち沖縄は中国の領土と
言い出すようになるだろう」と。

カイロ宣言(1943)のとき、中国の毛沢東は、
そう主張した。

で、今月、中国のGDPが日本のそれを
追い越した。
とたん、出てきた、「沖縄領有権問題」。

いわく

『18日付毎日新聞は、最近数年の間に沖縄が中国領だとして、返還を求める声が中国で
高まっていると報じた。

 報道によると、中国の一部学者は、沖縄がかつて琉球王国時代に中国との交易で栄え、
中国に従属する地位にあったと主張している。昨年12月に北京で中国人歴史研究者らに
よるシンポジウムが開かれ、「明治政府による琉球併合(1879年)も、戦後の沖縄返還
(1972年)も国際法上の根拠はない」との主張が繰り返されたという。

 同紙は中国でこうした主張が出る背景について、「米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)
の移設問題で日米同盟が揺らぎ、沖縄と日本政府の関係もぎくしゃくする中、中国では『沖
縄を返せ』の声が強まっている」と分析した』(朝鮮N報より)と。

 中国が国力をますにつれて、この問題は加速度的に大きくなる。
そのとき日本および、沖縄の命運は決まる。

++++++++++++++++

2009年に書いた原稿を
そのまま再掲載します。

++++++++++++++++

●琉球独立党

 「沖縄が生き残る道は、日本(ヤマトンチュー)からの独立しかない」と。
そうして生まれたのが、琉球独立党。
党首は、YC氏(55歳)。

06年の沖縄県県知事選挙にも出馬している。
そのとき獲得した票数が、6220票。
その数を多いとみると、少ないとみるか……。
沖縄独立党は、それを「大勝利」と喜んでいる。
「我々を支持してくれる人が、6220人もいる」、あるいは「6220人にふえた」と。

 「独立党」という名称からもわかるとおり、沖縄独立党は、「日米の支配状態を脱せ」を、
旗印にかかげている。
ほかにも「琉球共和国」とか、「石油採掘権獲得」などという言葉も並ぶ。
興味深いのは、「独立したあかつきには……」「国際入札で、アメリカ軍はもちろん、
日本の自衛隊、あるいは中国やロシアの軍隊を、(有料で)、駐留させる」(「日本のタブー」・
ミリオン出版)という部分。
しかしそうはうまく、いくものか?
どこか現実離れしている?
あるいは排他的民族主義?

 中国は、台湾の独立を認めていない。
いずれは、台湾を自国の領土に編入しようとしている。
と、同時に、すでに、沖縄は、中国の領土であると主張し始めている。

 その前に、もう一度、日米関係について考えてみたい。
つぎの原稿は、2006年の1月に書いたものである。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

●対米追従外交?

++++++++++++++++

たしかに日本の外交は、戦後一貫して、
「対米追従外交」(経済評論家・T氏談)
である。

事実は、事実。それは、もうだれの目にも、
疑いようがない。

しかし一方で、国際外交は、どこまでも
現実的でなければならない。

現実を見失ったとき、国際外交は崩壊する。
同時に、その国は、進むべき道を、
見誤る。

++++++++++++++++

 対米追従外交を、批判する人は多い。経済評論家のTJ氏も、そのひとりである。三井
物産時代のかつての同僚ということで、肩をもちたい気持ちもないわけではないが、なら
ば聞く。今の日本にとって、どうして対米追従外交であってはいけないのか。

 「追従」「追従」というが、追従しなければならない「現実」がそこにある。

 あの中国は、ものの10分足らずで、(あるいは数分で)、日本中を廃墟と化すことがで
きる。それだけの核兵器を、すでに保有し、実践配備をすませている。

 忘れていけないのは、戦争というのは、兵器だけでするものではないということ。日本
にとって脅威なのは、兵器もさることながら、その兵器を底流で支える、士気である。反
日感情である。中国人がもっている、その反日感情には、ものすごいものがある。

 いったんどこかでそれに火がつけば、悲しいかな、今の日本に、それをくい止めるだけ
の武器もなければ、実力もない。もっとわかりやすく言えば、日本の平和がかろうじて守
られているのは、(中国側から見れば)、その背後に、アメリカという巨大な軍事国家がひ
かえているからにほかならない。

 また在日米軍を支えるための、多額の負担金を問題にする人もいる。たしかに日本は、
2006年度だけでも、「思いやり予算」(=在日米軍駐留経費)と称して、2326億円
もの負担金を支払っている。先に問題になった、沖縄からの基地移転費用についても、こ
れとは別に、「3500億円までなら支払ってもよい」と、日本側は、回答している。

 この額を多いとみるか、少ないとみるか?

 仮に日本有事ということにでもなれば、日米安保条約が発動されて、日本は、アメリカ
軍の庇護下に入る。が、そのときアメリカ側が負担する金額は、ぼう大なものになるはず。
あの韓国でさえ、こんな試算を出している。

「朝鮮半島有事の際には、韓国は、アメリカから1300兆ウォン(約158兆円)分の
軍事装備を、無償で借りることができる」(朝鮮日報・K論説委員)と。(158兆円だぞ!)

 現に今、となりのK国は、日本攻撃を目的として、核兵器を開発している。が、そのK
国に対して、この日本には、満足な交渉能力すら、もっていない。拉致問題ひとつ解決で
きない。そういう日本が、どうして核開発問題を解決できるというのか。

 韓国にしても、いまや日本の同盟国と考えている人は、ほとんど、いない。いつなんど
き、中国と手を組んで、日本に襲いかかってくるか、わかったものではない。K国とさえ、
手を組むかもしれない。少なくとも、現在のN大統領政権というのは、そういう政権であ
る。

 日本は、そういう立場である。つまりそういう立場であることを棚にあげて、「自主権」
なるものをいくら唱えても、意味はない。わかりやすく言えば、日本は、アメリカに追従
するしか、今のところ、生き残る道はない。「追従」という言葉に語弊(ごへい)があるな
ら、「密接な協調」でもよい。

 戦後、日本という国が、かろうじて平和を保つことができたのは、日本人が、平和を愛
したからではない。(こういうばあい、「愛する」という言葉は、腸から出るガスくらいの
意味しかないが……。)

 日本が平和を保つことができたのは、背後にアメリカ軍がいたからにほかならない。が、
もしアメリカ軍がいなければ、そのつど日本は、毛沢東・中国、スターリン・ソ連、金日
成・K国、さらに李承晩・韓国に攻撃されていただろう。これまた悲しいかな、日本はそ
ういうことをされても文句が言えないようなことを、先の戦争でしてしまった。

 日本は、アメリカに追従せざるをえなかったし、基本的には、今も、その状態はつづい
ている。それが「現実」である。

 もちろん私も、このままではよいとは思っていない。いつか日本も、アメリカから独立
し、日本は日本として、独自の道を歩まねばならない。しかしその前提として、この極東
アジア、東北アジアに、相互の信頼関係が築かれなければならない。それがないまま、「日
本は日本だ」「日本が国内で何をしようが、日本の勝手」と言い切ってしまうのは、今の日
本にとっては、きわめて危険なことである。

 その一例が、日本のK首相によるY神社参拝問題ということになる。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

●沖縄の独立(?)
 
 琉球独立党のYC氏(党首)には悪いが、もし沖縄が独立すれば、沖縄はそのまま中国
の支配下に入る。
中国が、黙っていない。
また中国は、現状においては、そんな甘い国ではない。
ないことは、チベット問題ひとつみても、わかるはず。
尖閣諸島周辺には、天然ガスや石油など海洋資源が眠っている。
であるならなおさら、中国は、沖縄の独立を認めるわけがない。

 2005年に書いた原稿を、そのまま紹介する。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

●台湾問題は、日本の問題

++++++++++++++++++++++

どうして、中国は、日本が主張する経済水域の中で、
ガス油田の開発および採掘を始めたのか。

どうして日本の抗議に対して、中国は耳を貸そうと
しないのか。

実は、この問題に裏には、台湾、さらには沖縄(琉球)
の領有権問題がからんでいる。

雑誌「諸君」(11月号)の中の記事を参考に、この
問題を考えてみたい。

+++++++++++++++++++++++

 中国と台湾。その中国は、台湾は、中国の領土と主張し、もし台湾が独立宣言をするよ
うなことがあれば、中国は武力介入も辞さないと、ことあるごとに宣言している。

 つまり台湾の独立は、許さない、というわけである。

 しかし、この問題は、そのまま日本の問題と考えてよい。中国に視点を置いてみれば、
それがわかる。中国の東には、台湾がある。しかしその台湾の向こうには、沖縄(琉球)
がある。もし台湾が独立してしまえば、沖縄(琉球)は、ますます、中国から遠ざかって
しまう。

 仮に台湾が、中国の領土の一部になれば、つぎに中国が領有権を主張してくるのは、実
は、沖縄(琉球)なのである。これは私の被害妄想でも、憶測でも、何でもない。

 連合国は、ポツダム宣言(1945)によって、日本の敗戦を明確に位置づけた。しか
しそのポツダム宣言の前に、ヤルタ協定(同、1945)、さらにその前に、エジプトのカ
イロでなされたカイロ宣言(1943)がある。

 そのカイロ宣言の中には、「日本は、中国から奪取したすべての領土を、中国に返還すべ
き」という一文があるが、中国は、その中には、台湾はもちろんのこと、沖縄(琉球)も
含まれると主張した。毛沢東が、その人である。毛沢東は、その著書、『中国革命と中国共
産党』の中で、「沖縄(琉球)は、日本が中国から奪った領土である」と書いている(中西
輝政氏、指摘・「諸君」11月号)。

 ……こう書くと、「沖縄が、中国の領土だって?」と思う人がいるかもしれない。しかし
ここは、明確に述べておかねばならない。

琉球王朝、つまり沖縄は、江戸時代においては、薩摩の「附庸国」であると同時に、明と
清との朝貢関係をもっていた。つまり沖縄(琉球)は、幕藩体制の中では、一応、日本の
「領分」としながらも、日本では異国として扱われていたのである。

 が、1871年、宮古・八重山島民が台湾に漂着し、54人が、台湾島民に殺害される
という事件が起きた。これに対して時の明治政府は、「日本国民を殺害した」として清国に
抗議、台湾へ出兵。そしてそのあと、日本は、北京条約で、清に沖縄(琉球)の日本への
帰属を認めさせる(参考、中島成久氏ゼミ資料)。

 こういう流れからみると、つまりどこか力ずくで、沖縄(琉球)を日本の領土としてき
たという流れからみると、「沖縄(琉球)は、中国の領土である」と、中国が主張しても、
どこもおかしくない。少なくとも、「沖縄は、日本の領土である」という主張には、歴史的
根拠があまりない。つまりここが、日本最大のアキレス腱ということになる。

 しかしその中国が、沖縄をあきらめたわけではない。かろうじて、本当にかろうじて、
今、中国がそれを主張しないのは、台湾問題があるからにほかならない。台湾が、中国の
コブなら、沖縄(琉球)は、そのコブの上のコブにすぎない。「沖縄(琉球)が、中国の領
土である」ということを主張するためには、まず台湾を、自分の領土に組みこまねばなら
ない。

 わかりやすく言えば、台湾が、大きな壁となって、中国と日本の間に、またがっている。
中国にしてみれば、まず、台湾問題なのである。

 つまりもうおわかりかと思うが、台湾問題が片づけば、つぎにやってくるのが、沖縄(琉
球)問題である。「台湾問題は、日本に関係ない」などと思っていたら、たいへんなまちが
いである。現に今、「沖縄は中国の領土である」と主張する知識人が、中国国内で、ふえ始
めている。

 一方、ここ1、2年、米中関係は、急速に悪化の一途をたどっている。新たな冷戦時代
の始まりと説明する人も多い。最近になってアメリカのライス国務次官も、中国を、「明ら
かな脅威」と位置づけ始めている(05年8月)。台湾や日本にとって、脅威という意味で
はない。アメリカ本土にとって、脅威という意味である。

 事実、それに呼応するかのように、中国の軍の近代化と拡充には、ものすごいものがあ
る。軍事費にしても、公表されている数字の3倍近くはあると言われている。あるいは、
それ以上かもしれない。

 そこで、その中国がなぜ、こうまで、軍事力の拡充に熱を入れるかといえば、すでに中
国は、台湾や日本を飛び越して、アメリカとの戦争を、念頭に置いているからに、ほかな
らない。その中国は、これまたことあるごとに、「もし中台戦争にアメリカが介入してくる
ようなことがあれば、アメリカとの対決も辞さない」と主張している。

 中西輝政氏は、つぎのような事実も指摘している。

 「この(05年)7月、中国国防大学のエリート、朱成虎少将が多くの欧米記者を前に、
『アメリカが中台の武力紛争に介入したときには、中国は、アメリカ本土に、戦略核ミサ
イルによる先制攻撃を加える』という警告を発した」(同、「諸君」11月号)と。

 そうなれば、沖縄はもちろん、日本の本土すらも、中国の核攻撃の対象となる。

 ……とまあ、こうした物騒な話はさておき、中国は、日本の主張する経済水域を、そも
そも認めていない。だから平気で、その中で、ガス油田の開発、採掘をすることができる。
だからいくら日本が抗議の、のろしをあげても、どこ吹く風。中国は、これから先も、ま
すます堂々と、日本の経済水域内に入ってきて、ガス油田の開発、採掘をするだろう。

ワイフ「そう言えば、沖縄って、日本とは、ちがうという感じがしていたわ」
私「あまり、そういうことは言わないほうがいい。もしそんなことを、日本人のお前が言
っていることを知ったら、中国人は、『そら、みろ!』と喜んで、飛びついてくるかもよ」
ワ「でも、事実は事実だから……」
私「日本としては、何としても、米中関係の悪化を、阻止しなければならない。これ以上、
悪化すれば、日本の平和どころの問題では、なくなってしまう」
ワ「K国の核開発問題も、どこかへ吹っ飛んでしまうわね」
私「そういうこと」と。

 こうした中国の野望を封じこめるための方法は、2つある。一つは、中国の民主化運動
を、側面から支援して、中国を民主化すること。ブッシュ大統領も、「世界を民主化するこ
とが、世界に平和をもたらす方法」というようなことを言っている。

 もう一つは、日本、東南アジアからインドにかけて、中国包囲網を構築すること。とく
に重要なカギを握るのが、すでに核保有国となったインドである。すでに、アメリカも日
本も、その方向で進んでいる。中国が、軍拡をつづけているかぎり、日本は、中国とはど
こかで一線を画す。でないと、それこそ敵に、塩を送るようなことになりかねない。

 ……とまあ、いっぱしの外交評論家のようなことを書いてしまったが、しかしこれらの
問題はそのまま、私たち自身の問題である。日本の平和と安全に、直接かかわってくる問
題である。これからも、これらの問題を追求していきたい。
(参考、「国家の覚悟が問われる秋」by中西輝政、「諸君」11月号)

(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hay
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ム宣言 ヤルタ会談 ヤルタ協定 沖縄問題)

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

●国際政治は、現実的に!

 沖縄がかかえている問題は、よくわかる。
「(沖縄の)住民は、基地問題、低学歴、就職難で苦しめられている」(「日本のタブー」)。
そのとおりだと、私も思う。
YC氏は、同書のインタビューに答えて、こう述べている。

「沖縄独立なんていえば、妄想だの、荒唐無稽だのって、鼻で笑われたが、六千数百人の
有権者が、私の訴えに賛成したのも事実。
海や空の色とは裏腹に、基地の重圧、戦争の傷痕、財政難が住民の心を重くしている。
けれどこれはみんなヤマトンチューから押し付けられたもの。
だから私はこれをヤマトにお返しして、シマンチューのための琉球共和国を作ろうと言っ
ているのです」と。

が、その問題と、「独立」とは、まったく別の問題である。
ヤマトンチュー(日本)が気に入らないから、シマンチュー(沖縄)は独立すべきという
考え方は、沖縄の人たちにとっても、現実的ではない。
第一に、私たち本土の(?)人間にしても、「鼻で笑っている」わけではない。
また「押しつけている」わけでもない。
沖縄県の人たちに、「申し訳ない」と思っている人のほうが、多い。
それを一足飛びに飛び越えて、「独立」と言われると、私たちとて、どうしてよいのかわか
らなくなってしまう。

 むしろ私が心配するのは、「独立」の向うに見え隠れする、YC氏自身の排他的民族主義。
民族主義というのは、より狭小になればなるほど、また先鋭化すればするほど、戦争の火
種となってしまう。
それが排他的であればなおさら、そうである。
あのアインシュタインも、TK先生への手紙の中で、こう述べている。
「exaggerated nationalism(誇張されたナショナリズム=国粋主義)こそが、すべての戦
争の原因である」と。

 ともあれ、沖縄というより、沖縄県の問題は、日本全体の問題である。
そのことを気づかせてくれた、沖縄独立党の存在感は、大きい。
私たちは私たちで、「沖縄に独立されては困る」という発想からではなく、沖縄の人たちが
かかえる問題を、私たちの問題として考える必要がある。
たしかに私たちは、今まで、沖縄の人たちがかかええる問題について、あまりにも無関心
でありすぎた。

 一方、沖縄の人たちは沖縄の人たちで、もう少し現実的なものの考え方をしてほしい。
いろいろな問題があることは、みな知っている。
だからこそ、それらの問題をひとつずつ解決していく。
私はそのほうが現実的だと思うし、建設的だと思う。
そういう意味で、いきなり「離婚」を訴える沖縄独立党の考え方には、どうしてもついて
いけない。

 ……イマイチ歯切れの悪い結論で、ごめん!

Hiroshi Hayashi++++++++Dec. 09+++++++++はやし浩司

●日本よ、覚悟しよう!

 この先、この問題は大きくなることはあっても、小さくなることはない。
2010/08/19記


Hiroshi Hayashi+++++++Aug. 2010++++++はやし浩司

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子育て最前線の育児論byはやし浩司   10年 9月 13日
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【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

●がまんをさせる(忍耐力と子どもの伸びる力)

++++++++++++++++++++

孫の誠司(当時6歳、母親はアメリカ人)のこと。
その誠司をおもちゃ屋へ連れていったときのこと。
孫の誠司はおもちゃを手に取って遊ぶだけで、
けっして「ほしい」とは言わなかった。

ショッピングセンターへ連れていったときも
そうだった。
日本の子どものように、「あれ、買って」「これ、
買って」とは、言わなかった。
で、息子(二男)にその理由を聞くと、こう言った。
「無駄なものは、いっさい買わない」と。

アメリカといっても広い。
二男の嫁が生まれ育ったのは、アメリカ南部。
両親は厳格なバプティスト教徒。
日本人の子育て法とは、基本的な部分がちがう。
その(ちがい)が、冒頭に書いたちがいとなって、
現れた。

が、それだけではない。
誕生日プレゼントでも、クリスマスプレゼントでも、
その日になるまで、親は包みを開かせない。
孫たちは、その日になってはじめて、包みを開く。
習慣のちがいといえばそれまでだが、しかし
こうした習慣が、子どもに(我慢)ということを
教える。

私がそれまでもっていた常識とはあまりにもちがったので、
孫たちを見ながら、私は強烈な印象を叩きつけられた。

+++++++++++++++++++++

●D・ゴールマンの実験

 植島啓司著「天才とバカの境目」(宝島社)に、こんな興味深い実験が紹介されている。
D・ゴールマンがした『マシュマロ・テスト』というのが、それ(P13)。
内容をかいつまんで紹介する。

+++++以下、「天才とバカの境目」より、要約+++++

 4歳の子どもに、実験者がこう言う。

「ちょっとお使いに行ってくるからね。おじさんが戻ってくるまで待って
いられたら、ほうびに、このマシュマロを2つあげる。
でも、それまで待てなかったら、ここにあるマシュマロを、1つだけあげる。
そのかわり、いますぐ食べてもいいけどね」と。

 4歳の子どもには、大きな試練だ。
さてあなたなら(あなたの子どもなら)、どうするだろうか。

 ゴールマンはこう言う。
『子どもがどちらを選ぶかは、多くのことを語ってくれる。
性格が端的に読み取れるだけではなく、その子どもがたどる人生の軌跡
まで想像できる』と。

 で、4歳児のうち、何人かは実験者が戻ってくるまで、15分ないし20分
間を待つことができた。
待っている間、子どもたちはマシュマロを見なくてすむように、両手で目を
覆ったり、顔を伏せたりしていた。
自分を相手におしゃべりをしていた子どももいたし、歌を歌っていた子どもも
いた。
最後までがんばりぬいた子どもは、ほうびにマシュマロを2個もらった。

 同じ4歳児でも衝動性の強い子どもは、目の前のマシュマロに手をのばした。
しかもほとんどのばあい、実験者が、『お使いに行く』と部屋を出た直後に
そうした」と。

●決定的な差

 この実験は、1960年代にスタンフォード大学の心理学者ウォルター・
ミシェルが大学構内の付属幼稚園で始めたもので、その後も詳細な追跡
調査がなされたという。

 その結果、すぐマシュマロに手を出したグループと、がまんして2個
受け取ったグループとでは、決定的な差が生じた。

 情動を自己規制できたグループは、たとえば、学業の面でも、SAT
(大学進学適正試験)で、もう一方のグループに200点以上もの大差を
つけたという。

+++++以上、「天才とバカの境目」より、要約+++++

●注目すべき結果

 もう一度、最後の部分をよく読んでほしい。
こうある。

「情動を自己規制できたグループは、たとえば、学業の面でも、SAT
(大学進学適正試験)で、もう一方のグループに200点以上もの大差を
つけたという」(P14)。

 つまりがまん強い子どもは、そうでない子どもよりも、学業面においても
大きな(差)をつけたという。

しかしこれは何もこんなおおげさな実験などしなくても、常識と考えてよい。

●がまん

 子どもにとって忍耐力というのは、(いやなことをする力)をいう。
これについては、たびたび書いてきたので、ここでは省略する。

(なおこの意見は、私のオリジナルの持論。
最近書店に並んでいる育児本に、同じことを書いてあるのを知った。
私の持論のパクリである。)

 たとえばあなたの子どもに、台所の生ごみを始末させてみてほしい。
シンクに手が届かないようであれば、風呂場の排水口にたまった毛玉でも
よい。
あるいは年齢が大きければ、風呂洗い、もしくはトイレ掃除でもよい。
そういう仕事を頼んだとき、何のためらいもなくそれができる子どもは、
忍耐強い子どもということになる。

 このタイプの子どもは、学業面でも伸びる。
理由は簡単。
もともと学習(勉強)には、ある種の苦痛がともなう。
その苦痛を乗り越える力が、忍耐力ということになる。
しかも「この先、どんな人生を歩むようになるかまで、わかる」と。
ゴールマンは、それを研究として、つまりデータ上で、証明した。

●幼児期前期(2〜4歳期)

 エリクソンは、幼児期前期を「自律期」と位置づけている。
この時期に、「自らを律する」ということをしつけると、子どもはのちのちも、
自己管理能力のすぐれた子どもになる。

 人間の子どもだけではない。
犬もそうで、時期をうまくとらえ、しつけると、人間の言いつけをしっかりと
守ることができるようになる。
たとえば私の犬のハナは、中型の猟犬だが、いまだかって塀を乗り越えて
外に出たことはない。
塀は自分の肩ほどの高さしかないから、その気になれば、いつでも飛び出せる。

 子どももそうで、この自律期に、しっかりとしつければ孫の誠司のように
なる。
おもちゃ屋でおもちゃを見るときも、ただ見るだけ。
それで満足する。
「買って」とか、「ほしい」という言葉すら、口に出さない。
で、私のほうが見るに見かねて、「買ってあげようか?」と声をかけると、
かえってキョトンとしている。
子どもをしつけるということは、そういうことをいう。
「がまんさせる」ということは、そういうことをいう。

●物欲(食欲)

 これは私の仮説。

以前にも書いたことがあるが、脳の視床下部からは絶え間なく、ある種の
シグナルが放出されている。
フロイトが説いた「性的エネルギー」、ユングが説いた「生的エネルギー」と
いうのは、それをいう。

そのシグナルに応じて、ドーパミンが分泌され、人間の脳は欲望に満たされる。
この欲望をコントロールするのが、前頭連合野ということになる。
つまり「理性」。

 しかし前頭連合野の力は、それほど強くない。
とくに線条体に受容体が一度形成されると、そこで条件反射運動が起こる。
こうなると理性の力は、さらに遠ざかる。
アルコール中毒、ニコチン中毒、さらには買い物依存症の人たちを見れば
それがわかる。
買い物依存症の人たちは、それがほしいからそれを買うのではない。
必要だから買うのでもない。
(買いたい)という衝動を満たすために、それを買う。

(この点、ニコチン中毒者も同じように考えてよい。
タバコを吸いたいから、タバコを吸うのではない。
タバコに、タバコを吸わせられている!)

 物欲もまさに、その1つ。
「情動の自己規制力」(ゴールマン)が強い子どもは、それだけ前頭連合野
の力が強いということになる。
反対に、そうでない子どもは、そうでない。
情動の自己規制力が弱いから、衝動的な行動をコントロールすることができない。
あるいは情動に溺れてしまう。
が、これでは落ち着いて勉強することもできない。
そのちがいが、「200点以上という差(SAT)」となって現れる。

●臨界期

 子どもをがまん強くするかどうか。
忍耐力のある子どもにするかどうか。
その時期は、幼児期前期(2〜4歳期)にかかっているとみてよい。
その時期を逃すと、以後、子どもをがまん強くしたり、忍耐力のある子ども、
つまり情動に対して自己規制力のある子どもにするのは、たいへんむずかしい。
子どもの忍耐力にも、臨界期があると考えてよい。

 たとえば年長児(幼児期後期)にもなると、その(ちがい)が、個性となって
その子どもの中に定着してしまう。
衝動性の強い子どもは、それ以後、ずっと衝動性の強い子どもになる。
いくら指導しても、また叱ったり、注意したりしても、それが直るということは、
まず、ない。

 またこのことも犬を見ればわかる。
私は以前、もう一匹、犬を飼っていた。
保健所で処分される寸前の犬だった。
が、この犬は、「自律心」ということになると、まったく自律心のない
犬だった。
ほんの少しでも裏の勝手口が開いていようものなら、私たちの目を盗んで、
そのままどこかへ行ってしまった。
何度教えても、また叱っても、死ぬまでこの悪癖は直らなかった。

●子どもを伸ばす

 子どもを伸ばすかどうか。
そのひとつの鍵をにぎるのが、(がまん)ということになる。
(あくまでもひとつの鍵。誤解のないように!)
がまん強い子どもは、伸びる。
そうでない子どもは、そうでない。

 だから幼児期、とくに幼児期前期においては、がまんをテーマに、
子育てをするとよい。
(がまん)にも臨界期があり、この時期を逃すと、そのあとのしつけが
たいへんむずかしくなる。

 で、この問題は、あなたという(親)に、そのまま直結する。
あなたは、そのがまん強い親だろうか。
それとも衝動的な行動を繰り返しているだろうか。
つまり前頭連合野の力は強いだろうか。
それとも弱いだろうか。
一度、自分の幼児期はどうであったか、自分を振り返ってみるとよい。
別の(あなた)を、あなたは発見するかもしれない。
2010/08/17

(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 
BW はやし浩司 マシュマロ マシュマロ・テスト 忍耐 子どもの忍耐力 我慢 我慢
強い子ども がまん強い子ども 伸びる子ども 伸びない子ども ゴールマン はやし浩
司 自己規制力 幼児期前期 臨界期 自律期)


Hiroshi Hayashi+++++++Aug. 2010++++++はやし浩司

●子育てQ&A(2010年8月17日)

<a href="http://www.flickr.com/photos/86343436@N00/4255532084/" title="●BLOGタ
イトル最前線の子育て論byはやし浩司 by bwhayashibw, on Flickr"><img 
src="http://farm5.static.flickr.com/4006/4255532084_4e04cf5858_o.jpg" width="500" 
height="250" alt="●BLOGタイトル最前線の子育て論byはやし浩司" /></a>

【子どものやる気について(自我の同一性)】

<object width="425" height="344"><param name="movie" 
value="http://www.youtube.com/v/mgfXtu_wD-k&hl=ja&fs=1"></param><param 
name="allowFullScreen" value="true"></param><param name="allowscriptaccess" 
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【子どもの自己規制力と忍耐力】

<object width="425" height="344"><param name="movie" 
value="http://www.youtube.com/v/KQOv3mxL990&hl=ja&fs=1"></param><param 
name="allowFullScreen" value="true"></param><param name="allowscriptaccess" 
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src="http://www.youtube.com/v/KQOv3mxL990&hl=ja&fs=1" 
type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always" 
allowfullscreen="true" width="425" height="344"></embed></object>

【子どもの勉強癖(子育て自由論)】

<object width="425" height="344"><param name="movie" 
value="http://www.youtube.com/v/OJq8GH_wWyw&hl=ja&fs=1"></param><param 
name="allowFullScreen" value="true"></param><param name="allowscriptaccess" 
value="always"></param><embed 
src="http://www.youtube.com/v/OJq8GH_wWyw&hl=ja&fs=1" 
type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always" 
allowfullscreen="true" width="425" height="344"></embed></object>

【動機付けの3悪(条件付けについて)】

<object width="425" height="344"><param name="movie" 
value="http://www.youtube.com/v/dcUo1zxHb7Q&hl=ja&fs=1"></param><param 
name="allowFullScreen" value="true"></param><param name="allowscriptaccess" 
value="always"></param><embed 
src="http://www.youtube.com/v/dcUo1zxHb7Q&hl=ja&fs=1" 
type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always" 
allowfullscreen="true" width="425" height="344"></embed></object>


【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

【常識論】



【常識が偏見になるとき】 



●たまにはずる休みを……!



「たまには学校をズル休みさせて、動物園でも一緒に行ってきなさい」と私が言うと、た
いていの人は目を白黒させて驚く。「何てことを言うのだ!」と。多分あなたもそうだろう。
しかしそれこそ世界の非常識。あなたは明治の昔から、そう洗脳されているにすぎない。



アインシュタインは、かつてこう言った。「常識などというものは、その人が一八歳のとき
にもった偏見のかたまりである」と。子どもの教育を考えるときは、時にその常識を疑っ
てみる。たとえば……。



●日本の常識は世界の非常識



(1)学校は行かねばならぬという常識……アメリカにはホームスクールという制度があ
る。親が教材一式を自分で買い込み、親が自宅で子どもを教育するという制度である。希
望すれば、州政府が家庭教師を派遣してくれる。



日本では、不登校児のための制度と理解している人が多いが、それは誤解。アメリカだけ
でも九七年度には、ホームスクールの子どもが、100万人を超えた。毎年15%前後の
割合でふえ、2001年度末には200万人に達するだろうと言われている。



それを指導しているのが、「Learn in Freedom」(自由に学ぶ)という組織。「真に自由な教
育は家庭でこそできる」という理念がそこにある。地域のホームスクーラーが合同で研修
会を開いたり、遠足をしたりしている。またこの運動は世界的な広がりをみせ、世界で約
千もの大学が、こうした子どもの受け入れを表明している(LIFレポートより)。



(2)おけいこ塾は悪であるという常識……ドイツでは、子どもたちは学校が終わると、
クラブへ通う。早い子どもは午後1時に、遅い子どもでも3時ごろには、学校を出る。ド
イツでは、週単位(※)で学習することになっていて、帰校時刻は、子ども自身が決める
ことができる。



そのクラブだが、各種のスポーツクラブのほか、算数クラブや科学クラブもある。学習ク
ラブは学校の中にあって、たいていは無料。学外のクラブも、月謝が1200円前後(2
001年調べ)。
こうした親の負担を軽減するために、ドイツでは、子ども1人当たり、230マルク(日
本円で約14000円)の「子どもマネー」が支払われている。この補助金は、子どもが
就職するまで、最長二七歳まで支払われる。



 こうしたクラブ制度は、カナダでもオーストラリアにもあって、子どもたちは自分の趣
向と特性に合わせてクラブに通う。日本にも水泳教室やサッカークラブなどがあるが、学
校外教育に対する世間の評価はまだ低い。



ついでにカナダでは、「教師は授業時間内の教育には責任をもつが、それ以外には責任をも
たない」という制度が徹底している。そのため学校側は教師の住所はもちろん、電話番号
すら親には教えない。私が「では、親が先生と連絡を取りたいときはどうするのですか」
と聞いたら、その先生(バンクーバー市日本文化センターの教師Y・ムラカミ氏)はこう
教えてくれた。「そういうときは、まず親が学校に電話をします。そしてしばらく待ってい
ると、先生のほうから電話がかかってきます」と。



(3)進学率が高い学校ほどよい学校という常識……つい先日、東京の友人が、東京の私
立中高一貫校の入学案内書を送ってくれた。全部で70校近くあった。が、私はそれを見
て驚いた。
どの案内書にも、例外なく、その後の大学進学先が明記してあったからだ。別紙として、
はさんであるのもあった。「○○大学、○名合格……」と(※)。



この話をオーストラリアの友人に話すと、その友人は「バカげている」と言って、はき捨
てた。そこで私が、では、オーストラリアではどういう学校をよい学校かと聞くと、こう
話してくれた。



 「メルボルンの南に、ジーロン・グラマー・スクールという学校がある。そこはチャー
ルズ皇太子も学んだこともある古い学校だが、そこでは生徒一人ひとりにあわせて、学校
がカリキュラムを組んでくれる。たとえば水泳が得意な子どもは、毎日水泳ができるよう
に。木工が好きな子どもは、毎日木工ができるように、と。そういう学校をよい学校とい
う」と。



なおそのグラマースクールには入学試験はない。子どもが生まれると、親は出生届を出す
と同時にその足で学校へ行き、入学願書を出すしくみになっている。つまり早いもの勝ち。



●そこはまさに『マトリックス』の世界



 日本がよいとか、悪いとか言っているのではない。日本人が常識と思っているようなこ
とでも、世界ではそうでないということもある。それがわかってほしかった。そこで一度、
あなた自身の常識を疑ってみてほしい。あなたは学校をどうとらえているか。学校とは何
か。教育はどうあるべきか。さらには子育てとは何か、と。



その常識のほとんどは、少なくとも世界の常識ではない。学校神話とはよく言ったもので、
「私はカルトとは無縁」「私は常識人」と思っているあなたにしても、結局は、学校神話を
信仰している。「学校とは行かねばならないところ」「学校は絶対」と。それはまさに映画
『マトリックス』の世界と言ってもよい。仮想の世界に住みながら、そこが仮想の世界だ
と気づかない。気づかないまま、仮想の価値に振り回されている……。



●解放感は最高!



 ホームスクールは無理としても、あなたも一度子どもに、「明日は学校を休んで、お母さ
んと動物園へ行ってみない?」と話しかけてみたらどうだろう。実は私も何度となくそう
した。平日に行くと、動物園もガラガラ。あのとき感じた解放感は、今でも忘れない。「私
が子どもを教育しているのだ」という充実感すら覚える。冒頭の話で、目を白黒させた人
ほど、一度試してみるとよい。あなたも、学校神話の呪縛から、自分を解き放つことがで
きる。



※……一週間の間に所定の単位の学習をこなせばよいという制度。だから月曜日には、午
後三時まで学校で勉強し、火曜日は午後一時に終わるというように、自分で帰宅時刻を決
めることができる。



Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司



●「自由に学ぶ」



 「自由に学ぶ」という組織が出しているパンフレットには、J・S・ミルの「自由論(On 
Liberty)」を引用しながら、次のようにある(K・M・バンディ)。



 「国家教育というのは、人々を、彼らが望む型にはめて、同じ人間にするためにあると
考えてよい。そしてその教育は、その時々を支配する、為政者にとって都合のよいもので
しかない。
それが独裁国家であれ、宗教国家であれ、貴族政治であれ、教育は人々の心の上に専制政

治を行うための手段として用いられてきている」と。



 そしてその上で、「個人が自らの選択で、自分の子どもの教育を行うということは、自由
と社会的多様性を守るためにも必要」であるとし、「(こうしたホームスクールの存在は)
学校教育を破壊するものだ」と言う人には、次のように反論している。いわく、「民主主義
国家においては、国が創建されるとき、政府によらない教育から教育が始まっているでは
ないか」「反対に軍事的独裁国家では、国づくりは学校教育から始まるということを忘れて
はならない」と。



 さらに「学校で制服にしたら、犯罪率がさがった。(だから学校教育は必要だ)」という
意見には、次のように反論している。「青少年を取り巻く環境の変化により、青少年全体の
犯罪率はむしろ増加している。学校内部で犯罪が少なくなったから、それでよいと考える
のは正しくない。学校内部で少なくなったのは、(制服によるものというよりは)、警察シ
ステムや裁判所システムの改革によるところが大きい。青少年の犯罪については、もっと
別の角度から検討すべきではないのか」と(以上、要約)。



 日本でもホームスクール(日本ではフリースクールと呼ぶことが多い)の理解者がふえ
ている。なお2000年度に、小中学校での不登校児は、13万4000人を超えた。中
学生では、38人に1人が、不登校児ということになる。この数字は前年度より、400
0人多い。

(はやし浩司 フリースクール 自由な教育 LIE Learn in Freedom 不登校 常識論 
意識論 はやし浩司 教育評論 教育論 オーストラリア はやし浩司 ジーロン・グラ
マー・スクール ジーロング グラマー スクール Geelong Grammar 
School)


【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

休みます。


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子育て最前線の育児論byはやし浩司   10年 9月 10日
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【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

【子どものやる気論】自発的行動(オペラント)

●ほめる



++++++++++++++++



子どもは、ほめて伸ばす。

これは家庭教育の大鉄則!



++++++++++++++++



●灯をともして引き出す



 欧米諸国では、『灯をともして引き出す』が、教育の基本理念になっている。「教育」を
意味する(education)という単語も、もとはといえば、(educe)、つまり「引き出す」と
いう単語に由来する。



 その灯をともして引き出すためには、子どもは、ほめる。ほめてほめて、ほめまくる。
そのせいか、アメリカでもオーストラリアでも、学校の先生は、子どもをよくほめる。参
観している私のほうが恥ずかしくなるほど、よくほめる。



 発達心理学の世界では、ほめることによって、自発的行動(オペラント)が生まれ、そ
れが強化の原理となって、子どもを前向きに伸ばすと考えられている(B・F・スキナー)。



●脳内ホルモンが脳を活発化させる



 このことは、大脳生理学の分野でも、裏づけられている。好きなことをしているときに
は、脳内で、カテコールアミンという脳内ホルモンが分泌され、それが、ニューロンの活
動を活発化し、集中力や思考力をますことがわかっている(澤口俊之「したたかな脳」)。



 このとき大切なことは、得意分野をほめること。不得意分野や苦手な分野には、目をつ
ぶる。たとえば英語が得意だったら、まずそれをほめて、さらに英語を伸ばす。すると脳
内ホルモンが脳全体を活発化し、集中力もます。そのためそれまで不得意だった分野まで、
伸び始める。これを教育の世界では、「相乗効果」と呼んでいる。子どもの世界では、よく
みられる現象である。が、それだけではない。



ほめることによって、子どもの心そのものまで、作り変えることができる。こんなことが
あった。



●子どもをほめるときは本気で



 ある小学校に、かなり乱暴な子供(小5男児)がいた。腕力もあった。友だちを殴る蹴
るは当たり前。先生もかなり手を焼いていたらしい。母親は、毎月のように学校へ呼び出
されていた。



 その子ども(K君としておく)が、母親に連れられて私のところへやってきた。夏休み
になる少し前のことだった。私は、週1回、夏休みの間だけ、K君の勉強をみることにし
た。



 こういうケースで重要なことは、最初から、本心で、その子どもをいい子と思うこと。
ウソや仮面ではいけない。本心だ。英語の格言にも、『相手はあなたがその人を思うように、
あなたを思う』というのがある。あなたがAさんならAさんをいい人だと思っているなら、
そのAさんも、あなたのことをいい人だと思っているもの。心理学の世界にも、「好意の返
報性」という言葉がある。



 子どもというのは、自分を信じてくれる人の前では、自分のいい面を見せようとする。
相手の好意には、好意でもってこたえようとする。そういう子どもの性質を利用して、子
どもを伸ばす。



●「先生、肩もんでやるよ。」



 で、夏休みも終わりに近づき、母親にK君の様子を報告することになった。私は車の助
手席に、K君は、うしろの席にいた。私は、こう言った。



 「K君はたくましい子どもです。元気がありすぎるため、トラブルを起こすかもしれま
せんが、今だけです。おとなになったら、すばらしい人になります。楽しみな子どもです」
と。



 K君は、実際、好奇心が旺盛で、バイタリティもあった。おとなのユーモアもよく理解
した。頭もよい。母親は「そうでしょうか。」と、どこか心配そうだったが、その翌週、こ
んなことがあった。



 いつもより30〜40分も早く、K君が私のところへ来た。「どうした?」と聞くと、K
君は、少し恥ずかしそうにこう言った。



 「先生、肩もんでやるよ。オレ、肩もむの、うまいんだア」と。



 私はだまって、K君の好意を受けた。

(はやし浩司 脳内ホルモン オペラント 自発的行動 カテコールアミン ドーパミン 
子どものやる気 子供の集中力 思考力)





Hiroshi Hayashi++++++++++.Mar.06+++++++++++はやし浩司



●ほめる(2)※



●明るい4人兄弟



 Gさんの家には、男の子ばかり、4人の子どもがいます。が、どの子も、屈託なく、明
るい。伸びやか。その秘訣は、すぐわかりました。母親が、上の子どものお下がりを、下
の子どもに与えるとき、いつもこう言うのです。



 「あら、あなたも、Aちゃん(すぐ上の兄)のが着られるようになったわね。大きくな
ったわね」と。



 母親がまず、それを心底喜んでみせる。それを受けて、下の子どもたちが、「大きくなっ
た」と喜ぶのです。そういう雰囲気を、母親が、無意識のうちにも、つくりあげていたの
です。



●不思議なパワー



 子どもを伸ばす最大の鉄則、それは、子どもをほめることです。スキナーという学者は、
ほめることによって、自発的行動(オペラント)が生まれ、それが強化の原理となって、
子どもを前向きに伸ばしていくと説明しています。



さらに最近の研究によれば、ほめることによって、脳内で、カテコールアミンというホル
モンが分泌され、それが、子どもの集中力(ノルアドレナリン)や思考力(ドーパミン)
を活性化させることもわかってきました(澤口俊之「したたかな脳」)。



 ほめることには、私たちが想像する以上の、ものすごいパワーがあるようです。が、い
くつか条件があります。



●ほめる条件



 ほめるとしても、努力とやさしさ。この2つは遠慮なく、ほめます。顔やスタイルは、
ほめない。頭については、時と場所を慎重に選んで、ほめます。顔やスタイルは、ほめれ
ば、関心がそちらばかりに向いてしまうということになりかねません。頭については、ほ
めすぎたため、かえってうぬぼれてしまうというケースも、少なくありません。



 また当然のことですが、ほめるときには、心底、その気になってほめます。ウソや体裁
では、効果がないばかりか、かえって逆効果。子どもは、親の心の隠された意図(シャド
ウ)を、敏感に読み取ってしまいます(ユング)。



●学習面では……



 たとえば子どもの学習。子どもを伸ばすコツは、得意面をさらに伸ばす、です。苦手な
分野、不得意な分野には、目をつむります。



 こうすることで、先に書いた、カテコールアミンという脳内ホルモンの分泌を促し、脳
を活性化させることができます。



 1科目が伸びたら、ほかの科目もつられて伸び始める……という現象が、子どもの世界
では、よくあります。これを「相乗効果」と呼んでいますが、「うちの子は学習面ではどう
も……」と思ったら、1科目なら1科目だけを、集中的にほめて伸ばします。



●好意の返報性



 が、それでも、よくこんな質問を受けます。「子どものほめ方が、わかりません」と。し
かし答えは簡単。まず、本心で、自分の子どもをいい子と思うことです。不安や心配は禁
物。本心で、です。



英語の格言にも、『相手はあなたがその人を思うように、あなたを思う』というのがありま
す。あなたがAさんならAさんをいい人だと思っているなら、そのAさんも、あなたのこ
とをいい人だと思っているもの。心理学の世界ではそれを、「好意の返報性」という言葉を
使って説明しています。



 子どもというのは、自分を信じてくれる人の前では、自分のいい面を見せようとします。
相手の好意には、好意でもってこたえようとします。そういう子どもの性質を利用して、
子どもを伸ばします。親が、「…うちの子は、ダメ…」と思っていて、どうして子どもが伸
びることができるでしょうか。



 もうおわかりですね。「うちの子は、すばらしい」と、まず信ずること。心ができれば、
ほめ方は、自然と、あとからついてきます。

(はやし浩司 相乗効果 ノルアロレナリン カテコールアミン 脳の活性化)



【補記】



 子どものやる気、思考力に、脳内ホルモンが、関係している。昔から『好きこそ、もの
のじょうずなれ』と言うが、好きなことをしていると、脳内で、カテコールアミンという
ホルモンが分泌される。



 このカテコールアミンには、ノルアドレナリンとドーパミンの2種類があるが、そのう
ちノルアドレナリンは、注意力や集中力と関係があり、ドーパミンは、思考力に関係があ
るとされる。



 カテコールアミンが分泌されると、脳が覚醒状態になるという。そしてその結果、脳の
機能そのものが活性化される。



 教育の世界には、「相乗効果」と呼ばれる、よく知られた現象がある。たとえば英語なら
英語、1科目が伸び始めると、とくにほかの科目を勉強したわけでもないのに、数学や国
語まで、伸び始めるという現象である。この現象に、ここに書いた脳内ホルモンの働きを
重ねてみると、なぜそうした現象が起きるのか、うまく説明できる。



 そこで重要なことは、子どもを伸ばそうと考えたら、どんな分野でもよいから、ひとつ
のことを楽しんでさせるようにすること。その前向きな取り組みが、子どもの脳を活性化
させる。その結果として、子どもは、ほかのあらゆる分野で、伸び始めるようになる。



まずいのは、不得意な分野や苦手な分野を、子どもに押しつけるような行為である。逆の
相乗効果(?)が働いてしまい、子どもは、今度はあらゆる面で、伸び悩むようになって
しまうかもしれない。

(はやし浩司 子供の集中力 子供の思考力 子どもの集中力 カテコールアミン ノル
アドレナリン ドーパミン)



【注、ノルアドレナリン】



ホルモンとして副腎から血液に放出され、また、シナプス伝達の間にノルアドレナリン作
動性ニューロンから放出される神経伝達物質である。それは、ストレス・ホルモンの1つ
であり、注意と衝動性(impulsivity)が制御されている人間の脳の部分に影響する。アドレ
ナリンと共に、この化合物は闘争あるいは逃避反応を生じさせて、心拍数を直接増加させ
るように交感神経系を動かし、脂肪からエネルギーを放出し、筋肉の素早さを増加させる。
(Wikipedia フリー百科事典
より転載)。


【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

休みます。

【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

●6か国協議とは、いったい何だったのか?

What has been the "6 Nation Conference" in the past 7 years?
Only what C.Hill did was to give North Korea, money, oil music and "Time", during 
which North Korea has completed nuclear weapons.
Then now again China and North Korea are seeking the way to re-opne the Conference 
but what for?

+++++++++++++++++++++++

延々とつづいた6か国協議。
結局、得をしたのは中国と北朝鮮。
中国は「議長国」として、存在感を世界に向けて誇示した。
北朝鮮は、原油と金(マネー)、音楽
(ニューヨーク・フィル)と、時間を手に入れた。

何と言っても、「時間」が痛い。
この7年間のうちに、北朝鮮は核兵器を完成
させてしまった。
おバカヒル(C. Hill)、少しは自分に恥じたらよい。

+++++++++++++++++++++++

 ここへきて、中国と北朝鮮が、急に6か国協議再開に動き出した。
朝鮮N報はつぎのように伝える。

++++++++以下、朝鮮N報、一部抜粋++++++++++

朝鮮中央通信は20日、北朝鮮の核問題をめぐる6カ国協議の中国側首席代表を務める武大
偉韓半島(朝鮮半島)問題特別代表が16日から18日まで訪朝していたことを認め、「双方
は地域情勢・中朝親善関係・6カ国協議再開・朝鮮半島の非核化実現といった共通の関心事
を深く討議、討議した問題について完全に見解の一致をみた」と述べた。
(2010年8月20日)

++++++++以上、朝鮮N報、一部抜粋++++++++++

 あのね、中国さえその気になれば、北朝鮮の核兵器問題など、1日で解決するの!
その気もないから、ノラリクラリ!
中国にしてみれば、北朝鮮の核兵器など、痛くもかゆくもない!
となると、いったい6か国協議とは何だったのか?
今まで何をしてきたのか?
振り返ってみると、少し言葉は悪いが、泥棒に泥棒の管理を任せただけ。
これでは解決しない。
しないことは、天安艦爆破事件に対する中国の姿勢を知ればわかる。
あれほどまでに見え見えの事件はない。
あえて調査するまでもなく、爆破したのは、北朝鮮。
が、中国は、「北朝鮮のしわざではない」と。
つまり北朝鮮の肩をもった。

 さらに今度のミグ21の墜落問題。
数日前、北朝鮮のミグ21戦闘機が、中国領へ200キロ入ったところで墜落した。
それについても、中国は早々と「計器の故障」と、北朝鮮と口を合わせた。

 そこへもってきて、今度は6か国協議再開?
さっそく韓国が反応した。
「『天安』事件に関する北朝鮮の姿勢には全く変化がない。今すぐ6カ国協議を再開すると
いうムードではない」(朝鮮N報)と。

アメリカ政府も反応した。
「北朝鮮は行わなければならない具体的な義務がある。わたしたちは北朝鮮が行ってきた
挑発行為を懸念しており、北朝鮮の行動が変わることを願っている」

日本政府はダンマリを決め込んでいるが、本音を言えば、もうウンザリというところ。

 日本は金xxの死後、北朝鮮の体制がどのように変化するか、それを見届けてから、動
き出せばよい。
あわてて中国のしかけたワナにはまっていはいけない。


Hiroshi Hayashi+++++++Aug. 2010++++++はやし浩司

【今週・あれこれ】8月21日夜記

●中日ショッパー

 中日ショッパーのTさんより、メールが入る。
今月号(8月)の「月刊ショッパー」に、無料で教室の広告を載せてくれるとのこと。
「スペースが空いたので、載せてあげます」と。
感謝。
同時に、仕事がつづけられる喜びを、かみしめる。
けっして、大げさな言い方ではない。
「かみしめる」。

 私の年齢になると、ものの考え方がどうしても後ろ向きになる。
「これではだめだ」とわかっていても、後ろ向きになる。
何かにつけて、すべてが細くなっていく。
どんどんと細くなっていく。
その「先細り感」は、どうしようもない。
それと闘うだけで、精一杯。
前向きの人生など、とても望めない。

 が、そういう連絡をもらうと、がぜん、やる気が出てくる。
「がんばろう!」という意欲がわいてくる。
ありがとう、Tさん!


●DVD『第5地区』

 南アフリカ映画の『第5地区』を観る。
劇場で見損ねた。
それで昨夜遅く、DVDを借りてきた。
観た。
星は3つか4つの、★★★。
最初、やや退屈な展開。
宇宙人が、着ぐるみに見えた。
が、途中から、どんどんと引き込まれた。
いろいろと矛盾を感じなかったわけではない。
しかし結構、おもしろかった。

 雑誌などで広く話題になった作品である。
長男が言うには、学生が制作したという。
そういう荒っぽさはあるが、SF映画としては、よくできていた。

 ただ……。
「エビ」と呼ばれていた宇宙人は、いったいだれのことをさすのか?
隣国から流れこんでくる難民のこと?
それとも移民としてやってくるアジア人やインド人のこと?
少し気になった。


●CX−170 

 この数日、ソニーのCX−170を使って、ビデオを撮りまくっている。
一方、今まで使っていた、ビクターのEverioは、修理へ。
モニターの開閉部が、ガタガタしてきた。
それにモニターを開いても、電源がONにならないときがある。
レンズにゴミが入った。
それで修理へ。

 こうした電子製品は、(パソコンもそうだが……)、使って使って使い倒す。
きれいに磨いて、飾っておくものではない。
1、2年もすると、つぎの新製品が追いかけてくる。
とたんに古い機種が使い物にならなくなる。
とくにパソコンがそうだ。
5年でガラクタ同然になる。

 そう言えば、先日ある家を訪れたら、Fujitsuのワープロ(ワープロ
だぞ!)が、居間に飾ってあった。
使っている様子はなかった。
飾ってあった。
当時は20万円前後した最新の機種だった。
が、今ではまったくの時代遅れ。
無用の長物。
その家では、置物がわりになっていた。
「見栄っ張りの人だなあ」と思ったが、それは言わなかった。
つまり「今時、こんなものを使う人はいませんよ」と言いかけたが、
それは言わなかった。

(今でもパソコンがわりに、昔のワープロを飾っている家は、多い。)


●世界経済

 日本政府は日銀と組んで、今度30兆円ものお金を、市中にバラまくという。
国民1人当たり、約30万円!
円高を解消するためだ、そうだ。
が、待ったア!

 問題はそのお金が、どこへ流れるか、だ。
またまたアメリカドルを買い支えるために使われるとしたら、そのまま無駄金に
なってしまう。
言うなれば今のアメリカ経済は、砂漠状態。
借金漬けの多重債務者。
もともと50円ほどしか価値のないドルを、買い支えるだと?
こんなバカげたことは、もうやめたらよい。
いくら円(=水)を注いでも、そのまま土の中(=アメリカ)にしみこんでいくだけ。

 ……と考えていたら、先にヨーロッパ経済が、おかしくなり始めた。
中国もぐらついてきた。
そのためアメリカから逃げだそうとしてうた資金が、アメリカに戻り始めた。
とたんドル高。
こういう動きが、週単位で変わる。
こういうことがあるから、世界経済は、一寸先が闇。
来週は、どうなるんだろ?

●DS−LL

 8月20日は孫の誠司の誕生日だった。
(日本では今日の8月21日。)
誕生日プレゼントに、ニンテンドーのDS−LLを贈った。
ポケモンのファンとか。
ソフトも2つ、同時につけて贈った。
電話をかけると、あのフニャフニャ英語で、「ありがとう」と言った。
うれしかった。
プラス、かわいかった。

 ワイフと2人で、電話口で、歌を歌ってやった。
「♪ハッピーバースディ、ツー、ユー……」と。


●TOYOTAのプリウス

 ワイフはプリウスがたいへん気に入っている様子。
このところ何かにつけ、ニコニコと機嫌がよい。
ワイフは若いときから、車が好き。
結婚した当初は、2人で、ドライブばかりしていた。

 が、おかしな現象が起きている。
たとえば車庫入れのときなど、どうしても車の位置がずれてしまう。
まっすぐ車をバックさせることができない。

 そこで私は何度も、モニターを見てバックしたらいいと教える。
ワイフは、「直接目で見て、バックほうがいい」と言う。
が、今日、その理由が、わかった!
つまり車がずれてしまう理由がわかった!

 プリウスの窓(サイド)は、前部ほど低く、後部にいくに従って高くなっている。
つまり窓の底辺部が、かなり斜めになっている。
それでサイドの感覚がつかめないらしい。
「だから、モニターも見ながらバックしたら」ということで、一件落着。
今日は、モニターをチラチラ見ながら、車をバックさせていた。


●8月22日

 明日は、昼ごろMさんに会うつもり。
夜は久しぶりに、Sさん夫妻の家に、遊びに行くつもり。
ほかに庭の草を刈らなければならない。

 ……そう言えば、刈払機は山荘のほうにある。
新しいのを買うべきか、あるいは山荘からもってくるべきか……。
どうしようか?
今、迷っている。
どのみち山荘にある仮払機は、そろそろ寿命。
ストッパーがはずれて落ちてしまった。
だからエンジンを止めるときは、チョークを全開にして止める。
こんなあぶない止め方をしている人は、いない。
やはり新しいのを、買ったほうがよさそう。

 となると、明日は朝からまたまた忙しくなりそう。
今は時刻は、午後9時20分。
ワイフはどこかへドライブに行くような気分でいる。
どうしようか?

 CX−170で夏の佐鳴湖も、撮ってみたい。
またそういうビデオのほうが、人気がある。
そうだ、夜の佐鳴湖を撮ってみよう。
CX−170は、驚くほど、感度がよい。
薄暗い夜道でも、きれいに撮影できるとか。
一度、ためしてみる価値はある。

 これから佐鳴湖へ行ってみる。
夜はまだ長い!


Hiroshi Hayashi+++++++Aug. 2010++++++はやし浩司

【悪化する日本経済】(2010年8月13日)

++++++++++++++++++++

今日は、経済について、勉強してみたい。

++++++++++++++++++++

●情報の洪水

毎日毎日、ものすごい量の情報が、まさに
洪水のように飛び込んでくる。
ある範囲の量なら、それなりに処理できるが、
それがその範囲を超えると、頭の中が
パニック状態になる。

たとえば現在つづいている「円高」。
昨日あたり、1ドル、85円台にまで円高に
なっている。
(今日になってやや円安に向かい、1ドル、
86円台になったが……。)

が、なぜ今、円高なのか?

+++++++++++以下、日経HPより++++++++++++++++

13日の米株式相場は小幅に4日続落した。ダウ工業株30種平均は前日比16ドル80セン
ト(0.2%)安の1万0303ドル15セントと、7月21日以来3週間ぶりの安値で終えた。
週間では3.3%下落し、下落率は1カ月半ぶりの大きさ。景気減速懸念と企業業績の先行き
不透明感を背景に、売りが続いた。

+++++++++++以上、日経HPより++++++++++++++++

 アメリカの株式相場が下落しつづけている。
7月21日以来、3週間ぶりの安値で終わったという。
つまりダブついたお金(マネー)が、比較的
安全と言われている、円に向かっているという
ことらしい。

 しかし本当に安全なのか?

●経済は生き物

 円高だけについては、簡単に言えば、円が
買われているということ。
しかしなぜこうまで円が買われているか、
その理由がわからない。

そこであちこちのサイトを開いたり、経済誌を
読んでみたりする。
が、情報が集まれば集まるほど、その向こうに
また別の情報が隠れていたりして、さらに混沌としてくる。
よく『経済は生き物』というが、生き物ともちがう。
「姿」そのものが、見えてこない。
論理というものが、成り立たない。

●円高

で、ふつう円が買われる理由は、2つある。

(1)資産を円に換えて、円建てで資金を運用する。
つまり円を買う人がいるから、円高になる。
(2)日本から借りた借金を返すため、一度、
円を買って、円建てで返す。

 現在、この2つが同時進行の形で進んでいる。

(1)のようであれば、これは正常な経済活動の
範囲内ということになる。
(それでも、あまり「正常」とは言いにくいが……。)
しかし(2)のようであれば、これは日本の
経済にとって、きわめて深刻な問題と考えてよい。
日経HPには、つぎのようにある。

+++++++++以下、日経HPより++++++++++++++++

 日本株は自動車や電気機器など輸出企業の割合が大きく、円高の影響を大きく受ける。
新興国市場での販売で競合の欧米企業に価格競争力で劣る懸念もある。トヨタ自動車の想
定為替レートは1ドル=90円。対ドル1円の円高で年間の利益は300億円減るため、1ド
ル=85円の水準では、単純計算で1500億円利益が減ることになる。

+++++++++以上、日経HPより++++++++++++++++

 成田空港で、「(外国で)買い物を楽しんできます」と
喜んでいるのは、思考力のない若い女性たちだけ。
「円高」になればなるほど、時期をおいて、
ボディーブローのように影響が出てくる。

●円キャリートレードの解消

金利が安いことをよいことに、日本から円を
借りた人たちがいる。
これを「円キャリートレード」という。
そういう人たちは一度借りた円を売り、外貨に換える。
外国では、それぞれの国の通貨で、借りた資金を運用する。
そのために円を売る。
円を売るから、当然、円は円安に向かう。

が、借りた円を返すときには、今度はこの反対のことが起きる。
今、そういう人たちが、いっせいに返却し始めている(?)。
つまり「円キャリートレード」の解消が始まった!

 さらにもうひとつの可能性としては、
将来のドル安を見越して、投機筋が投機を
目的に円をカラ買いしていることも考えられる。

 が、あちこちの経済ニュースに片っ端から
目を通すが、どうにもこうにも「姿」が
見えてこない。

●不気味な動き

ただ不気味なのは、中国経済に陰(かげ)りが
見え始めたということ(3月以来、16・2%の下落)。
アメリカ経済も、ギシギシと音をたててきしみ始めた。
そうでなくても1ドルが85円にもなると、
日本の輸出産業は、大打撃を受ける。
一説によると、近く1ドルが、50円台にまで
円高になるかもしれないという。
(アメリカのドルの実勢価値は、そんなもの。)

もしそうなら、日本が保有している外貨資産の
価値は半減する。
日本は今まで、稼いだ資産のほとんどを、
ドル資産に換えて、保有してきた。
そういう形で、アメリカのドルを支えてきた。
その価値が半減するというのだから、穏やかではない。
穏やかでいろというほうが無理。

●日本の株価

 日本の株価の下落率もすごい。

++++++++++以下、日経HPより++++++++++++++++

世界の主要株式市場で、日本株の下げが際立っている。日経平均株価は3月末と比べて、
16.6%安と主要20市場のなかで最も下落率が大きい。外国為替市場で円が独歩高となり、
輸出企業の採算悪化懸念が広がっているためだ。市場参加者は、政府・日銀が急激な円高
阻止や成長戦略で具体策を打ち出せるかを疑問視している。

++++++++++以上、日経HPより++++++++++++++++

 ついでに3月末以来、世界の株価の下落率を調べてみる。

日本……マイナス16・6%
中国……マイナス16・2%
つづいてフランス、ロシア、イギリス、アメリカ……とつづく。

 「あぶない」とささやかれているアメリカですら、マイナス4・9%。
韓国、インド、シンガポールは、むしろプラスに転じている。
つまり数字を見るかぎり、日本経済は中国に先行する形で、
急激に悪化している。

●金(ゴールド)

で、ひとつの目安として、私は金(ゴールド)や
プラチナなどの貴金属に注目している。
アルミや銅の動きにも注目している。
8月に入って、これらの貴金属の価格が高騰する
気配を見せ始めている。

ただそれには為替の動きがからんでくるので、
日本における価格だけを追っても、わかりにくい。
たとえばアメリカでは金(ゴールド)の価格が
上昇しつづけているのに、日本円での価格は、
低迷している、など。 

●情報の洪水

まさに情報の洪水。
どれがどの程度重要な情報であるかさえも、
わからない。
専門家ですらよくわからないのだから、私のような
素人に、わかるはずもない。
が、これだけは、確かである。

(1)日本経済は、破綻の道を歩んでいる。
「可能性の問題ではなく、時間の問題」(某、経済誌)とか。

(2)中国のバブル経済がはじけたら、日本の経済
は、そのまま奈落の底に!

一説によれば、前回のドバイショックの数千倍の
威力になるとか(某、経済誌)。
韓国経済からも、目が離せない。
もっとも日本の経済が崩壊したら、韓国も万事休す。

●では、どうしたらよいのか

では、どうしたらよいのか。
私たちは自分の資産を、どのように守ったらよいのか。
正攻法としては、外債(外貨)の購入ということになる。
が、私はそれを取り次ぐ証券会社を、信用してない。
リーマンショック、ドバイショックで、財産を失った
人も多いはず。

(私の知人には、1億円の資産を100万円にして
しまった人もいるぞ!)

●貴金属

となると、金(ゴールド)などの貴金属ということになる。
が、現在、その貴金属にしても、バブル状態。
さらに巨大なバブル(泡)になるかもしれないが、
はじけるときには、はじける。
あるいはそれを小刻みに繰り返す。
今がそのときかもしれない。

金(ゴールド)は現在、1グラム、3600円前後。
プラチナは、4500円前後。
手にひらに乗るような金属のかたまりが、400万円!
バカげているというより、ソラ恐ろしさすら覚える。

●一寸先は闇

で、世界の経済の動きを追ってみる。
(追ってみたところで意味はないが……。)
私は私なりに、それを知りたい。
が、ここで冒頭に書いた「情報の洪水」。
ただの洪水ではない。
その洪水が、たがいに複雑にからみあっている。
加えて何が起こるか……まさに一寸先は闇。
あまりにも不確定要素が多すぎる!

「おもしろい」と書けば語弊がある。
しかしこの世界ほど、奥が深い世界も、そうはない。
その奥の奥で、人間の血みどろの欲望がからんでいる。

●鍵は中国

とりあえず今、注目すべきは中国。
上海B株。
(B株は、外貨建てで取り引きしている。)
上海B株がおかしな動きを見せ始めたら、要注意!
(すでにこの3か月、おかしな動きを見せ
始めている……。)

で、私というド素人の経済評論。

●これから……

今後、一度円は急激な円高に向かったあと、今度は
急激な円安に向かう。
世界中にばらまいた「円」が逆流してくるのだから、
これは当然。
数年を待たずして、ラーメン一杯、3000円
くらいになるかもしれない。
つまりハイパーインフレが日本を襲う。

が、その程度ですめば、まだよいほう。
円高になればなるほど、国内経済は空洞化する。
働く場所そのものがなくなる。

++++++++++以下、日経HPより++++++++++++++++

円高で今後、企業が生産の海外展開を加速すれば、「国内経済の空洞化を招くだけでなく、
企業の生産ノウハウの流出などにつながりかねない」(住信アセットマネジメントの三沢淳
一執行役員株式運用部長)と懸念する声も出ている。

++++++++++以上、日経HPより++++++++++++++++

失業率が15〜20%を超えるころには、街には
浮浪者が並ぶようになり、社会世相そのものが
不安定になる。
犯罪もふえる。
よいことは、何もない。
そういった状況になる。

この問題だけは、「ではどうするか?」ではなく、
「どうそれを覚悟するか?」ということ。
結論は、そういうことになる。
それを予想しながら賢く生きるのと、訳も分からず
右往左往するのとでは、生き様そのものが
ちがってくる。

右往左往するような無様(ぶざま)なことだけは、
避けたい!

+++++++++++++++++

2009年2月、つまりリーマンショックが
落ち着き始めたころ書いた、韓国経済の
記事を、参考までに、ここに再掲載します。

+++++++++++++++++

【日韓経済戦争】

●朝鮮N法のウソ記事

 まず、朝鮮N法の記事を読んでみてほしい。8月11日付きの記事をそのまま紹介する。
(朝鮮N報の記事のばあい、署名入りの記事は、たいていデタラメなウソ記事と考えてよ
い。さすが良心がとがめるのか、あとあとの責任のがれのためにそうするのだろう……と、
私は解釈している。)

++++++

 『今回のサブプライム・ショックは、株式や不動産、消費など韓国経済全般に悪影響を
及ぼすものとみられる。しかし、1997年のアジア通過危機のような大規模危機へと進
展する可能性は低い、という分析が出ている。

 何よりも、問題となったサブプライム・ローンによる韓国の直接的な損失規模がそう大
きくはない。金融監督院の関係者は10日、「一般投資家が加入した海外の債券ファンドの
うち、ごく少数が、米国のサブプライム・ローンに投資した可能性があるが、分散投資さ
れているため、特に問題はない」と語った。

 ただ、ウリ・外換・新韓・国民・産業銀行や農協など、一部の銀行と保険会社がサブプ
ライム・ローン関連の債券に計8億4000万ドル(約994億3080万円)投資して
おり、6月末基準で投資額全体の4・5%に当たる約3800万ドル(約44億9800
万円)の損失を出した。しかし、これらの金融機関の資産規模が、それぞれ数十から数百
兆ウォンに達するという点を考慮すると、大きな打撃にはならないといえる。

 しかし、株式市場は相当な打撃を受けるものとみられる。今回の事態で、世界の投資家
たちが危険を回避し、安全な資産を選好する現象が広がるにつれ、韓国をはじめとする新
興市場で、株式を売りに出す可能性が高いためだ。特に、今年に入り韓国の株式市場の上
昇率が相対的に高かったため、世界の株式市場が下落した場合、韓国はさらに大きな下落
率となることも考えられる。グローバル株の低調が長期化する場合、海外ファンドの加入
者も損失を免れなくなる。

 今回の事態で「円キャリートレード(金利の低い日本で円を借り、海外資産に投資する
こと)」の清算が加速化し、各国に投資された円資金が流出する場合、韓国国内の不動産市
場にも影響が及ぶ可能性がある。韓国企業が円資金を借りて不動産に投資したケースが少
なくないためだ。そのため、内需の景気回復も遅延する可能性がある。

 ただ、円キャリートレードが清算されれば、円高に向かう可能性も残されており、日本
企業とライバル関係にある韓国企業の輸出にとっては好材料にもなり得る。

 S経済研究所のT副社長は、「米国とヨーロッパの金融当局が積極的に対応していること
に加え、アジア経済が好調を見せ、アジア各国に外貨資産が多く蓄積されているため、通
貨危機のような大規模な危機へと発展する可能性は少ない」と述べた』(I・J記者)と。

++++++

 順に整理してみよう。

(1)大規模危機へと進展する可能性は低い。
(2)韓国の直接的な損失規模がそう大きくはない。
(3)金融機関の資産規模が、それぞれ数十から数百兆ウォンに達するという点を考慮す
ると、大きな打撃にはならない。
(4)今年に入り韓国の株式市場の上昇率が相対的に高かった。
(5)円高に向かう可能性も残されており、日本企業とライバル関係にある韓国企業の輸
出にとっては好材料にもなり得る。
(6)アジア各国に外貨資産が多く蓄積されている。

 S経済研究所のT氏が、「米国とヨーロッパ……」と書いて、わざわざ「日本」をはずし
ていることに注目。世界の新聞は、「日米欧」と、「日本」を入れている。

 これについては毎度のことだから、ここでは目をつぶることにしよう。

 (1)の「大規模危機へと進展する可能性は低い」については、主語が「世界」なのか、
「韓国」なのか、よくわからない。世界的な大規模危機にはならないとは、私もそう思っ
ているが、韓国にとっては、そうではない。それについては、今まで、たびたび書いてき
た。

 (2)と(3)については、なぜこうまで韓国はオメデタイのか、その理由がよくわか
らない。つぎの数字を見てほしい。

 第一銀行  外資比率100% (筆頭株主:スタンダード・チャータード)
 韓美銀行  外資比率 99% (筆頭株主:シティ・グループ)
 国民銀行  外資比率 86% (筆頭株主:バンク・オブ・ニューヨーク)
 外換銀行  外資比率 74% (筆頭株主:ローンスター)
 ハナ銀行  外資比率 72% (筆頭株主:ゴールドマンサックス)

 わかるかな? エッ、まだわからない?

 国策銀行のウリ銀行をのぞいて、韓国の銀行は、すべて、外資の支配下にあるというこ
と。国民銀行を例にあげてみると、86%が、外資。しかもその筆頭株主は、バンク・オ
ブ・ニューヨーク! アメリカの銀行である。わかりやすく言えば、韓国の銀行は、アメ
リカの銀行、もしくはその支店と考えてよい。

 アメリカの銀行が巨大な損失をかかえているのに、その子分である韓国の銀行が、「大き
な打撃にならない」とは! (これに対して、日本の銀行のばあい、役員に外人を置いて
いる銀行は、ゼロ!)

 「金融機関の資産規模が、それぞれ数十から数百兆ウォンに達する」ということだそう
だが、それはだれのお金か、まず、それを冷静に考えてみること。だいたい「資産規模」
というところが、恐ろしい! 日本でいう「資産」ということなら、それは株主、つまり
投資家のもの。預貯金額を言うなら、それは預金者のもの。

 (4)の「今年に入り韓国の株式市場の上昇率が相対的に高かった」というのは、どこ
とくらべて「相対的に高かった」というのか。

 韓国では、外資が逃げ、個人投資家が逃げても、しかし株価だけはあがるという珍現象
が、続発している。

 株価というのは、だれかが買うからあがる。買わなければ、あがらない。では、だれが
買うか?

 いわずと知れた、「自社」である。株式制度、それに付随する法律は、国によって、すべ
て異なる。韓国では、「自社株の売買」が、ごくふつうのこととしてなされている。

(5)「円高になれば、韓国企業にとっては有利」とか?

 ならば聞くが、ではなぜ自国の通貨を、ウォン安にしないのか? きわめて簡単な質問
である。そうすれば何も円高を待たなくても、韓国企業にとっては有利になるはず。が、
韓国政府は、つい先週も、2か月連続で、日本でいう政策金利をあげている。(今月、0・
25%あげて、0・5%になった。)

 政策金利をあげれば、世界の投資家たちが、韓国のウォンを買う。そのためウォンが値
をあげる。ウォン高になれば、輸出企業に不利になる。韓国政府は、自国ガ貿易立国であ
ることを百も承知の上で、自国の通貨をウォン高に導こうとしている。こういう矛盾を、
いったい、この記事を書いた記者は、どう説明するのか。

 実は、韓国は、ウォン安にできないのである。ウォン安にしたら、それこそ、現在アメ
リカで起きている、サブプライム・ローンと同じ問題が、韓国国内で起きてしまう。世界
的にみれば、規模は小さいが、韓国経済を崩壊させるには、じゅうぶん。

 何としてもウォン高を維持して、外資を自国へ呼びこまねばならない。そのことは、つ
ぎの数字をみればわかる。

 韓国貿易収支    2005年…… 327億ドル
              2006年…… 292億ドル
              2007年…… 100億ドル以下(07年第一四半期よ
り推定)

 つまり毎年、韓国の貿易収支は、見た目よりもはるかに速いスピードで悪化している。
2008年には、赤字に転落するかもしれない。ここ1〜2年、設備投資額も、前年度比、
毎年、1〜2%という、まさにK国並みの低さで推移している。

 こういう状態で、円高になったらどうするか? 韓国は基本技術、および製造機器のほ
とんどを、日本に頼っている。「有利」になるどころか、その分だけ、たちまち輸入額に、
円高分が上乗せされてしまう。

 が、何といっても最大のウソは、(6)の「アジア各国に外貨資産が多く蓄積されている
(からだいじょうぶ)」という部分。

 百聞は一見にしかずという。つぎの数字を見てほしい。

 韓国の所得収支    2005年…… ▲16億ドル(赤字)
                2006年……  ▲ 5億ドル(赤字)
                2007年……  ▲20億ドル以上の赤字(07年第
一四半期より推定)

 所得収支というのは、モノの売買で得るのを「貿易収支」と呼ぶのに対して、債権・債
務で発生する収支のことをいう。

 ここ数年、韓国では、この所得収支が赤字なのである。赤字ということは、「アジア各国
にある外貨資産」で得るお金よりも、借金のほうが多いということ。わかるかな? エッ、
まだわからない?

 では、説明しよう。

 あなたは借家を5軒もっている。そこからの家賃収入は、1軒分10万円として、50
万円ある。しかし同時に、その借家を建築するために借り入れたお金の返済のため、あな
たは、毎月60万円の利息を支払わねばならない。つまり所得収支でみれば、毎月10万
円の赤字ということになる。そういう状態でも、あなたは「うちには資産があるから、だ
いじょうぶ」などと言うだろうか。

 韓国の今の状況を簡単に言えば、そういうことになる。そういう韓国が、「アジア各国に
外貨資産が多く蓄積されているから、(だいじょうぶ)」とは! あいた口がふさがらない!

 私のようなド素人にも、こんな程度のことはわかる。つまりこの記事を書いた、朝鮮N
報のI・J記者は、この私よりも、ド素人ということになる。

 なぜ、こうした記事には、わざわざ署名を入れるか? もうこれで読者の方は、その理
由が、おわかりのことと思う。

 私もこうした記事にはよくだまされた。つい最近まで、だまされた。韓国を代表する新
聞社だから、だれしも「まさか!」と思う。しかしウソはウソ。読者のみなさんも、くれ
ぐれもご注意のほどを!

++++++++++++++以上、そのまま転載++++++++++++++++

国がマスコミをあざむき、マスコミが国民をあざむき、やがて世界は奈落の底へと
落ちていくことになる。

今回の大不況は、まさに人災と言えなくもない面をはらんでいる。


Hiroshi Hayashi+++++++Aug. 2010++++++はやし浩司

●JALの二次破綻

++++++++++++++++++++

8月末に向けて、JALの二次破綻が、
急速に現実味を帯びてきた。
先ほども、あちこちのBLOGを流し
読みしてみたが、JALを擁護する意見は、
ほとんどゼロ。
どこも「潰せ」「潰せ」の大合唱。
このままではへたに再生させたら、民主党
政権そのものも、「破綻」する。
そういう様相を帯びてきた。

++++++++++++++++++++

●LCC(ロー・コスト・キャリアー)

 先日、フランスから友人が私の家に遊びに来てくれた。
そのときこんな話をしてくれた。

「フランスでも、飛行機のLCC化が進んでいる。
……というか、欧米では今や、常識。
プレスト(フランスの西端の町)から、パリまで、800〜1000円前後。
ばあいによっては、300円(以上、日本円に換算)で、飛行機に乗れる」と。
航空会社も空席で飛ばすくらいなら、300円でもよいと考えるらしい。

 チケットは、インターネットで予約する。
客は、それをプリントアウトして、空港へ向かう。
座席は早い者勝ち。
機内サービスはなく、座席幅も狭い。
しかし料金が料金だから、「それで文句を言う人はいない」と。

 ちなみにプレスト→パリ(オルリー空港)までは、約500キロ。
日本で言えば、東京→大阪間の距離とほぼ同じ。

 LCCは何もヨーロッパだけの話ではない。
このアジアでも進んでいる。
2010年10月には、東京→マレーシア(クアラルンプール)間、片道1万数千円。
往復2万8000円の航空会社が、運航を開始する。
にもかかわらず、JALは、いまだに強気の経営戦略を崩していない。

 「……売上高の47%を国際線が、残り53%を国内線が占める見込み(12年度)」(再
生計画案)と。
国際線で、47%の売り上げ!

 こういうありえない数字を並べるだけでも、JALの二次破綻は避けられそうもない。

●9000億円の血税

 「フラグシップ」とは何か?
それがよくわからない。
どうしてそれにこだわるのか?
前例がないわけではない。

イタリアのアリタリア航空につづいて、スイスのスイス航空、ベルギーのサベナ航空など。
フラグシップと呼ばれた航空会社でも、破綻をするときは破綻する。
(ただしアリタリア航空については、国策企業として現在も存続中。)

アメリカでは、ユナイテッド、デルタ、ノースウェスト航空などが、みな、破綻を経験
している。
(「破綻」と「破産、倒産」とは、中身がちがうが……。)
ただJALとちがう点は、アメリカのばあい、再生イコール、ゼロからの出発を意味する。
役員以下従業員は、みな、一度解雇。
労働組合は解散。
給与体系も、ゼロからの再契約。

 が、JALはちがう。
今回、JALは一次破綻なるものをしたが、そのあと元役員はみな、子会社および関連会
社の役員として天下っている。
中身はそのまま。
給料をカットされたとはいうものの、それ以前はといえば、客室乗務員(CA)ですら、
年収は1000万円。
OBの年金は、月額45万円以上。
そういう会社に9000億円、つまり1兆円近い血税を注ぎ込むことについて、はたして
国民の納得が得られるものかどうか。
しかもこのところ毎月1000億円の赤字!

●潰すに潰せない

 が、潰すに潰せない。
もしここでJALを潰したら、直接的にだけでも、5万人の失業者が出る。
関連会社の連鎖倒産も含めると、その数は2〜3倍にふくれあがる。
さらに国内線、国際線ともども、「運航」に与える影響は、計り知れない。
JALは、現在150機以上もの飛行機をかかえている。
「では、ほかの航空会社が引き継げばいい」という意見もあるが、そうは簡単ではない。
混乱が収束するまでに、1〜2年はかかるというのが、おおかたの見方である。

 さらに、今、ここでJALを潰せば、日本のイメージダウンは避けられそうもないと
いう。
そうでなくても現在、日本経済は綱渡り状態。
JAL破綻で、日本経済崩壊の引き金を引いてしまうことも考えられる。
「潰すに潰せない」という事情は、つまりここにある。
JALは、あまりにも巨大企業!

●二次破綻

 しかし結局は、JALは、そのつど「破綻」を繰り返しながら、最終的には、
バラバラに解体される。
国内線専用会社として、生き残るしかない。
「フラグシップ」と言いながら、単独で飛ばしている国際線は、10路線もないの
では?
つまりJALは、無数の航空会社に分割される。
「ジャパン」「スカイ」「エアー」の3つの言葉の組み合わせだけで、
ジャパン・スカイ、ジャパン・エアー、スカイ・エアー、エアー・ジャパン、スカイ・
ジャパン……など、10の会社が生まれる。

 そういう会社どうしが、LCCとして料金競争を繰り返す。
熾烈な競争ということになるが、そこまでしないと、日本の航空会社はもう生き残る
ことはできない。
一次破綻、二次破綻は、そこに至る段階的なステップに過ぎない。

 ……とまあ、二次破綻を既成事実化したような意見を書いたが、仮にこの8月末に、
再生計画案がパスしたとしても、そのあとさらに傷口は深くなるだけ。
完全に世界の常識そのものに、逆行している。
潰すものは潰して、アメリカの航空会社のように、ゼロから再出発したほうが、得策。
わかりやすい。
これがおおかたの世論ではないのか。

(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 
BW はやし浩司 JAL問題 JALの二次破綻 JALの再建問題 JALに対する国
民世論)2010/08/16


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メルマガ(6万3000誌)の中で、2008年度、メルマガ・オブ・ザ・イヤーに
選ばれました!

【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

●インチキ育児書(Fake Books)

++++++++++++++++++++

もうあれから20年以上になろうというのに、
いまだにインチキ育児書が後を絶たない。
いったい、これはどうしたことか。

ありのままを正直に書く。
書くというとりは、告白する。
実は私も20代のころ、そのインチキ本を
書いていた。
手法は、こうだ。

(1)まず有名になりたがっている専門家を探し出す。
すでに有名な専門家でもよい。
私のばあいは、医学関係者が多かった。
分野は東洋医学。
が、私が探し出すということは、ほとんどなかった。
たいてい出版社のほうが、探し出してくれた。
「林さん(=私)、1冊、またお願いします」と。

(2)おかしなことに、私自身が、その専門家と
言われる人に直接会うということは、めったになかった。
(編集会議のような席に招かれるということは
あったが、そのばあいでも、「あなたは発言しないように」
という釘を刺されることが多かった。)
間に出版社が入る。
私は出版社の一員として、動く。
その出版社が、たとえば「痩身法について、漢方的な
見地から本を書いてほしい」という依頼をしてくる。

私はプロット(あらすじ)を書き、見本として、
50〜80枚ほどの原稿を添える。
それを出版社に送る。

(3)しばらくすると出版社のほうから連絡が入る。
「〜月〜日ごろまでに、400字詰めで、300〜400
枚、書いてほしい」と。
そのとき別の資料を渡されることがある。
その資料を、文章の中にうまく組み込む。

(4)私は注文通りの原稿を書く。
それを出版社のほうで推敲し、加筆、訂正する。
この段階になると、私はすでにノータッチ。
本というのは、そういうもの。

構成を専門にする人。
校正を専門にする人。
イラストを描く人。
さらにリライトする人などなど。
表紙デザイナーという人もいる。
そういう人たちの手を経て、本はできあがっていく。

今でもそうだが、出版社には、大きくわけて
2つの部門がある。
出版部と営業部。
営業部は、本を売ることだけを考える。
言い替えると、「売れる本」だけを考える。
中身ではない。
が、その営業部の意向を無視して、本は出せない。
営業部が「NO!」と言ったら、そこで作業は
中断する。
停止する。

(5)こうした関門をくぐり抜けて、「本」は世に出る。
それなりに出版社も、投資する。
単行本1冊、初版1万部前後で、500〜600万円の
コストがかかる(当時)。
(本の制作だけなら、150〜200万円が相場だった。)
私が書いた本で、1億円もかかった本がある。
プラス、広告宣伝費。

で、私はこうして20〜30冊以上の本を書いた。
(どの程度まで私が介入したかによっても、
冊数は異なってくる。
「テープ起し」と言って、テープレコーダーに吹き込まれた
声を、原稿になおすこともある。)

出版社は新聞広告を出し、自前の雑誌を使って
その本を紹介する。
そのあと出版社は、「買い取り」という名目で、
私に原稿料を払う。

(6)「ならば自分で本を書けばいいではないか」と
思う人もいるかもしれない。
しかし実際には、不可能。

よほどの特異性がなければ、出版社のほうが話に
乗ってこない。
とくに育児書のような広汎性のある分野はそうで、
昔も今も、「有名」であることが第一条件。
「親に安心感を与えない本は売れない」というのが、
当時の、(今でもそうだが)、常識だった。

裏を返していうと、私のような、「どこの馬の骨かも
わからないような人間が書いた本は、売れない」。
私も自分の立場を、よく心得ていた。
が、30歳になるころ、私はその世界から足を洗った。
つまり代筆業をやめた。

(7)で、それから20年あまり。
今度は逆の立場で、執筆依頼が入るようになった。
「先生(=私)の本をまとめさせてください」と。

私が若いころとはちがって、最近ではフリーの若い
ライターが直接、そういう依頼をしてくることが多い。
「先生の原稿をまとめて、本として出版させてください」と。

もちろん個人のライターだけではない。
10年ほど前には、日本を代表する育児書の専門出版社
からも、依頼があった。
ここから先は、その出版社にとっても名誉にかかわる
問題だから、正確に書く。

X社という出版社だった。
いわく、「育児書を書いてください。
本は、R先生の名前で出します」と。

R氏というのは、当時日本を代表する幼児教育家だった。
すでに何十冊という本を、書いていた。
ただ年齢はすでに80歳を超えていた。

私は、断わった。
私が書けば、どうしても(はやし浩司の思想)がそこに
混入してしまう。
育児書というのは、いわば哲学書のようなもの。
書き手の育児観のみならず、人生観、生き様、思考性
が、そのまま混入する。
文体だって、そうだ。
私には私の、独特の文体がある。

つまりR氏の名前で本を書けば、以後、私が書くものが
すべて「盗作」「盗用」ということになってしまう。
私は断わった。

(8)が、それから1年……。
たしか半年あまりたったある日のことだった。
ある書店に入って、驚いた。
ワゴンセールといって、そのR氏の書いた本が、
平積みになって、ずらりとそこに並んでいた。

私が受けた依頼と同じタイトルの本もあった。
「ああ、あれだな……」と思って本を開くと、
まず文体が、へん。
おかしい。
とても80歳を超えた老人の書いた文章とは思えなかった。

しかも何冊かの本を読み比べてみたが、どれもタッチがちがう!
文章というのは、それを書く人の個性が強烈に出てくる。
ゴッホとセザンヌのタッチがちがうように、書く人に
よってタッチがちがう。
もちろん漢字の使い方、言い回しのしかたもちがう。
そのタッチが、みなちがっていた。

(9)こうしてインチキ本は生まれるが、超有名な教授ともなると、
出版社の中に、その教授専門の部課をおくところもある。
私がよく出入りしていた、N社にもあった。
担当者も特定されていた。

そういう出版社は、その教授と太いパイプでつながれている。
本だけではなく、その出版社は、自社が出すワークブックにも、
その教授の名前を使っていた。
「X教授監修」とか何とか。
たいていはワークブックができあがったあと、電話一本で
了解を取りあっていた。

おそらく……というより、ワークブックが完成するまで、
その教授は、原稿を見ていないはず。
できたあとも、どんなワークブックかも、知らないだろう。

(10)で、こうした出版方法は、今でも、日本の出版界を
牛耳っている。
どこかの医師が突然、育児書を出したりする。
80歳を過ぎた老人が突然、育児書を出したりする。
私がいくら逆立ちしても、内科の本が書けないように、
内科医に育児書など書けるはずがない。
しかしこの世界は、本当に不思議な世界。

「育児書というのは、だれでも書けるもの」という迷信すら
はびこっている。
「医者なら育児書だって書けるはず」と。

何度も書くが、育児書というのは、そこに子どもがいなければ
書けない。
また書けるものではない。
幼児や子どもを教えたことがない人が、どうして育児書を
書くことができるのか。

先にあげたR氏は、すでに亡くなっているが、そのR氏はある本の
前書きで、こう書いている。

「私は3人の孫を通して、育児を学びました」と。

たったの3人!

(11)で、最近、ある雑誌広告を見て、驚いた。
私は若いころ、ある教授のためにワークブックを書いた
ことがある。
1冊や2冊ではない。
シリーズとして書いた。
当初は、私の名前が末尾に載っていたが、途中から、その
教授だけの名前になった。
そういうワークブックが、一時は、書店の一角にズラリと、
並んだこともある。
その教授が、またまた育児書を書いた。
年齢はすでにかなりの年齢になっているはず。

「すばらしいエネルギー」と感心する前に、「まだやっているな」と。
私はそう思った。

が、それにはこんなエピソードがある。

(12)私はそれまでもっぱら幼児向けのワークブック
の制作に、かかわっていた。
そんなある日のこと。
書店で、その教授(当時)の書いたという本を立ち読みした。
名前をK教授と言った。
当時、K教授の名前を知らない人はいなかった。
テレビにもよく顔を出していた。
とたん、体中が燃えるように熱くなったのを覚えている。
その本の中には、こうあった(一部改変、記憶によるもの
なので、不正確)。

●夫婦喧嘩は子どもの前でせよ……意見の対立を教えるよい
機会である。
●遊園地では子どもをわざと迷子にせよ……親子の絆を深めるの
によい機会である。
●家のありがたさをわからせるためには、2、3日、家から
子どもを追い出してみるとよい、などなど。

とんでもない本である。
どうとんでもないかは、(まともな)あなたならわかるはず。
もしあなたの子どもが、夕方まで行方不明になったら、あなたは
どうするだろうか。
またそれが私が本を書くきっかけとなった。

(13)その同じK教授(現在は元教授)が、またまた育児書を
出したという。
何10万部を超えるベストセラーを何冊ももっている人だから、
巨億の富を蓄えたはず。
そんな人が、またまた育児書を出した。

ここでは確定できないが、20年前、30年前の手法を使って
いるのだろうか。
それとも昔書いた本の、焼き直しなのだろうか。
その前に、こうしたK教授は、どこでどのように親や子どもたちと
接点をもっているのだろうか。
本当に自分で書いたのなら、よし。
そうでないなら、そうでない。

雑誌の広告だけなので、何とも判断しかねるが、「?」マークだけは、
何10個も並ぶ。
一度、書店で立ち読みをしたあと、自分なりに判断してみたい。
あるいは今でも、あの(とんでもない自説)を主張しているのだろうか。

そう言えば、当時、「子どもにはナイフをもたせろ」と説いた育児評論家
もいた。
「親子の信頼感を育てるのには、よい方法である」と。

つまり子どもにナイフをもたせることによって、「お前を信じている」
という親の意思表現になる(A新聞社文庫)、と。
その評論家は、「証(あかし)になる」と、「証」という言葉を使っていた。
が、ナイフによる殺傷事件が学校内部でつづくと、その評論家は自説を
ひっこめてしまった。

またその評論家は、親子ともどもで麻薬を吸引していたとかで、逮捕
されている。
数年前のことである。

(14)だからといって、私が正当派というわけではない。
私にも迷いはある。
まちがいはあるだろうし、今書いていることだって、この先、変わって
いくかもしれない。
しかし私はつねにそこにいる子どもたちに問いかけながら、こうして
文章を書いている。
研究室の奥で、空想だけでものを書くというのは、少なくとも私の
やり方ではない。

(15)……ということで、私の愚痴はここまで。
この世の中、要領のよい人は、楽に生きていく。
金を儲けていく。
そうでない人は苦労ばかり。
損をする。
こんなことは本来あってはいけないことだが、日本という
国は、まだそういう国とみてよい。

教授といっても、名ばかり。
たいした研究もせず、肩書きを切り売りして生きている。
そういう教授も、少なくない。
が、本当の被害者は、そういう本を読み、踊らされる親たち
ということになる。

ちなみに、あなたも遊園地で自分の子どもを、わざと迷子に
してみればよい。
それであなたと子どもの信頼関係は、こなごなに崩れるはず。
子どもの心にも、深い傷を残す。
相手が幼児であれば、それがきっかけで情緒障害児の引き金
を引くことにもなりかねない。

……ということで今朝は久々に、軽い怒りから始まった。
8月13日。
今日の予定はとくにないが、午前中に行かなければならない
ところが、2か所ある。
体はややだるいが、がんばるしかない。
がんばります。

おはようございます。

(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 
BW はやし浩司 インチキ本 インチキ育児評論家 インチキ作家 インチキ育児書 
夫婦喧嘩は子どもに見せろ)


【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

休みます。

【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

●春野町、ペンション「シンフォニー」に一泊する

++++++++++++++++++++++

ワイフが、昔、何かの雑誌で読んで知った。
そのとき強烈な印象が、心に残ったらしい。
春野町に、「シンフォニー」という名前のペンションがある。
以来、「一度、そこへ行ってみたい」と。
折につけ、そう言った。

……ということで、今日、やってきた。
あこがれの「シンフォニー」へ!
2010年8月11日。

++++++++++++++++++++++

●標高650メートル

 標高650メートル。
浜松市内とは、10度近い気温差があるという。
ペンションのマスターが、そう言った。
10度というのは、すごい。
理科の勉強では、100メートルごとに、0・6度下がると教える。

着いたのは夕方5時ごろだったが、山全体が独特の冷気に包まれていた。
季節はすでに秋?
ひぐらしの声に合わせて、遠くではツクツクホウシが鳴いていた。
私たちは部屋で一服したあと、そのまま温泉に。

●別世界

 「ここが浜松?」と言いたくなるほど、そこは別世界だった。
雨が心配されたが、空はクリアに晴れ、巨大な入道雲があちこちに見えた。
純白の入道雲で、白い夕日を浴びて、銀色に輝いていた。

 もっともここへ来るのが目的ではなかった。
ドライブが目的だった。
10日ほど前、車をTOYOTAのプリウスに替えた。
「どこかへ行こう」ということで、ここペンション「シンフォニー」にした。
プリウスを買ってから、はじめての遠出。

●星は4つ

 料金は、おとな1人、1泊8300円+消費税。
部屋はログハウス。
ふとん敷きなどは、セルフサービス。
内湯なし。
料理は、ふつう。
……というか、料金と照らし合わせても、ややがっかり。
(ごめん!)
マスの塩焼きとグラタンが並んだが、少なからず、違和感を覚えた。
そんなわけで旅館と思うのではなく、高級バンガローと思って泊まればよい。
それならじゅうぶん、納得できる。

というか、それでもおつりがくるほど、周囲の環境がすばらしい。
遠くに連山をながめ、その下は深い谷になっている。
その環境を料金に含めれば、星は4つの、★★★★。

 風呂から出ると、乾いた冷気が身を包んだ。
「来てよかった」と、私は言った。
ワイフもそう言った。

●午後7時29分

 食事から帰ったあと、ふとんをみなで敷いた。
言い忘れたが、ワイフと私、それに長男。
ログハウスといっても、隣の客の声がよく聞こえる。
隣は、2人の子ども連れ。
「誠司や芽衣みたいだね」と、ワイフと言い合う。
孫の誠司と芽衣をいう。
年齢も近い。

 ワイフと長男は、隣でDVDを観ている。
『愛は静けさの中に』というタイトルのDVD。
一度、観たことがある。
ワイフも観ているはずなのだが、「私は観ていない」とがんばっている。
頭のほうがかなりボケてきたらしい。
心配!

●睡魔

 かく言う私も、このところ、ミスが多くなった。
今朝もミスをした。
ミスというより、失敗をした。

 今朝、私はある中学校で、講演をした。
その地区の幼稚園、小中学校の先生たちが集まってくれた。
で、今日のために昨日、運動をした。
鈍った頭と体では、講演はできない。
朝、仮刈機で空き地の草を刈った。
これが結構な重労働で、30分もすると全身が汗でびしょびしょになった。
ほかにウォーキンマシンの上で、計30分。
夕方になって、自転車で1時間ほど、走った。

 が、これが裏目に出た。
講演は朝の9時からだったが、昨日の疲れがそのまま残ってしまった。
起きたときから、眠かった。
その眠気と闘いながら、講演をつづけた。

●アクセス

 で、昼からドライブをかねて、ここ「シンフォニー」へ。
一度グーグルアースで検索したあと、情報をEメールで自分宛に送る。
そのメールの添付ファイルをSDカードにコピーしたあと、車のナビに。
こうすれば正確に目的地を登録できる。

 が、ここに着くまでに、2度も道に迷った。
ナビの責任というより、「シンフォニー」は、わかりにくい場所にある。
シンフォニーへ来る人は、一度場所をしっかりと地図で確かめてから来るとよい。
ナビは、アテにならない。

 明日、帰るときに、マスターにそのことを話してやろう。
ネットで前もって調べたときも、同じような書き込みがあった。
「アクセスで苦労をしました」と。
標識なり、看板を、もう少し親切に表示したほうがよいのでは……?

●客商売

 こうしたペンションを開く人というのは、それなりの哲学をもった人が多い。
2、3言、会話を交わしただけで、それがわかる。
言葉のはしばしに、ほかの人にはない生き様というか、信念を感ずる。

 が、ここで誤解してはいけない。
こうした客商売というのは、見た目ほど、楽ではない。
楽しくもない。
私も山荘をもったころは、うれしくて毎週のように客人を呼んだ。
民宿の主人にでもなったかのように、客人をもてなした。
しかし数か月もすると、疲れてしまった。

 客人は客人。
何も手伝ってくれない。
せっかくの土日が、(たいてい土日に招待することが多かったので)、
接待だけで、つぶれてしまった。 

 そんなわけで、そのうち1か月に1組になり、数か月に1組になった。
今では、客人を呼ぶことは、めったにない。

●水問題

 あたりはすっかり暗くなった。
時刻は8時を少し回ったところ。
温泉は、午後9時までと聞いている。
寝る前に、もう一度、湯につかってくる。
夕飯を食べ過ぎたせいか、腹が張っている。

 そう、ここの風呂は、温泉とか。
風呂の入り口の上に、効能が示してあった。
しかし水は、どこから来ているのだろう。
こうした山荘で、最大の問題は、「水」。
ガスはプロパンで間に合う。
電気は、半径2キロ以内に家があれば、電力会社が無料で電線を引いてくれる。
しかし「水」はそういうわけにはいかない。
村が近くにあれば、水を分けてもらえると考える人もいるかもしれないが、それは甘い。
村の人たちは、「絶対に」と断言してよいほど、絶対に水を分けてくれない。
こうした山間部では、「水」は、貴重。
長い歴史の中で、水源地を聖地化しているところも多い。
言い換えると、山の中に山荘を建てようと考えたら、まっさきに「水問題」を
解決すること。
それができなければ、山荘はあきらめる。

 (ところで食前にビールをコップに3分の1ほど、飲んでしまった!
私は本当は一滴も飲めない。
そのせいか、軽い頭痛が始まった。
二日酔い?
頭痛薬を半分、水に溶かしてのむ。)

●8月12日(翌日)

 夜中に雨が降り始めた。
近くの木々の葉を打つ音が、一晩中、聞こえていた。
時計を見ると、午前7時、少し前。
軽い頭痛が残っていた。
やはり二日酔いか?

 カーテンを開けると、そこは真っ白な霧に包まれた、別世界。
小雨に混ざって、霧が左から右へと流れる。
朝食は8時から。
私は風呂へと向かった。

●朝風呂

 風呂は小さいが、ゆっくりとくつろぐことができた。
ただし子どもがいっしょにいないこと。
夏休みは、どこへ行っても子どもがいる。
料金も割高。
となりの女湯には、子どもが数人いた。
その子どもたちが、風呂をプールがわりにして、キャッ、キャッと騒いでいた。

 私は子どもは嫌いではないが、こういうところでは、できるだけ子どもを
避けるようにしている。
職業柄、子どもの顔を見ると、気になる。
落ち着かない。

●無意識下の行動

 ところで昨夜、こんな事件があった。
事件と言えるほど、おおげさなことではないが……。

ワイフと長男は、いつものようにDVDを観ていた。
そのときのこと。
私がワイフの右肩に手をかけると、ワイフはすかさず、私の手を、ワイフの右手で
払いのけた。
ときどきワイフが見せる態度である。
最近は少なくなったが、若いころは、よくあった。

 ワイフは、私に対して何かの嫌悪感をもっている。
心の奥に抑圧された欲求不満かもしれない。
あるいはなにかのわだかまり?
ワイフにかぎらない。
家庭に閉じ込められた女性は、多かれ少なかれ、夫に対して何らかの敵意を覚える。
それが長い時間をかけて、欲求不満へとつながっていく。

で、私がしばらくしてから、「どうして払いのけたの?」と聞いたが、ワイフは「覚えて
いない」と。
「さっき、ぼくの手をお前は払いのけただろ?」
「そんなこと、してないわ。あなたの思い過ごしよ」と。

 無意識下の行動であるため、ワイフも覚えていない。
無意識下の行動であるため、かえって深刻。
そのつど不愉快な気分になるが、心の奥にまで私も、ワイフ自身も踏み込めない。
見た目には仲のよい夫婦(?)だが、私たちも仮面夫婦なのかもしれない。

●夫婦

 ワイフもそうだったが、「性」に対して、何らかの嫌悪感をもっている女性は多い。
男性のばあい、劣等感をもつことが多い。
が、女性のばあいは、嫌悪感。
中には、性生活そのものを受け入れられない女性もいる。
「不潔」とか「変態」とか、あるいは「異常」とかいう言葉を使って、性生活を拒否する。

 しかし夫婦のばあい、それがどんな形であれ、「異常」ということはない。
「性」の形は、それぞれの夫婦が決めること。
またそれでよしとすること。
それを乗り越えるのが、夫婦の愛情と理解ということになる。

 私の知っている人には、たがいに公然と不倫を重ねながら、それでいて見た目には
仲のよい夫婦がいる。
一方、ワイフのばあいは、若いころから潔癖症。
それに加えて、がんこ。
もし私が不倫をし、それを知ったら、ワイフは離婚どころか、私を殺したあと、自分も
死ぬだろう。

●雨

外でははげしく雨が降りつづいていた。
昨日の天気予報によれば、今ごろ小さな台風が日本海を北上しているはず。
その影響か。
ここ「シンフォニー」には、テレビはない。
インターネットも携帯電話(au)もつながらない。
「陸の孤島」と言うのはおおげさだが、それに近い。
が、それでも浜松市内。

 場所は、浜松市天竜区春野町。
浜松市内から約60キロ。
時間で1時間半。
実際には、のんびり運転で、2時間もかかったが……。

●ペンション

 私の印象では、ペンションの時代は、終わった?
最近では、市中のビジネスホテルでも、格段にサービスがよくなった。
先週泊まったビジネスホテルは、コーヒーでも飲み放題。
あめ玉サービスもあれば、化粧品サービスもあった。
まさに至れり尽くせり。
それに清潔。
またそうでもしないと、客が入らない。

 一方、シンフォニーは、年数もかなりたっているらしく、バンガロー風。
それはそれでよいが、50代、60代の私たちには、つらい。
最低でも旅館風のサービスがないと、どうも落ち着かない。
が、だからといって若い人向きかというと、そうとも言えない。
最近の若い人は、ぜいたく。

テレビもない。
クーラーもない。
自動販売機もない。
寝具もない。
バスタオルもない。
おまけに布団は、せんべい布団。
それに白いシーツを自分でかけて、横になる。

 若いときなら、こういうところでも眠ることができた。
雑魚寝(ざこね)も、それなりに楽しかった。
が、今は、ちがう。
枕がちがっても、寝づらい。

 が、今の若い人には、それもできない?

●帰り
 
 帰りは、大雨になった。
まれに見る大雨。
台風4号が日本海を通過している。
その影響らしい。

 私たちは歩くような速度で山道をくだった。
ところどころで路肩に車を止めている人もいた。
それほどの雨になると、ワイパーも用なし。
「すごい雨だなあ」
「すごい雨ね」と。
何度も同じ会話を繰り返した。

 ペンション「シンフォニー」の様子は、ビデオカメラに収め、YOUTUBEで
公開した。
興味のある人は、ぜひ見てほしい。
その環境のすばらしさに、あなたも圧倒されるはず。
奥深い山の中で、森林浴を楽しみたい人には、最適。
ただし持ち物には注意すること。
基本的には、食事つきの貸しバンガローと考えて行くこと。

【ペンション・シンフォニー】

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value="http://www.youtube.com/v/bKpYErFxmJ0?fs=1&amp;hl=ja_JP"></param><par
am name="allowFullScreen" value="true"></param><param name="allowscriptaccess" 
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allowfullscreen="true" width="480" height="385"></embed></object>

あるいは、

http://www.youtube.com/watch?v=bKpYErFxmJ0&feature=player_embedded

より。

(はやし浩司 ペンション シンフォニー 浜松市 春野町 貸しバンガロー ログハウス 森林
浴 浜松市の郊外 森の中)


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子育て最前線の育児論byはやし浩司   10年 9月 6日
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●ある母親からの相談

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たまたま2人の母親から、同じような相談が
届いていた。
ひとつつは、掲示板に。
もうひとつは、相談フォームで。

++++++++++++++++++++

【Mさんより、はやし浩司へ】

娘の事です。
いじめとはちがうのかもしれませんが、
転校して初めの1週間は友達ができていたのですが、
みんな離れて行ってしまい、昼休み一人で過ごすことになっています。
ヒマになったら、トイレをしたくなるらしく、昼休み、下痢をしています。
学校には行きたくないと時々言います。
友達に入れてと言う勇気はありますが、「無理」と言われます。娘になにか問題があるのか?
とても悩み、以前担任に聞いてみたら、一人ではないということでした。
娘の感じている孤独は、先生は知らないままで、「大丈夫」の一点張りです。
娘は宿題も手につかないし、悩みが深いので、それを見ている私はどうしたらいいのか、
とても恐怖を感じています。
私は短気で、感情的に娘を育ててきたことをとても後悔しています。
毎日が自己嫌悪の育児でした。娘の性格がおかしくなってしまったのかもしれません。
私自身、感情がコントロールできなくて、心療内科に通ったこともありますが、治らず、
とても苦しいです。
今、このような娘の問題を抱えると、自分の体が震えます。不安で不安で家事もできない
ほどです。
もう一度、担任の先生に相談したいのですが、「モンスターペアレント」と思われたらどう
しよう・・とか、心配症の親だけですまされそう・・・などと考えどうすることもできま
せん。
昼休み、一人で過ごすことに、苦痛を抱えた娘は、もう、見守るしかないのか?
この状況を受け入れることを頑張って考えてみるのですが、なかなか頭をきりかえるのが、
難しく、説教でもいいので、どうかお返事をいただきたいです。
よろしくお願いいたします。(以上、原文のまま)

【はやし浩司よりMさんへ】

 どの家庭も、どの親子も、みな、うまくいっているようで、うまくいっていません。
こうした問題では、「私だけが……」とか、「私の娘だけが……」とかいうように、
悩んではいけません。
また悩む必要はありません。
みんなそうです。

またそうであるからといって、自分を責めてはいけません。
みんな懸命にがんばっています。
じゅうぶんすぎるほど、がんばっています。
が、どこかで小さな歯車が狂う。
狂ったまま、それが日々の積み重ねとなってしまう……。

たまたま掲示板のほうにも、こんな相談がありました(2010年8月)。
それをそのまま紹介させてもらいます。

+++++++++++++++++++++++

●掲示板へ

家族構成 祖父母・夫・私・娘(小3)息子(年中)
娘について相談させて下さい。

去年半年程不登校になり先生のHPを参考にスキンシップ、温かい無視など出来るだけ
実践し復学できるまでになりました。
それでもまだ私の顔色を見たり指示、許可を求めるところなど気になります。
私は怒鳴って叱りつけることはありませんが、育児の指針がなく不安定です。

二世帯住宅で同居している実の両親と話はしますが心を開くことができません。
両親共に許容範囲が狭く、干渉してきます。
両親は不仲で会話は全くありません。

私の子ども時代はTV一つにしても見る時間、番組、姿勢など細かく注意されてきした。
そういったことからくる潜在的意識なのか、
子どもがTVを見ているだけで許せなくなってしまう時があります。
そういった日によって違う子育てがよくないのは頭ではわかりますが
自分をコントロールできません。
経済的に別居は無理です。(一部改変)

+++++++++++++++++++++++++

●みんな不安なんですよ!

 こう見えても(?)、私も毎日、不安で孤独です。
正直に告白しますが、毎日、さみしいです。
何をしていても、さみしいです。
友だちも少なく、3人の息子もいますが、自分たちの生活で精一杯。
『便りのないのは、よい知らせ』とはいいますが、その便りも、数か月に1度あるか、
ないかだけ。

 このところ毎日のように、「私たちの子育ては、いったい何だったのか」と、よく考え
ます。
気がついてみたら、そこにはだれもいない。
がんばってきたはずなのに、その実感がない。
貯金も、子どもたちの学費で使い果たしてしまった。
「どうやって老後を過ごそうか?」を考える前に、「どうすればみなに、迷惑をかけないで
死ねるか?」。
そんなことばかりを考えています。

 が、幸いなことに、目が見える。
音が聞こえる。
歩くことも、自転車に乗ることもできる。
さらに幸いなことに、今の私は健康です。
したいことができます。
言い替えると、それ以上、私は何を望むことができるのでしょうか。

●ないものをさがさないで……

 Mさんにしても、掲示板に書き込みをくださった人も、(ないもの)を、
さがしてはいけません。
(ないもの)をねだってもいけません。
またそういう自分を、嘆いてもいけません。
(そこにあって、あなたに見つけてもらうのを、そっと待っているもの)を、
さがしてみるのです。
たくさんあるはずです。
またその価値に気づくのです。

 2人とも娘さんのことで悩んでおられれるようですね。
お子さんの年齢も、近いのでは?
お気持ちはわかりますが、「あそこが悪い」「ここが悪い」と考えていると、
視野がどんどんと狭くなってしまいます。
それともあなたは、自分の娘さんに、いったい、どうなってほしいのですか。
どうであれば、あなたは満足するのですか。

 私の印象では、あなたの娘さんがどうなっても、あなたの心配や不安は解消
されないと思います。
あなた自身が、(不平・不満)のかたまりだからです。
それが娘さんという対象に、「投影」しているだけ!

それが(心配)の種となって、あなたを悶々と苦しめている……。
わかりやすく言うと、自分の心の隙間を埋めるために、娘さんを利用しているだけ。
つまり娘さんには、どこにも問題はない!
よく見てください。
どこにも問題はない!

 健康でしょ!
あなたのそばにいるでしょ!
あなたと話をするでしょ!
心が通い合っているでしょ!

 なのにあなたは満足できない?

●夢と希望

 人は夢と希望をもって生きる動物です。
夢や希望がなかったら、生きていくことはできません。
が、どんな小さなものであって、夢や希望があれば、生きていくことができます。

 が、夢や希望は、向こうからやってくるものではありません。
自分で作るものです。

あなたは誤解していますよ。
あなたは娘さんのことを悩んでいます。
しかしそれはあなたの勝手です。
それ以上に、あなたの娘さんは、あの小さい心で、あなた以上に悩んでいます。
が、あなたは自分のことしか、考えていない。
自分だけが不幸だと思っている。
しかし本当に不幸なのは、娘さんのほうです。

 だからあなたが娘さんに言うべき言葉は、「〜〜しなさい」ではなく、「あなたも
苦しいのね」と、娘さんの立場に立つことです。
くだらない親意識は、捨てなさい。
上下意識は捨てなさい。
あなたが心を開かないで、どうして娘さんが、心を開くことができるでしょうか。

 もう一度、あなた自身が自分の人生を送るつもりで、……つまりあなたが送りたかった
人生を再現する形で、娘さんと人生を共にすればよいのです。
あなたは子どものころ、どんなことをしたかったですか?
あなたの母親に、どんなことをしてもらいたかったですか?

 それを今、実行すればよいのです。
思い切ってやればいいのです。
今のあなたなら、それができるはずです。
せっかくのチャンスでは、ないですか!

 はっきり言いましょう。
「学校へ行きたくない」と娘さんが言ったら、あなたもこう言えばよいのです。
「私も行きたくなかった」と。
「行きたくなかったら、行かなくてもいいのよ。無理をしないでね」と。

それともあなたは優等生で、一流高校、一流大学を出ていますか?
そうでないと思います。

 あまり気負わないで、肩の力を抜いて、娘さんといっしょに遊びなさい!
人生を楽しみなさい!
学校、学校といいますが、中身は、どうせつまらない(勉強)ですから……。

●運命を受け入れる

 あなたは苦しんでいる。
しかしそういう親のほうが、真の愛に近いのですよ。
中には、幸運にも(?)、何も問題なく子育てする人もいます。
数は少ないですが、います。
しかしそういう人は、ただの親から、ただの人で終わってしまう……。
その苦労の最中には、苦しいことかもしれません。
「どうして私だけが……」と思うものです。

 しかしだからこそ、それを乗り越えたとき、あなたはその先に、広い平原を見ること
ができます。
どこまでも広く、おおらかな平原です。
無数のドラマもそこから生まれます。
そのドラマにこそ、生きる価値があるのです。

つまり、子育ても山登りに似ています。
登るときは苦しいですが、登り切ったときの達成感がすばらしい。
だから登山家たちは、山に登るのです。

 ただひとつ条件があります。
いやいや登ってはいけません。
楽しんで登るのです。
が、今のあなたは、何を見ても、「いやいや」ですね。
では、そういうときは、どうするか?
方法は簡単です。

 『運命は受け入れ、居直るのです』。

●運命
  
 運命論については、たびたび書いてきました。
私たちの体には、無数の「糸」がからみついています。
社会の糸、家庭の糸、家族の糸、親子の糸、過去の糸、両親の糸などなど。
そういった糸が無数にからんで、私たちの進むべき方向を決めてしまいます。
ときに私たちを望まない方向に、引っ張っていってしまう。
それが「運命」です。

 そうした運命を感じたら、「あきらめ、受け入れる」。
娘さんのことについて言うなら、「ようし、十字架のひとつやふたつ、背負ってやる」と
宣言してみてください。
娘さんの悩みや苦しみを、共有するのです。
とたん、気が楽になりますよ。
気が晴れますよ。
その先に、道が見えてきます。

 運命というのは、それに逆らえば、キバをむいて、あなたに襲いかかってきます。
しかしいったん、受け入れてしまえば、運命はシッポを巻いて向こうから去っていきます。
運命というのは、そういうものです。

 あなたは今、何か病気をしていますか?
どこか具合が悪いですか?
が、もしそうでないなら、今、ここに元気で生きていることを喜びなさい。
まだ若いですよ。
36歳というと、もっとも輝いている年齢です。
こんなことを書くと不謹慎かもしれませんが、女性にしても、もっとも美しくなる年齢
です。

 だからあなたも心を開いて、通りを歩いてみればよいのです。
私は見える。
私は聞こえる。
私は歩くことができる、と。

 そのすばらしさに、もっとすなおに感動してみてください。
生きていることの、すばらしさに、もっとすなおに感動してみてください。
とたん、娘さんの問題など、どこかへ消えてなくなりますよ!

●あとは……

 あとは愛情。
「私はどんなことがあっても、あなたを守ってあげますよ」と。
口に出して言うことでもないですが、その覚悟だけはしっかりともち、(仮にあなたが
今、娘さんに愛を感じていなくても……)、あとは娘さんを、その愛情でくるんで
あげます。

『暖かい無視』というのは、そういう意味です。

 そしてここが重要ですが、(1)やり過ぎないこと。
(2)求めてきたときが与えどきと心得ること。
(何かを相談してきたら、そのときは、真剣に応じてあげる。)
(3)娘さんから視点をはずし、あなたはあなたで、したいことをする、です。

 私も毎日、ささやかな夢と希望を作りながら、生きています。
たまたま明後日もある地区で講演会があります。
みなに拍手で迎えられ、拍手で見送られます。
見た目には、派手な生活ですが、講演をする私自身は、孤独です。
そこに200人いようが、1000人いようが、孤独です。
心の隙間を埋めることはできません。
また私自身がかかえている問題については、何一つ、役に立ちません。
講演をするからといって、孤独が癒されるということはないということです。

 ただゆいいつの楽しみは、たいてい最後列で、ワイフが私を見ていることです。
私はそういうワイフの顔をチラチラ見ながら、話します。
それだけが希望です。

 またこの9月には、40年来の友人が我が家に来ます。
オーストラリア人です。
学生時代、2人で、オーストラリアの夏を過ごしたことがあります。
が、最近がんを患い、日本へやってきます。
1か月の滞在になるのか、3か月の滞在になるのかは、わかりません。
しかし私は彼が「帰る」というまで、我が家に泊めてあげるつもりでいます。
「いたいだけ、いていいよ」と、メールには書きました。
それが希望です。
私にとっては、希望です。

●Mさんへ

 人生は短いですよ!
あっという間に終わりますよ。
だったら、今、ここで人生を楽しむのです。
娘さんといっしょに、楽しむのです。
心を開いて、娘さんといっしょに、外に向かって歩くのです。
自由の空気を思う存分、吸い込むのです。
体はあとからついてきます。

 あなたの娘さんは、すばらしい子どもですよ。
どこかのドラ娘たちとは、ちがうでしょ。
繰り返しになりますが、このメールを読み終えたら、あなたの娘さんにこう言って
あげてください。

「お母さんも苦しかったけど、あなたも苦しかったのね。ごめんね」
「お母さんがつらかった以上に、あなたもつらかったのね。ごめんね」と。
負けを認めます。
つっぱっていないで、すなおに負けを認めます。

 それですべての問題は解決しますよ。
……というか、何も問題はありませんよ!


Hiroshi Hayashi+++++++Aug. 2010++++++はやし浩司

【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

●真夏の夜の大ロマン(宇宙人は、私たちに何をしたのか?)

+++++++++++++++++

以前、ドレイクの公式について
書いた。(2009年11月)
「宇宙人が存在する確率」を求める公式
ということになる。

そのドレイクの公式について、もう
一度、考えてみたい。

その前に、以前書いた原稿を、再掲載
する。

++++++++++++++++++

●知的生命体

 先日、ある本を読んだ。
それには、こうあった。

現在、文明が存在する確率は、銀河系(銀河系だぞ!)、
20個の銀河につき、1個分程度だそうだ(「宇宙と地球を動かす科学の法則」(PHP))。
つまりこの地球に、われわれ地球人という知的生物(?)がいるということは、
この銀河系には、ほかに文明を築くほどの知的生物は、ほぼいないということになる。
が、それでも、この大宇宙には、数千億個の銀河系があるから、全体では、
約50万個以上の知生体文明があることになるという。

 50万個以上! (すごいね!)

 この計算の基礎になっているのが、ドレイクの法則。
つまり「銀河文明の法則」と呼ばれているものだそうだ(同書)。

N=RfL

R; 銀河系で1年間に生まれる星の数
f;1つの星のまわりに知生体が生まれる確率
L; 知生体の文明が存続する年数

 が、この計算には、重大な欠陥がある。
つまり、「自滅指数」。
それを組み込んでいない。

 人間が知的生物かどうかという議論はさておき、知的生物は、その進化の過程で
エネルギーを大量に消費するようになる。
そのとき環境を破壊する。
かつての火星がそうだったかもしれない。
あるいは現在の地球がそうかもしれない。
結果、知的生物は、そのまま自滅する。

 そこで知的生物が、宇宙へ飛び出す確率となると、きわめて少ない……というより、
惑星の大きさに比例することになる。
それが「自滅指数」ということになる。

 惑星が小さければ小さいほど、環境破壊が起こりやすくなる。
そのため知的生物がいたとしても、宇宙へ飛び出すほどまで、じゅうぶん進歩する
前に、自滅してしまう。
一方、惑星が大きければ大きいほど、環境破壊は起こりにくくなる。
環境が破壊される前に、解決方法を見つけたり、あるいは宇宙へ飛び出したりする。

 では、この地球は、どうか?
それには、隣の火星と比較してみればよい。

 かつてはあの火星も、地球と同じような、水の惑星であったという。
それが何らかの理由で、現在のような火星になってしまった。
人類と同じような知的生物がいて、進歩の過程でやはり、環境を破壊してしまった。
……という説もある。

 火星の直径は、地球の半分程度。
体積は10分の1程度。
その分だけ、大気の層も薄かったにちがいない。

 そこで私が考えた、「自滅公式」。

J=Ax(惑星の直径)

 自滅までの年数(J)は、(惑星の直径)に比例する。
Aは係数だが、地球人と火星人の自滅までの年数を入れて計算すれば、求まるはず。
たとえばこの地球人が新石器時代をやっと抜け出たのが、今から約5500年前。
この先、約数百年で滅亡するとして、長くても6000年。

 この6000年という年月は、宇宙的時間の中で見れば、星がまばたきする
一瞬より短い。
つまりこの大宇宙に現在、50万種類の知的生物がいるといっても、それは一瞬
にすぎない。
一瞬に生まれ、つぎの一瞬には、滅亡する。
この公式をドレイクの公式に上乗せすると、知的生物どうしが、たがいに接触する
などということは、計算上、さらにありえないということになる。

●知的生命体

 が、現実には、UFOは存在する。
(私とワイフは、巨大なUFOを目撃している!)
ということは、それに乗っている宇宙人は、宇宙人というより、私たちの仲間、
もしくは同類とみてよい。

 が、これについても、あのホーキング博士は、こんな興味深い事実を、講演の中で
述べている。
「同時に、2つの知的生命体は共存しえない」と。

 仮に近辺に、2つの知的生命体が同居したとする。
その知的生命体は、どういう形であれ、他方を抹殺するまで、戦争を繰り返す、と。
となると、地球人と、あのUFOに乗っている宇宙人との関係を、どう考えたらよいのか。

 2つの知的生命体が、同時にこの太陽系という小さな世界で、誕生する確率は、ゼロ。
しかも2つの知的生命体が共存できるという可能性も、ゼロ。
しかし現実には、(あくまでも私の個人的な体験に基づくものだが)、宇宙人は近くに存在
する。
となると、そこから引き出される答は、ただひとつ。

 私たちがいうUFOに乗った宇宙人というのは、別の知的生命体ではなく、私たち自身、
もしくは、その仲間ということになる。

 もう少し詳しく「宇宙と地球を動かす科学の法則」(PHP)を、詳しく読んでみよう。
そこには、こうある。

「この100年間に人口は5倍以上に増加しているし、放出した炭酸ガスは大気中に、
1・5倍にもなっています。
このままいきますと、2050年には100億人に達し、大気中の炭酸ガスも、
400ppmに達すると言われています。
こうなると温暖化が進行し、海水の水位が上昇することになります。
その高さは100メートルに達するという説もあります」(同書、P35)。

「すべての星に生命の誕生する惑星が1つずつあるとすれば、図の式(後述)から
わかるように、0・05〜0・005程度となります。
これでは銀河系の中でたがいに通信できる知生体はありそうでないということに
なってしまいます。
人類はこの銀河の中で、唯一無二なのかもしれません」(P36)。

 が、その人類も、このままでは、文明を築いてから、「200年」で、滅亡しようと
している(同書)。

【ドレイクの公式】

銀河系で考えると、ドレイクの公式(N=RfL)により、

R;0・5
f;10億分の1
L;1000万〜1億
N=0・05〜0・005

 しかしたった「200年」(同書)では、どうしようもない。
「6000年」でも、どうしようもない。

 ……こう考えていくと、私たち人類が、こうしてこの地球上の存在していること自体、
奇跡中の奇跡ということになる。
が、その価値を、人類は、いまだに理解できないでいる。
私も含めてどの人も、そこに私がいて、あなたがいるということを、当たり前のように
考えている。
しかしこれほど、もったいないというよりは、恐ろしいことはない。
人類は、その奇跡を自ら、末梢しようとしている。
地球火星化という問題の前では、第一次世界大戦も、第二次世界大戦も、ただの
小競(こぜ)りあい程度のものでしかない。

 では、どうするか?

 ドレイクの公式の中の(L)値を大きくするしかない。
文明の進化の速度を落としてでもよいから、人類の存続する年数を長くする。
長くしながら、その間に、人類は、より賢くなる。
現在のように、サルが核兵器をもったような状態で、人類が長く存続できると
考えるのには、無理がある。
あと10年もすれば、そこら中の国々が核兵器をもち、あちこちで、
戦争を始めるようになるかもしれない。
そうなれば、「200年」も、むずかしいということになる。

 さあ、みなさん、もっと賢くなろう!
自分で考える力を、身につけよう!
人類を救うために!
(少し大げさかな? 自分でもそれがよくわかっています!)

(はやし浩司 知的生命体 存在の確率 宇宙人 存在 確率 家庭教育 育児 教育評
論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司BW はやし浩司 知的生命体 宇宙人 
知的生命 銀河系 ドレイクの公式)

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

●宇宙人

 2か月前に、「聖書」について書いた。
もう一度、そのとき書いた原稿を読んでみてほしい。

++++++++++++++++++

●聖書(Ryrie版聖書より)

1 THE CREATION OF THE WORLD
世界(天地)の創造

A The begining of Creation
創造の始まり

In the begining God created the heavens and the earth.
最初に神は、天と地を創造した。

Now the earth was formless and empty, darkness was over the surface of the deep, and 
the Spirit of God was hovering over the water.
そのとき大地は、形がなく、空だった。
暗闇が深淵の表面をおおい、神の霊が、水の上をただよっていた。

B The Days of Creation
創造の日々

And God said, "Let there be light", and there was light.
そして神はこう言った。「光よ、あれ」と。すると光が現われた。

God saw that the light was good, and he separated the light from the darkness.
神は光がよいことを知った。そこで神は、光を暗闇から分けた。

God called the light "day", and the darkness he called "night".
神は光を、「昼」と呼び、暗闇を「夜」と呼んだ。

And there was evening, and there was morning-the first day.
そして夕方と朝があった。それが第1日目だった。

 ……このあと神は、地上のもろもろのものを創造し、第6日目に、「自分に似せて、人間
を創造する」(So God created man in his own image, in the image of God he created him; 
male and female he created them.)

++++++++++++++++++

 聖書を否定する人たちは、まっさきにこの部分を指摘する。
「人間は20数万年という進化の過程を経て、人間になった。
たった6日の間に、神によって作られたのではない」と。

 しかし聖書でいう「日」は、あくまでもたとえに過ぎない。
「6日」だから、今で言う24時間x6=6日というわけではない。
「段階を経て」という意味であり、またそう解釈すると、ここに書いてあることが
まちがっているというよりは、まさに地球と人類の歴史そのものであることがわかる。
が、それはそれとして、この部分で重要なことは、「神は自分に似せて、人間を創造した」
という部分。
神はどうやって、自分に似せて人間を創造したのか?

 そこで登場するのが、遺伝子操作説。
UFOを信ずる人の多くは、人間は宇宙人の遺伝子を組み込まれて、今に見る知的
生物になったと考える。
実のところ私もその1人だが、若いころ東洋医学(漢方)を勉強していて、それに
気づいた。

●謎の書物『黄帝内経(こうていだいけい)』

 東洋医学のバイブルと位置づけられているのが、『黄帝内経・素問・霊枢』。
黄帝というのは、中国では伝説上の帝王ということになっているが、まったくの架空の
人物だったかというと、そうでもない。
司馬遷の『史記』は、この黄帝で始まっている。

 その黄帝は、私の計算によれば、今から5500年ほど前。
紀元前3500年ころ。
ちょうど黄河文明が、それまでの新石器時代に別れを告げて誕生したころ、この地上に
現れた。
私がその黄帝内経に興味をもつようになったいきさつについては、何度も書いてきた。
やはり以前書いた原稿を、そのままここに紹介させてもらう。

この原稿の中で、とくに注意してほしい部分は、つぎの点である。

 黄帝が岐伯(ぎはく)に、「この宇宙はどうなっているか」と聞いたときのこと。岐伯は、
「岐伯曰地為人之下太虚之中者也」(「五運行大論篇」)と答えている部分。

これを訳すと、「地は人の下にあります。しかも宇宙の真中に位置します」(小曾戸丈夫氏
訳)、あるいは「地は人の下にあり、虚空の中央にあるものです」(薮内清氏訳)となる。

 わかるかな、この科学性!

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

●神々の言葉

 私はどういうわけか、黄帝内経(こうていだいけい)という書物に興味をもっている。
漢方(東洋医学)のバイブルと言われている本である。東洋医学のすべてがこの本にある
とは言わないが、しかしこの本がその原点にあることはまちがいない。

 その黄帝内経を読むと、最初に気づくのは、バイブルとは言いながら、聖書の記述方法
と逆であること。黄帝内経は、黄帝という聖王と、岐伯(ぎはく)という学者の問答形式
で書かれているが、黄帝はもっぱら聞き役に回っているということ。そしてその疑問や質
問、さらには矛盾につぎつぎと答えているのは、岐伯のほうであるということ。

 一方聖書(新約聖書)のほうは、弟子たちが、「主、イエスキリストは、このように言っ
た」という形式で書かれている。つまり弟子たちが聞き役であり、キリストから聞いた話
をその中に書いている。

 そこでなぜ、黄帝内経では、このような記述方法を使ったかということ。もし絶対的な
権威ということになるなら、「黄帝はこう言った」と書いたほうがよい。(そういう部分も
あるが……。)岐伯の言葉ではなく、黄帝の言葉として、だ。しかしこれには二つの理由が
考えられる。

 黄帝内経という書物は、医学書として分類されている。前一世紀の図書目録である、漢
書「藝文志」に医書として分類されていることによる。ここで医書として分類されたこと
が正しいかどうかという疑問はある。さらに「医書」という言葉を使っているが、現代流
に、だからといって「科学、化学、医学」というふうに厳密に分類されていたかどうかと
いう疑問はある。

が、それはさておき、仮に医書であるとしても、それは今で言う、科学の一分野でしかな
い。科学である以上、絶対的な権威を、それにもたせるのは、きわめて危険なことでもあ
る。その科学に矛盾が生じたときのことを考えればよい。矛盾があれば、黄帝という聖王
の無謬性(一点のまちがいもない)にキズがつくことになる。ここが宗教という哲学と大
きく違う点である。つまり黄帝内経の中では、岐伯の言葉として語らせることによって、「含
み」をもたせた。

 もうひとつの理由は、仮に医書なら医書でもよいが、体系化できなかったという事情が
ある。黄帝内経は、いわば、健康医学についての、断片的な随筆集という感じがする。し
かし断片的な随筆を書くのと、その分野で体系的な書物を書くのは、まったく別のことで
ある。たとえばこの私は、こうして子育てについての随筆をたくさん書いているが、いま
だに「教育論」なるものは、書いていない。これから先も、多分、書けないだろうと思う。

もう少しわかりやすい例で言えば、日々の随筆は書くことはできても、人生論を書くこと
はできない。できないというより、たいへん困難なことである。つまり黄帝内経は医学書
(科学書でもよいが)といいながら、体系化できるほどまでに完成されていない。これは
実は聖書についても同じことが言えるが……。


●黄帝内経(こうていだいけい)の謎

 私が黄帝内経(こうていだいけい)という書物に、最初に興味をもったのは、その中に
つぎのような記述があることを知ったときのことだ。

 黄帝が岐伯(ぎはく)に、「この宇宙はどうなっているか」と聞いたときのこと。岐伯は、
「岐伯曰地為人之下太虚之中者也」(「五運行大論篇」)と答えている。これを訳すと、「地
は人の下にあります。しかも宇宙の真中に位置します」(小曾戸丈夫氏訳)、あるいは「地
は人の下にあり、虚空の中央にあるものです」(薮内清氏訳)となる。

しかしもう少し、漢文に厳密に翻訳すると、こうなる。「地は、人の下にあって、太虚の中
にある」と。「地が、人の下にある」というには、常識だが、(またなぜこうした常識をあ
えて付け加えたかというのも、おもしろいが)、「太虚の中にある」というのは、当時の常
識と考えてよいのか。漢書「藝文志」という図書目録が編纂されたのは、前一世紀という
ことになると、少なくとも、それ以前の常識、あるいはこの部分が仮に唐代の王冰(おう
ひょう)の増さんによるものだとしても、西暦七六二年の常識ではなかったはずである。

ここでいう「太虚」というのは、「虚」の状態よりも何もない状態をいう。小曾戸氏も薮内
氏も、「太虚」の訳をあいまいにしているが、太虚というのは、空気という「気」もない状
態と考えるのが正しい。「空気」というのは、読んで字のごとく、「カラの気」という意味。
気のひとつである。その気がない状態を、虚。さらに何もない状態を太虚という。今風に
言えば、まさに真空の状態ということになる。

 もしここで王冰の増さんによるとするなら、なぜ王冰が、当時の常識的な天文学の知識
に沿って、この部分を書かなかったかという疑問も残る。当時の中国は、漢の時代に始ま
った、蓋天(がいてん)説、こん天説、さらには宣夜説が、激論を戦わせていた時代であ
る。恐らく事実は逆で、あまりにも当時の常識とはかけ離れていたため、王冰は、この部
分の増さんには苦心したのではなかろうか。(あくまでも王冰の増さん説にのっとるならの
話だが……。)

その証拠に、その部分の前後には、木に竹をつぐような記述が随所に見られる。つまりわ
ざと医学書らしく無理をして改ざんしたと思われるようなところがある。さらに百歩譲っ
て、もしこの部分が、大気の流れをいうものであるとするなら、こんなことをこんなとこ
ろに書く必要はない。この文につづくつぎのところでは、気象の変化について述べている
のである。王冰としても、散逸した黄帝内経を改ざんしながらも、改ざんしきれなかった
のではないかと思う。

 話はそれたが、私はこの一文を読んだとき、電撃に打たれるような衝撃を受けた。当時
の私は、「黄帝」を、司馬遷の「史記」の第一頁目をかざる、黄帝(「五帝本紀第一」)の黄
帝ととらえた。その黄帝との問答であるとするなら、その時代は、推定でも、紀元前参五
〇〇年。今から五五〇〇年前ということになる。(だからといって、黄帝内経がそのころの
書物というのは、正しくないが……。)少なくとも、この一文が、私が漢方にのめりこむき
っかけになったことには、まちがいない。


●黄帝内経(こうていだいけい)は改ざんされたか

 黄帝内経(こうていだいけい)は、時代によって、そして写本化されるたびに、改ざん
された。それぞれの研究家や医家たちが、自分たちにつごうがよいように、古い文句を削
り、新しい文句を付け加えた。これは動かしがたい事実である。

 たとえば「五運行大論篇」においても、天地の動静を岐伯(ぎはく)が説明したあと、
薮内氏の訳した本のほうでは、「上の司天は右転し、下の在泉は左転し、左右から三六五日
余でまたもとの位置にもどる」とあるが、王冰が編さんとしたとされる黄帝内経を訳した、
小曾戸氏のほうでは、「歳運は五年で交替するのに六気は六年で交替するのですから、運と
気のめぐり方には一年のずれを生じます……」とある。

薮内氏のほうは、中国本土にも残っていない黄帝内経(京都の仁和寺所蔵)を翻訳したも
のと思われる。つまり、より原書に近いとみてよい。一方、王冰の黄帝内経は、無理に医
書に位置づけようとした痕跡が随所に見られる。この部分もそうだが、さらにこれはとて
も残念なことだが、翻訳した小曾戸氏の翻訳にも、その傾向が見られる。たとえば小曾戸
氏は、随所に、「気」という言葉を補って翻訳している。たとえば……

 「上者右行」を、「司天の気は右にめぐり」と訳すなど。(原文には「気」などという言
葉はどこにもない!)

 こうした改ざんは、意味不明で、難解な文章を何とか理解しようしたために改ざんされ
たともとれるが、もうひとつは当時の常識に当てはめようとしたためになされたとも考え
られる。中国には、地球説はおろか、地動説すらなかったという常識に従ったとも考えら
れる。そういう時代に、地球説を唱え、地動説を唱えたらどうなるか。ヨーロッパでそれ
をしたため、弾圧された人すらいた。コペルニクスが、その人である(一五四三年「天球
の回転について」)。

宇宙創造に関する記述は、それ自体が宗教と密接に結びついている。さらに中国では、中
国式権威主義がはびこり、その権威からはずれた学説は、容赦なく排斥された。そういう
時代的背景を忘れてはいけない。

 が、それでも地動説の片りんが残った! 私たちが黄帝内経を科学書として着目しなけ
ればならない点は、まさにこの一点にある。そして今、私が黄帝内経の中の地動説を唱え
るについて、多くの人は、「解釈の曲解だ」「なるほどそういうふうに考えれば考えられな
いこともない」というように反論する。しかしこの視点はおかしい。

もしこの部分が、あからさまに地球説をいい、地動説をいっていたとしたら、まっさきに
削除されたであろうということ。それにゆえにあいまいに改ざんされたともとれるし、あ
いまいであるがゆえに、今に残ったというふうに考えられる。今、あいまいだからといっ
て、さらにその内容を負(マイナス)の方向に引くことは許されない。私たちが今すべき
ことは、そのあいまいな部分を、よりプラスの方向に引きつけて、その向こうにある事実
を見ることなのである。「そういうふうにも解釈できる」という言いかたではなく、「改ざ
んしてもしきれなかった」という言いかたにすべきでなのである。


●三六五日余で、もとに戻るものは何か

 黄帝内経(こうていだいけい)には、黄帝が、天地の動静はどうかと聞いたことに対し
て、「上の司天は右転し、下の在泉は左転し、左右から三六五日余でまたもとの位置にもど
る」とある。ここで考えることは、「何が、戻るか」である。

 今、高校生に、「天地の動きの中で、三六五日余でもどるものは、何か」と聞けば、彼ら
は迷わずこう答える。「地球」と。そう、地球の公転である。地球は、太陽のまわりを、三
六五日余で一周し、またもとの位置に戻ってくる。こんなことは常識。

 しかし黄帝内経読むときは、あえてこの常識は否定される。第一、私たちは黄帝内経は、
医学書であって、科学の本ではないという前提で読む。第二、私たちは黄帝内経の時代に、
そんな常識はなかったという前提で読む。しかしもう一度、この部分を、すなおに読んで
ほしい。こうある。

 「黄帝は問う。天地の動静はどうかと」。この部分をすなおに読めば、黄帝は地球の動き
について聞いたものだということがわかる。季節の移り変わりを聞いたものではない。い
わんや大気の変化を聞いたものではない。そういうふうに思わせるように改ざんされただ
け、と考えるほうが正しい。その理由はいくつかある。

 もし季節の変化や大気の変化を述べるためになら、この文章を地球説、地動説のあとに
書く必要はない。関連性がまったくなくなってしまう。

 つぎにもし季節の変化大気の変化を述べているとしても、そんなことは当時の常識で、
改めて書くまでもないことである。仮に季節の移り変わりを書いたものであるとするなら、
それこそまさに木に竹をつぐような文章になってしまう!

 ただ翻訳自体もわかりにくくなっている。これを訳した薮内氏自身も、「中国には地球説
はおろか、地動説すらなかった」(「中国の科学」)と述べている。薮内氏自身も、そういう
前提で訳している。だからあえて、わかりにくく訳した。とくに私の頭を悩ましたのは、「左
右から」という部分である。何が、左右から、なのか。あるいは薮内氏は、「……から」と
訳したが、本当にそれは正しいのか。「左右に」もしくは、「左右に(回って)」と訳したら
いけないのか。もし「左右に(回って)」と訳すと、意味がすっきりする。

 「上の司天は右転し、下の在泉は左転し、左右に回って三六五日余でまたもとの位置に
もどる」と。

 地球の公転するさまを、南の位置(上の司天)からみると、時計回りに回っている。つ
まり右転している。北の位置(下の在泉)からみると、時計とは反対回りに回っている。
つまり左転している。こうして右転、左転しながら、回る、と。黄帝内経のこの部分は、
まさにそれをいったものである。
 

※コペルニクス
(ラテンNicolaus Ccpernicus ニコラウス―)本名はコペルニク。ポーランドの天文学者
で、ローマカトリック教会の聖職者。ギリシア思想の影響を受け、肉眼による天体観測に
基づいて地動説を提唱。著書「天球の回転について」は、教会との摩擦を避けて死の直前
に刊行された。(一四七三〜一五四三) 

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

●大ロマン

 遠い昔、推定では今から5500年ほど前、きわめて知的能力のすぐれた生命体が、
この地球にやってきた。
そして何かの目的があって、人類の祖先に、彼らの遺伝子を組み込んだ。
同時に、その子孫に、(1)科学と、(2)哲学を教えた。

 そうして開花したのが、黄河文明と、メソポタミア文明ということになる。

 黄河文明に落とした「科学」は、その後「医学」と姿を変えた。
メソポタミア文明に落とした「哲学」は、その後「宗教」と姿を変えた。
それらが東洋医学の原点であり、キリスト教の原点ということになる。

 ……というのは、ひとつの、はやし浩司説に過ぎない。
しかし想像するだけでもワクワクするような話ではないか。
(自分でワクワクしていても、しかたないが……。)

私はこの種の話が大好きで、眠られぬ夜は星々をながめながら、よくそれを想像する。
が、まったくのデタラメかというと、そうでもない。
何度も書くが、私とワイフは、ある夜巨大なUFOを目撃している。
見たものは見たのであって、これまたどうしようもない。
「あのはやし(=私)は、頭がおかしい」と言われても構わない。
この年齢になって、ウソは書きたくない。
同時に世俗的な常識の中に埋もれるのも、いや。
見たものは、見た!

 だとするなら、あの夜見たものは、何だったのか。
……ということを過去へとつなげていくと、ここに書いたような話になる。
なおこの世界では神様のように思われている、デニケンもシッチンも、同じような説を
唱えているが、黄河文明については、一言も触れていない。
黄帝内経についてはさらにそうで、黄帝内経宇宙人説は、はやし浩司のオリジナルである。
もし私を疑うようなら、つぎの原稿をじっくりと読んでみてほしい。
まさに、壮大な謎とロマン。
私が書いた『目で見る漢方診断』(飛鳥新社版)の末尾に掲載した原稿である。
この原稿を読めば、(かなり難解であることを覚悟して読んでほしいが)、私の書いている
ことが、けっして荒唐無稽なデタラメでないことがわかるはず。

HPを紹介しておく。

+++++++++++++

黄帝内経・世界最古の地動説

++++++++++++++++++++++++++

http://shizuoka.cool.ne.jp/bwhayashi/page055.html

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 真夏の夜、眠られない夜がつづいたら、ぜひ一読してみてほしい。


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BW はやし浩司 黄帝内経 地動説 宇宙人創造説 太虚 真空 はやし浩司 黄帝内経
の謎 謎の黄帝内経 司馬遷 史記 世界最古の地動説 シュメール人 ヤンシャオ人 
メソポタミア文明 黄河文明)


Hiroshi Hayashi+++++++Aug. 2010++++++はやし浩司
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 はやし浩司のホームページ http://www2.wbs.ne.jp/~hhayashi/
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子育て最前線の育児論byはやし浩司   10年 9月 3日
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【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

【子どもの見方・考え方】8月6日(2010)

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暑い!
今日、1時間ほど、昼寝をした。
扇風機をかけて、寝た。
ふだんなら、爽快な気分で目が覚めるのだが、
今日はちがった。
軽い頭痛。
熱中症かもしれない。
部屋の中にいても、熱中症になる人はなる。
が、その程度の頭痛で休んではおれない。
起きてから水を1リットルあまり飲んだ。

で、そのあとそのまま自転車にまたがり、
教室まで。
幸い、乾いた風が吹いていた。
向かい風だったが、心地よかった。

明日から講演がつづく。
怠けた心と体では、講演はできない。
がんばろう!

++++++++++++++++++

●子どもの見方

 子どもを見るとき、『いい子ほど、心配』と覚えておくとよい。
もっとはっきり言えば、子どもに(いい子)は、いない。
「いい子」と感じたら、それは仮面と考えてよい。

 子どもは、子どもらしいこと。
すべてはそこに始まり、そこで終わる。
その年齢ごとに、発達段階に応じた変化を、子どもは見せる。
何に対しても否定的になったり(幼児期前期)、あるいは
あるいは生意気になったりする(幼児期後期)。
こうした変化を一足飛びに、飛び越えて、いきなりものわかりの
よい子どもになる・・・ということは、ありえない。
もしそうなら、先に書いた、仮面を疑う。

●不自然

 仮面をかぶっている子ども(人)は、どこか不自然。
バカ丁寧であったり、バカ親切であったりする。
「バカ」がつく。

 先日もある旅行社の女性と話をしていたとき、それを感じた。
営業用の仮面と言えば、そういうことになる。
バカの上に、バカがつくほど、丁寧だった。
が、そういう表面的な様子だけをみて、その女性はすばらしい人と
思ってはいけない。
人格的に完成された人と思ってはいけない。
心理学の世界にも、「原我」という言葉がある。
「本来の我」という意味である。
その女性は、「本来の我」を、営業用の顔、つまり
「自我」で覆い隠している。

●原我

 人はなぜ仮面をかぶるか。
それにはさまざまな理由と事情が、からんでいる。
前提として、原我が、その人にとって好ましいものでないと、
その人自身が判断していることがある。
つまり(好ましくない我)を隠すために、仮面をかぶる。
私は原我を、つぎの4つに分類している。

(1)邪悪な原我
(2)陰湿な原我
(3)攻撃的な原我
(4)劣等的な原我

 こうした原我を隠すために、仮面をかぶる。
たいていは本来の我とは、正反対の我を演ずる。
ケチな人が、妙に寛大ぶってみせたり、攻撃的な人が、不自然なほど
やさしくしてみせたりするなど。

が、それが仮面と本人が気づいている間は、まだよい。
仮面というのは、長くかぶっていると、仮面をかぶっていること
すら忘れてしまう。
反対に仮面をかぶった自分を、「本当の我」と思ってしまう。
これがこわい!
牧師や教師、医師など、聖職者と呼ばれる人に、このタイプの
人が多い。

●反動形成

 こうした一連の心理的操作を、「反動形成」と呼ぶ。
よくある例は、長男(長女)が、下の子ども(弟や妹)に見せる反動形成。
本当は下の子どもが憎くてしかたないのだが、それを表に出したら、
自分の立場がなくなってしまう。
そこで下の子に対して、妙にやさしく振舞ったり、親切にしたりする。
一見するとよい兄(姉)に見える。
が、原我は、そうでない。
下の子(弟、妹)が憎くてしかたない。
つまり本当の自分を押し殺して、別の自分を演ずる。
が、そのままではすまない。
それがときとばあいに応じて、爆発する。

●原我の爆発

 原我はときとして、爆発する。
こうした爆発を理解するためには、「抑圧」という言葉を知らなければ
ならない。
私は「心の中の別室」と呼んでいる。

 人間は、(ひょっとしたらあらゆる高等生物は)、何かの
ことで心が抑圧されると、心の中に別室を作り、そこに
別の自分を押し込めようとする。
たいていは不平や不満など。
つまり心の別室を作り、そこに不平や不満を押し込むことに
よって、本来の自分を守ろうとする。
心理学の世界でも、こうした心理操作を、「抑圧」という言葉を
使って説明する。
防衛機制のひとつに考えられている。

●抑圧された「我」

 が、抑圧された「我」は、ときとして爆発する。
「こんなオレにしたのは、テメエだろ!」と。
「私の人生を返してヨ!」と。

 60歳、70歳になった老夫婦が、結婚当初の
ことをもちだして、夫婦喧嘩をするという例は、少なくない。
それこそ40年前、50年前の話を持ち出して、
喧嘩する。

 この「心の別室」には、(1)上書きが働かない。
(2)時効がない。

●記憶の上書き

 何かいやなことがあっても、そのあと楽しい思い出が
あれば、その前にあったいやなことは消える。
これを「記憶の上書き」という。

 が、心の別室に入った記憶は、ほかの心とは隔離されたままになる。
そのため上書きされるということがない。
そのあといくら楽しい思い出がつづいたとしても、そのままの状態で、
心の別室に残る。

●時効

 また心の別室に入った記憶には、時効が働かない。
時間の経緯とともに、記憶が薄れたり、あるいは消えたりする
ということがない。
30年、40年・・・という長い年月を経ても、そのまま
そこに残る。
だから「こんなオレにしたのは、テメエだろ!」、
「私の人生を返してヨ!」となる。

●人形の家

 一見、いい子は、こうした心の別室を作りやすい。
抑圧された自分を、その中に閉じ込め、外の世界ではいい子ぶる。
それが日常化するため、まわりの人たちはもちろん、
本人自身も、それが本当の自分と思い込んでしまう。
が、それがその本人にとって不幸なものであるか。
それはイプセンの『人形の家』を読めば、わかる。

 だからここが重要だが、子どもは、まず発散させる。
ありのままを発散させる。
言いたいことを、大声で言わせる。
つまりこれが幼児教育の第一歩ということになる。

●すなおな子ども 

 よく誤解されるが、従順で、何でもおとなの指示に従う子どもを、
「すなおな子ども」というのではない。
心の状態(情意)と顔の表情が一致している子どもを、
「すなおな子ども」という。

 このタイプの子どもは、教えていても、教えやすい。
何をどう考えているか、外からわかりやすい。
が、そうでない子どももいる。

 一般に、「情緒障害児」と呼ばれている子どもは、
外から見たとき、何を考えているか、つかみにくい。
情意と表情が遊離している。
かん黙児、自閉症児など。
近年よく話題になる、アスペルガー児も、それに含まれる。

●態度

 心理学でいうところの「態度」というのは、その人の
外に現れた人生観などの、表象された「我」をいう。
が、一般的な意味では、その人の「様子」をいう。
どちらであるにせよ、子どものすなお度は、その態度を
見て判断する。

 すなおな子どもは、態度もでかい。
家の中でも、やりたいようにやっている。
言いたいことをいい、行動も表情も自然。
で、あなたの子どもがそうであれば、それでよし。
そうでなければ、家庭環境そのものを、一度、猛省してみる。

 とくに児童期に入ったら、「家庭は心を休める場所」と心得る。
どうして周囲に気をつかっていて、心を休めることが
できるだろうか。

●仮面夫婦

 ついでながら「抑圧」の恐ろしいのは、それだけではない。
たとえば「仮面夫婦」と呼ばれる夫婦がいる。
一見、仲がよい。
しかしその実、いつもたがいにいがみ合っている。

 こうした夫婦のばあい、それぞれが心の別室を作り、その中に
自分を押し込める。
本当は憎しみ合っているのに、表面的には、よい夫婦を演ずる。

 こういうケースのばあい、邪悪な「我」が、シャドウ(ユング)
となって、子どもに伝播しやすい。
つまり子どもは親の心を裏から読み、それをそっくりそのまま、
自分の心としてしまう。

 よくあるケースは、子どもたちがみな、母親のシャドウを受け継ぎ、
父親を軽蔑したり、忌み嫌ったりするなど。

●いい子ほど心配

 これで『いい子ほど心配』の意味がわかってもらえたことと思う。
そこにいい子がいたら、まず疑ってかかる。
というのも、その人の人格というものは、幾多の山や谷を越えて、
完成されるもの。

 そこらの子ども(失礼!)が、5歳や6歳、8歳や9歳で、
人格的に高邁(こうまい)になることなど、ありえない。
もしそう見えたら、繰り返すが、仮面を疑ってみる。
またどうして仮面をかぶっているか、その背景を疑ってみる。

 たいていは親の過干渉、過関心、あるいは親の情緒的不安定、
精神的未熟が原因となっている。
子どもの側からみて、抑圧された家庭環境がそこにある。

 子どもの見方のひとつとして、心のどこかにおいておくとよい。

(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 
BW はやし浩司 いい子ほど心配 心の別室 抑圧 抑圧された心 よい子論 子ども
の見方 考え方)


【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

休みます。

【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

●8月10日(私の墓石)

++++++++++++++++++++

昨日、ホームページ作成ソフトを購入した。
S社で出している、「ホームページZERO」
というのが、それ。
深く考えて買ったわけではない。
「そろそろ……」と思って、買った。

というのも、私が使っているソフトは、I社の
「Ninja9」という名前のソフト。
初代、2代目、3代目……と使いこなし、最後は、
「Ninja9」。
が、そこでI社は倒産。
XP対応版のままで、終わってしまった。
が、現在も私はそのまま「Ninja9」というソフトを
使いつづけている。

が、以後、不便なこと、しきり。
ビスタ・マシンから、セブン・マシンへ……。
OSが変わった。
そのつどNinja9をだましだまし、使っている。
(Ninja9は、ビスタ、セブンには対応していない。)

で、「これではいけない」と思いつつ、一度、IBM社の
「ホームページビルダー」を購入。
しかし使い勝手が悪かった。
……というか、私とは相性が合わなかった。
「ホームページビルダー」は、そのまま本棚へ。
(ソフトにも相性というのがある。)

で、昨日、「ホームページZERO」を購入。
たまたま立ち寄ったパソコンショップでの、衝動買い。
「そろそろ新しいソフトに乗り換えなくては……」と。

が、パッケージを開いて、思わず笑ってしまった。
あのNinjaシリーズが、そのままS社で、生きていた。
進化していた!
知らなかった!
使い勝手は、基本的にはNinjaシリーズと同じ。
つまりI社は倒産したが、そこで販売していた
Ninjaは、S社の「ホームページZERO」に、
そのまま引き継がれていた。

うれしかった。
とたん、創作意欲がモリモリとわいてきた。
夏休みもちょうど1週間、ある。
その間に、新しいソフトを使って、ホームページを
開設してみよう。
……ということで、今日も始まった。
まだあくびが出るが、そのうち頭もすっきりして
くるだろう。

+++++++++++++++++++++

●ホームページ

 「ホームページの時代は終わった」と説く人もいる。
たしかにそうかもしれない。
店の宣伝程度には活躍しているが、その程度。
今や、blog全盛期。
TWITTERという、わけのわからないサービスも人気がある。

 終わったといえば、インターネットマガジン。
今でもときどき、「マガジンを購読してくれたら、ポイントをさしあげます」という
店に出会うことがある。
個人の店や、飲食店に多い。
私もEマガとメルマガ、それに有料のマグプレの3誌を発行しているが、この数年、
読者は、ほとんどふえていない。
現在は、「出している」というだけ。
私のワイフですら、当初は毎回読んでくれていたが、今は、1週間に1回程度。
あるいはそれ以下(?)。

 そういう流れの中での、ホームページ。
「ホームページZERO」のパッケージも、パソコンショップの隅で、ほこりを
かぶっていた。

●BW公開教室

 今、もっとも力を入れているのが、「BW公開教室」。
毎回幼児教室をビデオに収め、それをYOUTUBEのアプロードしている。
現在、その数、2300本あまり。
当初は閲覧者もほとんどいなかったが、最近になって、急にふえてきた。
あちこちのポータルサイトが取りあげてくれるようになった。
日本だけではない。

……というか、世界中のポータルサイトが取りあげてくれるようになった。
毎日、10か所前後のポータルサイトが、名前を連ねる。
(Googleアラートというサービスを使うと、それがわかるしくみになっている。)
たぶん、外国の人たちは、私の公開教室を使って、日本語の勉強に利用しているの
ではないか?
私は勝手にそう解釈している。

 その「BW公開教室」も、私のホームページ上で紹介している。
興味のある人は、
http://bwhayashi.cool.ne.jp/index.html
を訪れてみてほしい。

 ……ということで、私はホームページ(以下、HP)を自分の生きがいにしている。
(流れ)が変わったからといって、ここでHPをやめるわけにはいかない。

●墓石?

 私は自分のHPを、「墓石」と位置づけている。
墓石といっても、「墓」ではなく、映画『2001年宇宙の旅』の冒頭に出てきたような、
モノリス。
日本語に訳せば、「一本石」。
「記念碑」でもよいし、「書籍ルーム」でもよい。

 原稿の量にしても、40字x36行換算で、約40000(4万)ページ近くになる。
単行本1冊の分量(文量?)が120〜140ページだから、軽く300冊分という
ことになる。
(300冊だぞ!)
それだけが私のHPの中に、ぎっしりと詰まっている。

 で、ときどきこう考える。
「私が死んだ後も、原稿は残るだろうか?」と。
が、この世界は冷酷。
「金の切れ目が縁の切れ目」。
会費を払わなければ、HPはそのまま閉鎖される。
無料のHPサービス会社にしても、この世界は浮き沈みがはげしい。
プラス、「3か月更新がなければ閉鎖」とか、「アクセス数が3か月ゼロのばあいは
閉鎖」とか、そういう条件を並べている。
先に書いたYOUTUBEにしても、いつどのような運命をたどるか、それは
だれにもわからない。

 だから私が死んだ後、年々、20%ずつ原稿が消されていくとして、数年後には
半分。
さらにその数年後には、その半分。
10年を待たずして、10分の1以下。

 墓石だってボロボロになるように、私のHPも、やがて消える。
まあ、10年も残れば、御の字。
そのうち(はやし浩司)の名前も消える。

 それはそれとして、だから私はこう思う。
とくに私の息子たちや孫たちについてだが、いつか墓参りをしたいと思ったら、
(そういうことはないと思うが)、私の書いた文を読んでほしい、と。
だから私はあえて「墓石」という言葉を使う。
「私のHPは、私の墓石」と。

 この夏休みを使って、私はまたまた新しい墓石を立てる。

2010年8月10日朝・記


Hiroshi Hayashi+++++++Aug. 2010++++++はやし浩司

【長寿国の崩壊?】(韓国、アメリカにみる「ひがみ節」)

●単純な数学もわからない韓国人

 韓国の新聞各社は、1面トップでこう報じた。
「長寿国、日本は崩壊した!」と。

現在、日本人の平均寿命は、世界一。
それを評して、「日本の平均寿命は、虚構だった」と。
今回の一連の、高齢者行方不明事件にからんでの報道だった。

で、中には、年金をそのまま受け取りつづけていた
遺族もいたという。
「詐取」というわけでもないだろう。
詐取する意図のないまま、結果的に詐取した人もいる。
だから「年金詐取事件」と位置づけるわけにはいかない。
しかしグレーはグレー。

中には親の消息を知らないまま、20年近く、親の年金を
受け取りつづけていた人もいたという。

つまりそれを受けて、「長寿国、日本は崩壊した」
(朝鮮N報、東亜N報、ほか)と。

 バカめ!
韓国の新聞のレベルの低さは、経済欄を読んだだけでも
わかるが、ここまでレベルが低いとは思っていなかった。
小学6年で学ぶ平均値の出しかたすら、わかっていない。

●平均寿命

 平均寿命の計算方法は、積分を使った複雑な公式で計算する。
が、単純には、その年に死亡届のあった人の年齢を合計し、
それを死亡者数で割って計算すればよい(注※)。

もう少し詳しく書くと、こうなる。

 過去の日本人の死亡年齢のデータ(人口動態調査)を元に、
X歳の人が、あと何年生きられるかを計算したものを「平均余命」という。
0歳の人があと何年生きられるかを示したのを、「平均寿命」という。

どうであるにせよ、基本は、「死亡年齢のデータ」である。

どこのバカが、現在生きている人の年齢を合計し、
生きている人の数で割るか!
あきれてものも言えないというか、反論するのも
バカバカしい!

 つまり死亡届の出ていない人の年齢は、もとから
平均寿命の算出のデータには、使われていない。
今回の一連の事件のように、死亡届が出ていない人は、
はじめから平均寿命の基礎データの中には、組み込まれていない。
つまりいくらそういう人がいても、平均寿命の計算には影響を与えない。

百歩譲って仮にそういう超高齢者が、100人単位で
いたとしても、平均寿命には、ほとんど影響を与えない。
誤差の範囲ということになる。
現在、全国で、こうした老人がつぎつぎと見つかっている。
が、全体でも、1000人を超えることはない(注※)。
仮に超えたとしても、その1000人の人たちもやはり、平均寿命
前後に死んでいるはず。

(仮に行方不明者たちが、平均寿命より極端に低い年齢で死んでいたとしたら、
平均寿命は低くなる可能性はある。
しかしそれでも誤差の範囲。)

つまりどこからどう考えても、平均寿命は平均寿命。
それがどうして「長寿国、日本は崩壊した」となるのか?

●韓国人のひがみ節

 今回の大騒ぎを見ていると、その向こうに、韓国人独特のあの
ひがみ節が見え隠れする。
あの国の人たちは、何かにつけて、ひがみやすい。
「日本海」を「東海」と呼ぶのもそうだ。
韓国にとっては、たしかに「東海」かもしれないが、何も韓国が
世界の中心に位置するわけではない。
よほど「日本」が憎いらしい。
韓国政府は、世界中に特使まで派遣し、「日本海」を「東海」に
置き換えさせようとしている。

で、その前に言っておきたいことがある。

 平均寿命などというものは、あくまでも結果。
医療技術、医療環境の充実の結果として、平均寿命は延びる。
平均寿命などというものは、ごまかしたところで、意味はない。
またそれをもって、その国の誇りとしても、意味はない。
日本は日本で、毎年平均寿命を公表するが、それでもって日本が
威張ったことは、一度もない。

●乳幼児の死亡率

 むしろ平均寿命は、乳幼児の死亡率によって大きく影響を受ける。
また本当の問題は、そこにある。
というのも、日本における乳幼児の死亡率はたしかに低い。
しかしその裏で、「流産」という形で、多くの奇形胎児が、
闇から闇へと葬られている。
親の身勝手な判断による、妊娠中絶の数を入れたら、もっと多い。

 無論、日本が韓国に対して、「日本の医療技術は、君たちのよりすぐれている」
などと言ったことは、一度もない。
そんなことは最初からわかりきったこと。
もとから韓国など、相手にしていない。
むしろ韓国人の平均寿命が年々延び、北朝鮮人のそれと、20年近くも
差ができたことに驚く。

 つまりこうした報道そのものが、韓国人独特の、あの「ひがみ節」の表れ
ということになる。

●希薄になる親子関係

 今回の「高齢者行方不明事件」で、むしろ日本人の私たちが驚くのは、
親子関係の希薄さである。
「親とは20年以上も前に生き別れになりました」「その後、生きているか
死んでいるか、わかりませんでした」と。
多くは年金だけを、そのまま受け取っていた。
これが平均的な事件のあらましである。

 で、自分の子どもが行方不明になれば、親は、必死になってその消息を
求める。
が、一方、子どものほうは、「20年以上も前に生き別れました」と。
こんなバカげた一方通行が、ほかにどこにある?
(あるいはそういうことにして、年金を受け取りつづけていた?)
あるいは親子というのは、もともとそういうものなのか。
またそう考えてよいのか。

 むしろ問題とすべきは、そちらのほうではないのか。
ついおとといも書いたが、この点、日本と韓国は、双子国と
揶揄(やゆ)されるほど、中身がよく似ている。
日本人の親子関係も希薄なら、韓国人の親子関係も希薄。
もう一度、日本の内閣府がした調査結果を、よく見比べてみてほしい。

+++++++++++++++

●第8回世界青年意識調査より

(将来、親のめんどうをみるか?)

年老いた親を養うことの意識は、欧米に比べ、日・韓で弱い。

★年老いた親を養うことについてどう思うか

『どんなことをしてでも親を養う』(1)

イギリス66.0%、
アメリカ63.5%、
フランス50.8%、
韓国35.2%、
日本28.3%

★将来、子どもにめんどうをみてもらいたいか?

自分の子どもに老後の面倒をみてもらいたい日本の青年は5割弱で、韓国に次いで低い。

★「自分の子どもに老後の面倒をみてもらいたい」と思うか
『そう思う』(2)

イギリス70.1%、
アメリカ67.5%、
フランス62.3%、
日本47.2%、
韓国41.2%

(以上、内閣府、平成21年調査より)

+++++++++++++++

●アメリカのばあい

 同じく「ひがみ節」だが、アメリカのひがみ節も、すごい!
あの一連のプリウス(TOYOTA車)の急加速問題は、マスコミに
よるでっちあげだったということが、このところ「急加速的に」
はっきりしてきた。

 が、この問題は、最初からおかしかった。
というのも、アメリカの公式な統計によっても、交通事故の95%は、
運転手の操作ミスということがわかっている。
残りの5%が、車の欠陥による。
GMもフォードもない。
もちろんTOYOTAもない。
が、TOYOTAだけは、100%、車の欠陥によるものという。
その基本的な発想そのものが、おかしい。
(実際には、100%とは言っていないが・・・。
しかしそういう前提で、あのTOYOTAバッシングが始まった。)

それについて今朝のForbs誌は、つぎのように書いている。
たいへん重要な内容を含んでいるので、日本経済新聞社の記事を
そのまま紹介させてもらう。

これを読んでアメリカの良識を疑わない人は、いないだろう。
何よりもおかしなことは、こうした急加速問題は、この
日本では1例も起きていないということ。
そのことを念頭に、つぎの記事を読んでみてほしい。

+++++++++以下、Forbs誌より+++++++++++

 米国で広がったトヨタ車欠陥騒ぎが、そろそろ幕引きとなりそうだ。トヨタ車が急加速
した事故・事例が、フロアマットのずれか、運転者によるブレーキとアクセルの踏み間違
いのいずれかで説明できることを示す証拠が続々と積み上がっている。つまり、米メディ
アはこの1年足らずのあいだ、実在しないものを追いかけ回し、米国の消費者と議会を混
乱させてきたといえる。

 我々に今こそ必要なのはウッドワード氏やバーンスタイン氏(ウォーターゲート事件な
どを暴いたワシントンポスト紙の敏腕記者)のようなジャーナリストなのに、彼らはいっ
たいどこに行ってしまったのか?不意の急加速が原因とされた死亡事故について、少しで
も事実が検証されるべきではなかったか?

 読者諸氏は、サンディエゴ近くのフリーウエイで暴走した「プリウス」の話を覚えてい
るだろうか。3月のForbes.comでその記事を読んだ私は、運転者がメディアに対して話し
たことの大半について、ばかげていると感じたものだ。彼の主張によると、シフトレバー
をニュートラルに動かそうとしたが「怖くて」できなかった、それは両手をハンドルから
離してはいけないと思ったからだ、という。だが運転中に彼が携帯電話を手にしていたこ
とについては誰も尋ねなかった。

 同じようにメディアはそろいもそろって、不意の急加速が原因とされる事故の死亡者数
に焦点を当てるあまり(現時点では75件の事故で93人とされる)、厳密な事故調査はおろ
か、事故の具体的な内容に注目することさえしていない。もしそうしていれば、記者たち
も私が発見したことを伝えられたはずだ。つまり主張の多くは根拠のないこじつけであり、
一部の事故は起きてさえいないということを。

 米高速道路交通安全局(NHTSA)は、不意の加速が原因とされる死者数のリストに
ついて「(被害者側の)申し立てによる」という言葉を使用している。だがこのただし書き
に見向きもしない記者が多過ぎる。例えばUSニューズ&ワールド・リポート誌電子版は
堂々と、「トヨタ車の不意の加速により89人が死亡 NHTSA発表」と報じた。ロサン
ゼルス・タイムズ紙の見出しは、急加速が死に「つながった」と書いた。またニューヨー
ク・ポスト紙は早い段階で欠陥トヨタ車が52人を「殺した」という見出しを掲げ、同様に
CBSニュースのウェブサイトはAP通信の伝えるところとして、アクセルの欠陥により
89人が「殺された」と伝えた。
(USAトゥデーはこの根拠の薄弱な因果関係を強調することに他社より慎重な姿勢をと
っていた。)

+++++++++以上、Forbs誌より+++++++++++

●プリウス効果?

 が、このときも韓国は、・・・つまりアメリカがプリウス問題で
騒いでいたころ、それを「プリウス効果」と呼んでいた。
「千載一遇のチャンス」と喜んでいた。
TOYOTAからH社(韓国製の車)に乗り換えたばあいは、1000
ドルの値引きをするというキャンペーンも始めた。

が、TOYOTAの社長がアメリカ議会で謝罪するころになると、
「プリウス効果はそれほど長くはつづかないのでは・・・」という、
実に韓国的な危惧へとつながっていった。

 さらに最近。
韓国は自前で気象衛星を打ち上げた。
が、それについても、「これからは日本の世話に、ならなくてすむ」と。

 今までさんざん世話になっておきながら、それはない。
またそんな礼の仕方はない。
一言、「日本のみなさん、今まで、ありがとうございました」くらいは
言ってもよいのでは?

●崩壊?

 「長寿国、日本」は、崩壊していない。
また崩壊するとかしなとかいう問題ではない。
「崩壊」という言葉そのものに、なじまない。
あえて言うなら、韓国人も北朝鮮人も、「崩壊」という言葉が
よほど好きと見える。

あのマンビョン号(北朝鮮の定期船)が、日本と北朝鮮の間を
行き来していたころのこと。
在日朝鮮人の大学生たちは船の中で、「♪(日本が)崩壊する、♪崩壊する」
と、うれしそうに歌っていた(テレビ報道)。
詳しくは知らないが、在日朝鮮人の間では、そういう歌が歌われているらしい。

・・・ということで、かなり反韓国感情をかきたてるような原稿を
書いたが、韓国という国はそういう国であるということを、忘れて
はいけない。


(以下、参考) 

(注1)人口統計では、定常な(対象となる年の各年齢の死亡率が今後も維持される仮想
的な)個体群について平均寿命を求める。つまり、平均寿命とは0歳の平均余命のことを
いう。

(注2)厚生労働省の発表によれば、2009年の日本人の平均寿命は、男性79.59歳、女
性86.44歳。

(注3)過去の日本人の死亡年齢のデータ(人口動態調査)を元に、X歳の人が後何年生
きられるかを計算したものを「平均余命」と言い,その内,0歳の人があと何年生きられ
るかを「平均寿命」という。

つまり生命表における平均寿命とは、現在における死亡状況が今後変化しないと仮定した
ときに、今後出生する人が何年生きられるかという期待値ということになる。

(注※)以下、JiJicomの記事より

●東京、静岡など計9人が不明=100歳以上の高齢者

 東京都で高齢者の所在が不明となっていることが相次いで明らかになった問題で、新た
に東京都港区、荒川区、長野市、静岡県下田市、熱海市、名古屋市でも、住民登録してい
る100歳以上の住民計9人の所在が確認できていないことが3日、各自治体への取材で
分かった。

 港区では、105歳の男性と女性の2人。男性については、3日夕妻に電話で確認した
ところ、「数年前に家を出てどこにいるか分からない」と話したという。女性は外国籍で、
2009年に記念品を選んでもらうため職員が訪ねると、住民登録のある建物が壊されて
いた。荒川区では、108歳と103歳のともに外国籍の男性2人。過去3年間、職員が
接触した記録がない上、外国人登録には家族は記載されないため、連絡を取る手段がない
という。

 長野市では、県内最高齢の110歳の男性。06年度に職員が記念品を届けに行ったが
会えず、3日に子どもに電話で尋ねると「10年以上一緒に暮らしていない。(静岡の)伊
豆にいる」と答えた。

 下田市では、06年に本人に会えなかった103歳の女性の自宅に、3日に職員が行き、
娘に事情を聞いた。娘は「7年前から行方不明。姉夫婦のところだと思うが、仲が悪く2
0年来音信不通」と答えたという。熱海市では、102歳と100歳の女性の住民登録地
がいずれもさら地になっていた。102歳の女性の長男を、職員が3日に訪問すると、「1
0年ほど前から行方不明。警察に相談すると、愛媛の叔父宅にいると教えてくれた」と回
答。しかし、確認はしていないという。

 名古屋市でも、106歳の男性の住居がすでにさら地になり、所在が分からなくなって
いた。(2010/08/04-00:19)
(以上、JiJicomより)

(追記)

全国で高齢者の所在不明が相次いでいる問題で、新たに埼玉県草加市、岡山市、神奈川県
秦野市などで100歳以上の住民の所在が確認できていないことが4日、各自治体への取
材で明らかになった。

 埼玉県草加市では、一連の所在不明報道を受けて、市内の高齢者を調査。その結果、医
療保険や介護保険の利用実績がない101歳の男性がいることが判明した。男性の家族は、
およそ20年前から行方が分からないと説明しているという。同鶴ケ島市では、102歳
男性の所在確認が取れていない。家族によると、少なくとも4年前から行方不明だという。

 愛知県津島市では、3日実施した調査の結果、100歳男性の所在が不明であることが
分かった。男性は昨年11月に兵庫県尼崎市から転入したことになっているが、住民登録
地に当たる義妹の自宅には住んでおらず、義妹も所在は知らないとしているという。

 岡山市では、3人の所在が不明。市によると、敬老記念品の贈呈のため08年に所在確
認を行ったが、住民登録地がさら地になっていたり、別の住民がいたりして、連絡が取れ
ない状態だった。

 秦野市では、104歳の男性の所在が分かっていない。市が2005年に高齢者への記
念品を贈ろうとしたところ、親族から辞退の申し出があり、「何年も家に帰ってきていない
状態が続いている」との説明を受けたという。

 福岡市では、外国籍の101歳男性が不明で、民生委員が昨年9月に敬老祝い金を持っ
て住所地を訪問したが、別人が住んでいた。

 大分県臼杵市では、102歳女性の所在が確認できていない。住民票上は女性と同居し
ていることになっている妹は「40年以上前に仕事に行くと言って出て行った」と話して
いるという。

 このほか、東京都清瀬市で外国籍の104歳男性が、北海道岩見沢市で100歳の男女
各1人が所在不明となっている。(2010/08/04-13:34)
(以上、JiJicomより)

(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 
BW はやし浩司 長寿国日本 米高速道路交通安全局(NHTSA) TOYOTA 急
加速問題 ひがみ節 韓国のひがみ節)


Hiroshi Hayashi+++++++Aug. 2010++++++はやし浩司

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子育て最前線の育児論byはやし浩司   10年 9月 1日
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【老後の私たちの生活】

●韓国=日本、日本=韓国

++++++++++++++++

国際的な視点から見れば、日本と
韓国は双子。
双子のようによく似ている。
日本人がデンマークとオランダを
区別できないように、世界の人もまた
日本と韓国を区別できない。

外観ばかりではない。
中身もよく似ている。
今朝の朝鮮N報に、気になる記事が
2つ載っていた。
ひとつは、親の学歴が子どもの学歴、
成績、収入に影響を与えるというもの。

もうひとつは、韓国でも高齢者の
貧困問題が、顕在化してきたということ。

一部を抜粋して、ここに掲載する。

+++++++++++以下、朝鮮N報より抜粋、転載++++++++++

●親の学歴(以下、朝鮮N報より一部、転載)

 ……子どもの修能試験の成績やTOEICの点数、就職後の給与水準は、保護者の学歴や経
済力などによってどれほど格差が生じているのだろうか。取材班はこの点について、韓国
開発研究院のキム・ヒサム研究員に分析を依頼した。キム研究員は、農山漁村以外の地域
に住む勤労者世帯5000世帯を対象に、保護者の学歴や経済力などの指標ごとに、子どもの
修能試験の成績、TOEICの点数、就職後の初任給の水準を算出した。

 その結果、大学に入学するための第一関門となる修能試験の成績は、保護者の学歴など
によって差が生じていることが分かった。両親とも大卒の場合、子どもの修能試験の平均
点は256.2点で、両親とも高卒以下の場合(236.4点)に比べ19.8点高い結果となった。

 保護者の学歴や経済力などによる差が最も大きかったのは、就職に必須とされるTOEIC
の点数だった。世帯所得が100万ウォン(約7万1000円)増えるにつれ、子どものTOEIC
の点数は21点ずつ高くなった。また、両親とも大卒の場合、子どものTOEICの平均点は
741.9点となり、両親とも高卒以下の場合(667.6点)に比べ74.3点高い結果となった。

 こうした英語力における格差は結局、子どもが就職した後の賃金にも結び付いている。
両親とも大卒の場合、初任給の平均は202万9009ウォン(約14万4700円)である一方、
両親とも高卒以下の場合は、156万4458ウォン(約11万1600円)にとどまった。
(朝鮮N報・2010/8/3)

●貧困化する高齢者

 韓国の高齢者の35.1%が貧困状態にあることが分かった。

 国民年金研究院のソク・サンフン研究員が2日、「年金フォーラム」夏号に発表した報告
書によると、昨年、韓国の高齢者の35.1%が、最低生計費(二人家族の場合、1カ月86万
ウォン=約6万3500円)に満たない貧困層に属していた。

 これは、昨年の韓国全体の人口に占める貧困率(14.1%)の2.5倍以上だ。高齢者世帯の
貧困率は、2006年には30%だったが、07年には31%、08年には32.5%と、毎年増加の一
途をたどってきた。

 2008年から、老齢基礎年金の制度が施行されたが、これが高齢者の貧困状態を緩和する
効果はまだ限定的だという。

 老齢基礎年金は、65歳以上の高齢者のうち、低所得層に属する70%の人たちに対し、一
人暮らしの場合は最高で月9万ウォン(約6650円)、夫婦の場合は最高14万4000ウォン
(約1万1000円)=ともに2010年8月現在=の年金を支給する制度だ。
(朝鮮N報・2010/8/3)

+++++++++以上、朝鮮N報より、抜粋転載+++++++++++

●深刻な社会問題

 「韓国も、いろいろたいへんだな」と、私は思った。
2つの記事を読んで、身につまされた。
とくに高齢者の35%が、1か月の最低生活費が、6万3500円以下の貧困層に
属しているという記事には、ぞっとするような恐怖感さえ覚えた。
この額は、私がこの先支給される、国民年金額とほぼ同じ!
しかし現実問題として、6万3500円で生活していくのは、不可能。
財産を切り売りし、貯金を取り崩して、生きていくしかない。
が、それとて何年もつことか?

 たまたま昨日も、30年来の友人であるS氏と電話で話した。
私と同年齢。
昭和22年生まれの団塊の世代。
S氏は、市の職員を定年(60歳)まで勤め、昨年まで公的機関で働いていた。
で、今は、それまでの趣味を生かし、農園業を営んでいる。
たまたまS氏の妻が、農業資格をもっていたこともあり、農地を安く手に入れること
ができた。

「いいですね。まさに悠々自適の老後生活ですね」と言うと、S氏はどこか
うれしそうだった。
つまりS氏は若いころから、現在の生活を目標にし、生きてきた。
「目標にしてきた」というよりは、今という将来を見据えながら、仕事をしてきた。
だから2人の息子がいるが、必要以上に学費は出さなかった。
自分たちの老後の資金を確実に蓄えながら、質素に生きてきた。

 一方、この私は、そのときどきを無我夢中で生きてきた。
将来のことなど、ほとんど考えなかった。
「何とかなるだろう」とは思っていたが、そこまで。
収入のほとんどを、息子たちの学費として使ってしまった。
つまり典型的な親バカ!

 だから今は、こう言うようにしている。

「息子や娘に、勉強しろなんて、言ってはいけませんよ。
言えば言うほど、あとあと、責任を取らされます。
息子や娘が、『大学へ行かさせてください』と3度頭をさげるまで、学費など、
出してはいけませんよ」と。

●高学歴

 その一方で、(高学歴の親ほど)→(収入が多く)→(子どもの学費にお金がかけられる)
→(そのため子どもも高学歴)になる。
その結果が、朝鮮N報の1つめの記事ということになる。
 
 が、こんな調査結果もある。

++++++++++以下、内閣府、平成21年調査より++++++++++

●第8回世界青年意識調査より

(将来、親のめんどうをみるか?)

年老いた親を養うことの意識は、欧米に比べ、日・韓で弱い。

●年老いた親を養うことについてどう思うか

『どんなことをしてでも親を養う』(1)

イギリス66.0%、
アメリカ63.5%、
フランス50.8%、
韓国35.2%、
日本28.3%

●将来、子どもにめんどうをみてもらいたいか?

自分の子どもに老後の面倒をみてもらいたい日本の青年は5割弱で、韓国に次いで低い。

●「自分の子どもに老後の面倒をみてもらいたい」と思うか
『そう思う』(2)

イギリス70.1%、
アメリカ67.5%、
フランス62.3%、
日本47.2%、
韓国41.2%

++++++++++以上、内閣府、平成21年調査より++++++++++

●親のめんどう

 「将来どんなことをしてでも親のめんどうをみる」と答えた若者は、日本人の
ばあい、28・3%しかしない。
たいていは「経済的に余裕があれば……」という条件をつけている。
しかし「経済的余裕」とは何か。
みな、それぞれに目一杯の生活をしている。
経済的余裕がある人など、いない。
言い替えると、「親のめんどうはみない」ということになる。

 が、その一方で、「将来は子どもにめんどうをみてもらいたい」と。
上記(1)と(2)の数字をよく見比べてみてほしい。

 イギリス、アメリカ、フランスの若者たちの意識は、それぞれ拮抗(きっこう)
している。
「親の面倒はみる」「だから私たちもみてほしい」と。
が、日本のばあいは、かなり内容がちがう。

「親の面倒はみない」「しかし子どもには、めんどうをみてほしい」と。
つまり自分勝手。

 もう一度、上述、「28・3%」という数字と、「47・2%」という数字を
よく見比べてみてほしい。
これがそこにある「現実」ということになる。
だから私は言う。

『3度、頭をさげさせろ!』と。
私のばあい、息子たちには、それをさせなかった。

●ワイフの意見

 ただ残念なのは、この点については、私とワイフとでは、大きく意見がちがう
ということ。
ワイフは、「これでよかった」と、いつも言っている。
私が「ぼくは親バカだったよ」と言うたびに、「あなたが勝手にしたことでしょ!」と
言い返す。

 そうかもしれない。
そうでないかもしれない。
ワイフには、自分で働いたという経験がない。
実社会のきびしさを知らない。
これからの老後の資金についても、「お金は天から降ってくるもの」と思いこんでいる(?)。
だから、率直に言って、話にならない。

 が、私はちがう。
だから友人のS氏には、こう言った。
「ぼくは死ぬまで仕事ですよ」と。
あとはできれば、ピンポク。
その前日までピンピンと働いて、その日、ポックリと死ぬ。

私「ピンポクできれば、御の字ですよ」
S「そうですかア? 私はがんで死ぬほうがいいなア」
私「どうして?」
S「そのほうが時間をかけて、身の回りの整理ができるから……」と。

 同じように生きてきた世代だが、考え方は、人それぞれ。
みな、ちがう。
そう思いながら、私は電話を切った。

(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 
BW はやし浩司 総理府 青年意識調査 将来親の面倒をみるか 親のめんどう 老後
の親のめんどう はやし浩司 内閣府 意識調査)

 
Hiroshi Hayashi+++++++Aug. 2010++++++はやし浩司

【重い心】

私のばあいの解決法

+++++++++++++++++++++

このところ生きていることに、(重さ)を感ずる
ようになった。
「石を引きずるよう」とか、「足が重い」というのでは
ない。
それとは少し意味がちがう。
生きていることに、ある種の負担感を覚えるように
なった。

+++++++++++++++++++++

●10年

 「生きなければ・・・」という思いは強い。
が、その一方で、「同じことを繰り返して、何になるのか?」という
思いが、心をふさぐ。
たとえばどこかのだれかが、私にこう言ったとする。
「うちの会社へ来なさい。10年がんばれば、課長にしてあげる」と。

 今の私なら、いくら生活に困っていても、即座に、その申し出を断る
だろう。
そんなところで、10年も過ごしたくない。
若いころならともかくも、これからの10年は、金の砂時計のようなもの。
刻一刻と、「命」は短くなっていく。
金銭的な尺度で、その価値を測ることはできない。
それに・・・。
「課長になったところで、それがどうなのか?」と。

●回顧性

 が、その一方で、「このままでいいのか」「何かできるはず」
という思いも、これまた強い。
人生に対する悔恨の念も生まれつつある。
「あのとき、ああすればよかった」「こうすればよかった」と。

 若いころは、前しか見なかった。
「見えなかった」と書くほうが正確かもしれない。
だから失敗をしても、「取り返せばいい」とか、「やり直そう」とか、
そんなふうに考えた。
またそんなふうに考えることによって、失敗を乗り越えることができた。
が、今は、ちがう。
ちがうから、どうしても過去を振り返ってしまう。

 心理学の世界でも、老齢期になればなるほど、回顧性が強くなると
教える。
「回顧性」といっても、過去をただ懐かしむというのではない。
そこには当然、「悔恨の念」も含まれる。
それには理由がある。

●気力

 気力は、体力に比例する。
東洋医学(漢方)では、気力と体力を区別しない。
つまり若いころは、精神のもろさを、気力でカバーすることができた。
何かつらいことや、さみしいことがあっても、気力でそれを乗り越える
ことができた。
が、気力が弱くなると、精神のもろさが、そのまま表に出てきてしまう。
そのため私のように、もともと落ち込みやすい人間は、ふとしたことで
すぐ落ち込んでしまう。
しかもその回数、程度が、加齢とともに、多くなり、深くなってきた。

 が、何よりもこわいのは、気力の陰に隠れていた邪悪な人間性が、
そのまま表に出てきてしまうこと。
このことは、近くの老人を観察してみるとよくわかる。

●脳みその底の穴

 精神的な進歩は、何歳まで期待できるか?
いろいろな説があるが、生活が定型化すると、そこで進歩は止まる。
そう考えてよい。
ものの考え方が保守的になり、さらにひどくなると、殻の中に閉じこもるよう
になる。
が、それだけではない。
進歩が止まると、その瞬間から、脳みその底に穴があいたような状態に
なる。
知恵や知識が、どんどんと外にこぼれ出て行く。
つまりその時点から、進歩は止まるどころか退化する。
健康論に似ている。
究極の健康法がないのと同じように、究極の精神鍛錬法というのはない。
日常の運動をやめたとたん、その人の健康は、下り坂に向かう。

●現状維持

 だからただ精進あるのみ、ということになる。
死ぬまで運動。
死ぬまで学習。
が、いくらそれがわかっていても、このところそういう自分に疲れを
覚えるようになった。
それが冒頭に書いた、(重さ)につながる。

「だからそれがどうしたの?」と自問したとき、その答がはね返って
こない。
現状維持だけで精一杯。
だったら、この先、このまま生きていてどうなるのか、と。
ものごとを、そういうふうに考えてしまう。

●もうひとつの問題

 実は、私にはもうひとつ問題がある。
(表の私)とは別に、心の中にもうひとり、(抑圧された私)がいる。
この(抑圧された私)が、ときどき顔を出して、別人格になって現れる。
(表の私)を私Aとし、(抑圧された私)を私Bとする。

 私Aと私Bは、性格が正反対。
私Aは、さみしがり屋で孤独。
私Bは、自信に満ち溢れ(?)、孤独に強い。
ときとばあいに応じて、私Aが私Bになったり、私Bが私Aになったり
する。

・・・というか、自分で自分を使い分ける。
何かいやなことがつづくと、私は私Bになる。
心の中で、割り切ってしまう。
そういう点では、冷酷になる。

 が、本来の私は、私A。
自分でもそれがよくわかっている。
わかっているから、私Bであったときの自分を、よく後悔する。
「どうしてあんなことを、したのか!」と。

●束縛感

 では、どうすればいいか?
本来なら、自分にまつわる「糸」を取り外すのがよい。
子育ても終わった。
親の最期もみたし、実家にもケリをつけた。
「人」としてやるべきことは、すべてした。
が、いまだに束縛感を覚える。
その束縛感も、(重さ)につながっている。

 が、自由がよいかというと、そうでもない。
私の中には、私Aがいる。
その私Aが、迷う。
自由を求めながら、ではひとり(=独り)で生きていかれるかというと、
どうもその自信がない。
ないから、妥協する。

●あきらめ

 妥協は常に寛容を要求する。
「妥協」というのは、基本的に「自分をねじ曲げること」を意味する。
一方、「寛容」というのは、基本的に「相手を受け入れること」を意味する。
方向は逆だが、中身はよく似ている。

 ・・・ここまでを中学2年生のNさんに話したら、Nさんはこう言った。
「どちらも、あきらめることね」と。
鋭いことを言う。
しかしそれには多大なエネルギーを必要とする。
ふつうの人なら、それほど長くは耐えられない。
それに妥協するにせよ、寛容であるにせよ、そこにいたるには、長くて
苦しい人生経験が必要。
言葉の問題ではない。
つまり口先だけで、できることではない。

●総決算

 結局は私が感じている(重さ)というのは、人生の総決算としての
(重さ)をいう。
このところよく、「私の人生は何だったのか」とよく考える。
が、いつも答がない。
「何かをした」という実感がない。
ないまままた同じことを繰り返す。
「これではよくない」と思いつつ、一日が終わってみると、やはり同じ。
それが日々に、水垢(みずあか)のように、心の中にたまっていく。

 このやるせなさ。
この無力感。
だからといって、未来は暗いまま。

●死への希望?

 そういえば、数日前、映画評論家のX氏が自殺した。
日本テレビの11PMという番組の中で、映画評論をしていた。
スタジオのそでで、ときどき彼の評論を聞いたことがある。
が、年齢を聞いて、驚いた。
まだ66歳だったという。
当時は、私よりずいぶんと年上と思っていた。
「いろいろあったんだろうな」と思ったところで、思考停止。
「明日はわが身かな?」と思う。

 だからときどきこう思う。
「この重みから逃れるには、死ぬしかないのか」と。
まだ(重み)が小さいからよいようなものの、これが耐えられないほど
までに大きくなったら・・・。
私だって、「死ねば楽になれる」と思うようになるかもしれない。

●希死願望 

 毎年、自殺者が3万人を超えている。
そのうち40%以上が、40〜50代の中高年層という。
最近は、60歳以上の自殺者がふえている。

 こうした自殺者についていうなら、これはあくまでも私の経験だが、2人の自分が、
心の中で葛藤する。
「生きなければ」と考える自分。
「楽になりたい」という自分。

こうした2つのエネルギーが真正面からぶつかったとき、行動が自暴自棄になる。
私のばあいは、無謀とわかっていても、炎天下、10キロ、20キロの道のりを
歩いたりする。
歩くことによって、2人の自分を忘れようとする。
が、この程度ならまだ軽症。
ひどくなると、明らかな自傷行為に走るようになる。
それが最終的には、自殺につながっていく?

●解決法

 ともあれ(重み)を感じたら、気分転換あるのみ。
気分転換をして、気分を晴らす。
「重い」「重い」と思っていると、かえってそれがどんどんと重くなってしまう。
またそう思ったところで、何も問題は解決しない。
へたをすれば、そのまま(うつ状態)に。

 旅行、温泉、買い物、人に会う……。
いろいろ考える。
「どれをするか?」という問題ではない。
片っ端から、すべてをする。

 ということで昨日(8月4日)は、30年来の知人の家で、数時間を過ごさせて
もらった。
それから孫の誠司に、DS・LLを買ってやった。
おとといの夜は、ドライブの途中でビジネスホテルに一泊した。
今の時期だと、2人で5800円(朝食付き)で泊まれる。
……などなど。
が、いちばん効果的なのは、子ども(生徒)たちと、ワイワイと騒ぐこと。
その瞬間、気分がカラッと変わる。

 どうであるにせよ、ともかくも、私は生きていかねばならない。
今までも、ずっとそうしてきた。
これからもそうする。
ということで、今日も始まった。
2010年8月5日、午前6時25分。
これから朝風呂に入る。


【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

●今朝、あれこれ(8月1日)Aug 1st 2010

●だまされた人(Those who are cheated.) 

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だまされた人は、幸いなるかな。
損をした人は、幸いなるかな。
裏切られた人は、幸いなるかな。
それによって失った以上のものを、
心の中に蓄えることができる。

が、それにはひとつ、重要な条件がある。

だまされても、損をしても、
裏切られても、相手憎んではいけない。
恨んでもいけない。
ある賢者は、こう言った。

『人を憎む人は、ネズミを追い出す
のに、家に火をつけるようなもの』と。
解釈の仕方はいろいろあるだろう。
それよりも大切なことは、豊かな
人間性を失うことなく、前に向かって
生きていくこと。

憎んだり、恨んだりすれば、生き様が
どうしても後ろ向きになる。
その分だけ、「命」を損する。
その「損」は、金銭的尺度では、
計ることはできない。

++++++++++++++++

●中学生

 昨日、コンビニの前で、プリンターのインクセットが盗まれた。
盗んだのは、横に自転車を並べていた中学生だった。
私がトイレへ入る瞬間、私と視線が合った。
どこか不自然な目つきだった。
「?」と思ったが、私は何も考えずそのままトイレへ。
その間に、私の自転車のかごの中から、インクセットを盗んだ。
トイレから戻ってみると、それが消えていた。
値段は5000円前後。

 インクセットなどというものは、プリンターによって、みなちがう。
盗んだからといって、すぐ使えるものではない。
瞬間、頭にカチンときたが、つぎの瞬間、「あんなもの盗んでどうするのだろう」と思った。
「どこかで換金するつもりなのだろうか」とも。

●結果

 心の貧しい人は、どこにでもいる。
子どもの中にもいる。
ここに書いた中学生も、その1人。

まだ人生の入り口にも立っていなような子どもが、人の目を盗んで、ものをかすめる。
一度ゆがんだ心をもとに戻すのは、たいへん。
たいへんというより、不可能。
その子どもはこの先、「得をした」と思いつつ、それ以上のものを、失っていく。
損得論を金銭的価値だけで考えてはいけない。
心の世界で、考える。

おそらく死ぬまで、その中学生は自分の愚かさに気づくこともないだろう。
回り道に回り道を重ね、悶々とした気分で、自分の人生を終えるだろう。
私の周辺にも、似たような老人は多い。
結果として、そうなった老人は多い。

●回り道

 人生の真理などというものは、そんな遠くにあるのではない。
私たちの身の回りにあって、私たちに見つけてもらうのを、静かに待っている。
ウソをつかない。
ルールを守る。
たったそれだけのこと。
その日々の積み重ねが、月となり、年となり、やがてその人の人格となる。 

 もちろんその反対もある。
私はここで「回り道」という言葉を使った。
人生も永遠なら、多少の回り道も許される。
しかし人生には、限りがある。
一度回り道をすると、それを取り戻すのに、何倍もの時間と労力を無駄にする。
回り道が大きければ、取り戻す間もなく、この世を去る。
そういうことにもなりかねない。

●2つの心がけ

 ところで私は、つぎの2つのことに心がけている。
「心がける」ということは、言い換えると、私の精神的弱点ということになる。

(1)愚痴を言わない。
(2)ものごとにこだわらない。

 愚痴(Complain)も、こだわりも、うつ病を含む、もろもろの精神疾患の主症状である。
アメリカの精神医学会では、そう定義づけている。
つまり最近の私はささいなことにこだわり、愚痴をこぼすことが多くなった。
が、自分ではそれがわからない。
脳のCPU(中央演算装置)の問題だから、自分で気づくのはむずかしい。
うつ病にしても、病識のある人はまだ症状は軽い。
「私はなんともない!」とがんばる人ほど、あぶない。

 だから愚痴を言わない。
ものごとにこだわらない、となる。

●人を選ぶ

 話を戻す。

 「回り道をしない」という生き方の中には、「人を選ぶ」という意味も含まれる。
というのも60年も生きてくると、その人の生き様は決まってくる。
言うなれば化石のように、脳の中で固まってくる。
よほどの人でないかぎり、たがいに感化しあい、浄化しあうということは、ありえない。

 たとえばそこに小ずるい人がいたとする。
小ずるいと、そこに「小」という文字を入れるが、小ずるい人ほど、性質(たち)が悪い。
堂々とワルを重ねる人のほうが、まだつきあいやすい。
わかりやすい。
善悪の節目をよく心得ている。

 が、小ずるい人には、その節目がない。
善人のフリをして、ワルを重ねる。
あるいはその意識すら、ない。
だからそういう人とつきあっても、得るものは何もない。
ないばかりか、大きな回り道をすることになりかねない。

 『50歳を過ぎたら、つきあう人を選ぶ』。
これはとても重要なことである。

●金の貸し借り

 金銭的尺度という言葉で思いついた。
もしあなたが、その人と良好な人間関係を保ちたいと願っているなら、金(マネー)の
貸し借りはしてはいけない。
貸しても、借りても、それ以後、うまくいくというケースは、10に1つもない。
だから私は、若いときからこうしている。

 金(マネー)にかぎらず、モノの貸し借りはしない。
ローンにしても、ツケにしても、1週間以内に完済する。
まただれかが金(マネー)を借りに来たときは、相手によって、2分の1から
10分の1を、与える。
たとえば100万円を借りに来たときは、10〜20万円を与え、「返さなくてもいい」
と、はっきりと言う、など。

 貸してあげたからといって、相手は、決してそれを恩には思わない。
返済がとどこおれば、なおさらである。
たいていそのまま人間関係は、終わる。
相手のほうが、理由にもならない理由をこじつけて、遠ざかっていく。

●8月1日

 冒頭で、こう書いた。

「だまされた人は、幸いなるかな。
損をした人は、幸いなるかな。
裏切られた人は、幸いなるかな。
それによって失った以上のものを、
心の中に蓄えることができる」と。

 言い替えると、人をだましたり、裏切った人は、それなりに得をしたと思うかも
しれない。
しかしその一方で、もっと大切なものを失っていく。
そしてその失ったものは、生涯にわたって、取り返すことはできない。
そこに残るのは、悪臭漂う、腐敗した人間性。
あの中学生の末路は、そうなる。

 さて、今日から8月。
暑い日がつづく。
がんばろう。
がんばるしかない。
で、今月の目標。

『日々に精進あるのみ!』だ!


Hiroshi Hayashi+++++++Aug. 2010++++++はやし浩司

●孤独

+++++++++++++++++

時事通信にこんな興味ある記事が載っていた。
いわく……

『家族や友人、隣人に恵まれた高齢者は、孤独な高齢者に比べ、生き延びる確率が1.5倍
も高いと、米ブリガムヤング大などの研究チームが2日までに米オンライン科学誌プロス・
メディシンに発表した。孤独であることは、アルコール依存症やたばこを1日15本吸うの
と同じぐらい健康に悪いという。

 この研究は、世界で過去に行われた148種類、計約30万8900人を対象とする長期調査
をまとめて分析し直した成果。調査期間が平均7年半で、対象者の平均年齢は約64歳。男
女ほぼ半々で、地域別では北米51%、欧州37%、アジア11%、オーストラリア1%だった。

 研究チームは、人付き合いがある方が生存率が1.5倍高いというのは、けんかばかりし
ているような人間関係も含んでのことと指摘。日常的に人付き合いがあることは、心理面
だけでなく、体の健康に直接メリットがあるという』(以上、時事通信、2010−8−2)。 

+++++++++++++++++

●疑問

 この調査結果を見て、最初に感じた疑問は、「生き延びる確率」。
「生き延びる確率」とは何か。

また「対象者の平均年齢は、約64歳」だったという点。
この2つを並べて考えてみると、いろいろに解釈できる。
できるが、どうも釈然としない。

 つまり「調査期間(7年半)の間に、死んだ人と生き延びた人を調べたら……」という
ことらしい(?)。
孤独が老人の精神生活によくないことは、常識的に考えても納得できる。
また精神生活が貧弱になると、健康生活も貧弱になる。
運動もサボるようになる。
それ以上に、生活から緊張感が消える。
これがもろもろの病気を呼び込む。

 平たく言えば、「この7年半の間に、孤独だった人ほど、より多く死んだ」ということか。
「孤独な人のほうが、そうでない人よりも、1・5倍も死亡率が高い」(?)。
しかし「64歳」という年齢も気になる。
私は現在62歳。
もうすぐ63歳。
私の年齢は、世間では、そういう年齢に見られているらしい。
生存率?
活躍率や健康率ではなく、生存率?
つまり「死ぬのが当たり前」という前提で、考えられている。
イヤ〜ナ感じ!
こんな調査をするくらいなら、反対に「前向きに生きる人の生存率」を調べてほしい。
そのほうが、私たちには、役に立つ。
励みにもなる。

Hiroshi Hayashi+++++++Aug. 2010++++++はやし浩司

●半夏厚朴湯(ハンゲコウボク湯)と水野伝一東大元薬学部長

+++++++++++++++++

ハンゲコウボク湯を毎夜、寝る前に
服用するようになって、もう13年になる。
一度、田丸謙二先生(東大元総長補佐、
元理学部長)が私の家に来てくれたとき、
「林君(=私)も、のみなさいよ」と
先生に言われたのが、きっかけだった。

服用といっても、耳かき一杯程度で
じゅうぶん、とか。
一袋あれば、私たち夫婦でも、1〜2
週間はもつ。
ごく微量でよい。

田丸謙二先生と、東大の元薬学部長を
していた水野伝一氏とは、同じ鎌倉に
住み、鎌倉テニスクラブのメンバーだった
という。
(現在は、水野氏は老齢のため、離脱。
田丸先生が前会長を務めていた。)
天皇陛下も当時、ときどきそのクラブで
テニスをしている。

前置きはこれくらいにして、ハンゲコウボク湯には、
強力な抗ガン作用があるという。
何かの研究をしているとき、水野氏はそれを
発見したという。
以来、鎌倉テニスクラブのメンバーの中に、
「ハンゲコウボク湯信者」なるものが、続々と
生まれたという(以上、田丸先生談)。

以下は、どうか参考程度に、自己責任で判断、
服用してほしい。
あくまでも医師もしくは、薬剤師と相談して
服用してほしい。

もともとハンゲコウボク湯というのは、
胃腸薬、あるいは女性の精神安定薬として
知られている。
ごくありふれた漢方薬である。
漢方薬局へ行けば、どこでも売っている。

が、ここで登場するのが、丸山ワクチンを
開発した、丸山千里博士である。
水野伝一氏と丸山千里博士とは深い関係にある。
丸山ワクチン開発史をかいま読むと、ところ
どころに水野伝一氏の名前が出てくる。
ともにがんの免疫療法の研究者であった。

が、ここで疑問。
丸山ワクチンのことは知らないが、
ハンゲコウボク湯については、先にも書いた
ように、ごく微量でよいとのこと。
「耳かきいっぱい程度でよい」という。
1グラムの1000万分の1、あるいは
1億分の1でもよい、と。
「耳かき一杯」というのは、それだけでも
たいへんな量ということになる。

なぜか。

つまりこれらのワクチンや薬は、がんに
直接作用して、がんを治すのではないという
こと。
脳(脳下垂体)を刺激して、人間が本来もつ
免疫作用を引き起こす。
「ほんの微量でいい」という理由は、こんな
ところにある。
一般の抗ガン性をもつ薬剤とは、治療メカニズム
そのものがちがう。

ということで、すでに13年。
今のところ私もワイフも、がんにはなっていない。
この先のことはわからないが、「信仰」には、
別のパワーがある。
「私たちはがんにはならない」という確信が、
私たちをどこかで元気にしている。
(もちろん油断するのもよくないが……。)

以上、久しぶりに田丸謙二先生のことを
書いたので、この原稿をこれから先生に送る。
前回のメールでは、「近くドイツへ行く」と
あったので、今ごろはドイツかもしれない。
今年は、空中窒素の固定化を成し遂げた
ハーバー博士の〜〜祭があるという。
その席に、田丸謙二先生が招かれているという。

すばらしいことだと思う。
2010/08/02


+++++++++++++++++++

●田丸謙二先生より

林様:メール有難うございました。唯田丸謙二について間違いがあります。もう(テニス
クラブの)会長でもないし、テニスクラブもまだ五十何年くらい、最古でもないし水野先
生が理研と関係したのも初耳、などなど。但し現在の会長は彼の父親も兄弟も、六十二、
三で胃ガンで亡くなっていますが、彼はハンゲコウボクトウを信じて毎日服用し七十過ぎ
の現在も元気です。私も今でもちょいちょい気休めに飲んでいますが、私の弟子の一人は、
あれは間違いであると言っていました。専門家の中では信じられていないみたい。
くれぐれもお元気で。
田丸謙二


Hiroshi Hayashi+++++++Aug. 2010++++++はやし浩司

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 はやし浩司のホームページ http://www2.wbs.ne.jp/~hhayashi/
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.みなさん、次号で、またお会いしましょう!
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